二章-9〜百路side〜
    

 浜辺聖が転校してきて、2週間。正直、生き地獄だった。

 本当なら休み時間は、教室の隅で自習や本を読んだり、クラスメイトと何気ない会話をする生活を送っていたはずだった。
 それなのに、腕にいくつも青あざができるほど強引に引っ張られ、あり得ない場所へ連れ回される。
 
 普段、お金を節約するために食堂でなく弁当を作ってきていたのに、食堂に連れて行かれる。そこで、彼の取り巻きである美形・イケメンたちに睨まれ、さらに彼らを信望する奴らに睨まれ、クソ高い食堂の料理を注文させられる。

 放課後は寮に連れ込まれ、そこでも美形どもに囲まれた浜辺を眺めつつ、俺は隅っこの方で突っ立って、給仕人のようになっていた。
 お茶を用意するのも俺で、お茶菓子を用意するのも俺。持って行くのは聖である。

 さらに、この聖さん。猫かぶりの腹黒だった。黒猫も真っ青なほどの黒。
 美形どもがいなくなると、その本性を出す。お茶が不味いだの、用意が遅かった、お茶菓子が好みではない、風呂先に入るな、先に寝るな、先に起きて朝を用意しろ。などと言いながら暴力を振るってくる。そのくせ、美形どもには聖と同室で甲斐甲斐しく世話されているとか言って睨まれる。

 あ〜なんだろ?この昔の少女漫画のようなノリ。俺、健気な主人公ポジ?

 などと、自分の悲惨な処遇を茶化すのは現実逃避である。

 聖タイフ〜ンにより、学園は荒れて一触触発の雰囲気である。その生徒のはけ口が自分に向けられそうになっている事には1週間前に気が付いた。

 やべぇ、やばいだろ、俺。

 そう思いつつ、それを払いのける対処方法など浮かんでこない。そうなると、食事も喉を通らなくなる。
 この前、腹に喰らった聖の鉄拳のせいでもあるのだが…。

 保健室に行きたいモノだが、常に聖は俺を引っ張り回すのでそれも不可能だ。

 あ〜…。俺、こんなしょうもないことで死ぬんか?いや、それはないか。でも、身体壊して、学校辞める羽目になるな。やはり銭に目、くらんだんがあかんのか?悪銭、身に付かずって言うしな。あ、これはちゃうか。あかんな、突っ込みのキレもおかしくなっとる。末期だな、俺。

 自嘲気味に笑いながら、俺は聖に引っ張れるがままになっていた。

 諦めが心を支配していた。

 だが、事態は一転する。

 聖はあれほど美形を侍らしているくせに、まだ足りないらしく今でも数人ほど狙っている。
 今、落ちていない美形で有名どころと言えば、生徒会長である都坂壱と、Fクラスの桐原三樹、風紀副委員長の片桐二夜、そして、風紀委員長の雪村零である。その中で、聖はまず、桐原に目をつけた。だが、風紀委員長を一目見た瞬間に、その目の色が変わった。
 太い眼鏡で醜い欲望を隠しながら、彼との接触を図る。
 彼の日ごろのスケジュールをどこからか入手して、人影のいない芸術階をさりげなくうろつく。彼の日課のパトロール箇所だと分かっての行動である。

 数分もしないうちに、ターゲットが姿を現す。
 相変わらずの美貌にまったく表情を浮かべず、颯爽と廊下を歩いていた。その歩みはわずかな隙も存在しない。

 ターゲットを見つけて、聖は掴んでいた俺の手をパッと放して近寄っていく。新たに付いた手形の痣を撫でながら、俺はばれない様に小さくため息をついた。

 よくやるよ。こういうのをなんて言うんやっけ?ビッチ?一回つれなく撃退されたって言うのに、なんであきらめへんのかねぇ。

 そんな事を考えていると、猫のお化け付きの聖がにこやかに笑顔を見せてオレまで引きこもうとする。

「だってさ。百路(ももじ)。生徒会室だぞ!楽しみだな」

 おいおい。声かけんといてや。生徒会室?行きたくねぇ〜。行ったらヤバいやろ?制裁爆弾が点火するちゅうねん。

 その思いをどうやって上手く伝えようか思案していたが、いい言葉にならない。 

「いっ…いやっ…俺は…」

 まごついていると、分っているくせにとぼけてオレを風紀委員長に紹介する。

 やめてぇ。モブキャラを紹介するのやめてぇ。

 などと思うが紹介されてしまったものは仕方ないので、分るか分からないか微妙な感じで頭を下げた。
 風紀委員長は何を考えているのか全く分からない鉄仮面のまま、俺を見ている。

 彼の目が俺に向いていることに気に入らない聖は、俺の腕をギュッと握って話を掛けてきた。

 痛いって。まじで、腕が腐るぞ?このカラフル具合をみてぇな。

「さぁ、いこうぜ。生徒会室へ」

 嬉しそうにそう言った聖に、思いもしない方から待ったがかかる。

「だっ。だめだ!あ、あそこは、今、都坂が…せっ、セフレを連れ込んでいるぜ!」

 は?都坂?ああ、生徒会長か?えっ、ほんまかいな、それ。えらい嘘くさいな。生徒会長の下事情なんかこれっぽっちも噂になったことないぞ?いっつも『決めた人がいる』って断るのは有名やしな。

 さすがにそれは無理あるだろうと俺は思っていたが、ご都合主義の聖は即、信じた。

「セフレだって?壱、そんな不潔なことをしてたのかよ!だから、誘ってもこないのかよ!最低だ!」

 よっく言うよ。不潔と言うのは何股も掛けている自分のことちゃう?隣だからきっしょい声が夜な夜な聞こえてくるんやで?

 握られた腕は痛みでおかしくなりそうだ。そのせいもあって俺の思考は聖に対しての悪意の突っ込みしか浮かんでこない。

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