二章-10〜百路side〜
    

 そんな時、場の空気が一転した。サイボーグのように無表情にも関わらずに、なぜかいきなり風紀委員長の身体から怒気が漂って来たのだ。

 怒りの矛先は副会長だった。

 壱兄?誰やねん、それ。

 と、一瞬頭を捻ったが、話の流れからして生徒会長以外いないだろう。

 えっ?風紀と生徒会って険悪な中ってのが公然の秘密になっているのに、なんでそんな親しげに呼んでるねん。そもそも、生徒会長の事で、こんなに怒っているのか?

 ほとんど表情を現さずいつもクールと言われた風紀委員長の豹変に、オレだけでなく聖も、そして誰よりも副会長が驚き慄いている。
 ガタガタと身体も歯も振るわせている無様な姿は、普段のタカピシャで優雅な王子様の片鱗もない。

「いつまでもそいつのケツばっか追っかけないで、現実を見ろ」

 まだまだ怒りが沈んでいないにも関わらずに、風紀委員長は副会長に真っ当な忠告をする。
 プライドの高い副会長である。今までなら、言われるまでもないと突っぱねていただろう。しかし、なぜかこの時、副会長は困惑した顔で黙り込んでしまった。

 これが絶対零度の忠告か。すっげぇ威力。この王子にも効くって、ホンモノだな。

 俺は副会長の目の曇りが僅かにだが減ったことを読み取れた。
 しかし、当のケツ呼ばれされた元凶は当然納得がいかないようで喚きだす。

「そんなことを友達に言うなんて最低だぞ!」

「オレに友達などいねぇよ。お前もとっととその手を放せ」

 間髪いれずに風紀委員長は返事をすると聖の腕を捻ってる。

 えっ。

 気が付いた時には痛くないほどの絶妙な強さで風紀委員長に引き寄せられていた。

「足怪我しているんだろ?保健室に行くぞ」

「えっ…あっ…だ、だいじょうぶです」

 引っ張られ過ぎて挫いた足まで見破られている様子だ。それでも、誰もが憧れるほど規格外な風紀委員長自ら保健室に運んでもらうなど、できる訳が無いので断りを口にした。

 しかし、風紀委員長はここでとんでもない行動に出る。

「悪いが、拒否権はなしだ」

 そう言うと、俺を一気に抱きかかえたのだ。俵持ちではあるがまったく痛みを感じない。

 姫様だっこよりはマシやけど、なんでやねん。

 そう突っ込みを入れそうになったが、違う方向から見当違いの突っ込みが入る。

「零!なんで、俺でなく百路なんかを抱きかかえているんだよ!ちがうだろ!」

 俺でなくってどういうこっちゃ。でもって『なんか』って本性丸出しでっせ?

 そう思ったのだが、それにまるで同調するように風紀委員長もズバリと指摘してくる。

「親友に対して『なんか』と付けるのか?香田の傷も見ない振りをしていて何が親友だ」

「それは…ぐずぐずしている百路が悪いんだ!俺のせいじゃない!」

 親友と言う名の下僕兼生贄、身代わり又は防波堤やからな。聖にとっての俺の価値は。しかし、その理論、おかしいって自分で思わんねんな。
 風紀委員長は常識人だったようで、話にならないと聖を無視することにしたようだ。

 ああ、寮に帰ってからボコボコにされるな。とうとう、俺、退学ルートへ突入かよ。

 絶望を感じていると、すっと視界を青い物がふさぐ。

「悪いがこれを持っていてくれ。それで顔を隠したらいい」
 
 そう言われて渡されたものがファイルだと気が付いた。

 無表情なのに、実は気遣い屋さんって…。

 突っ込みを入れたいのに、それよりも先に目頭が熱くなりそうになった。久々に受けた心配りが身にしみるのだ。
 なんとか礼を口にして俺は風紀委員長に保健室まで運ばれた。

 退学すら覚悟していた俺である。まさか、この事がきっかけで地獄から一気に脱出し、あり得ない事態になるとは一瞬たりとも頭によぎることはなかった。


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