二章-6〜一人目〜
オレの思想をよそに香田はどしどし、オレに突っ込みを入れてくる。
「キノコってなに訳わからんこと、言ってんねん。なんで、んなアホな発想になるねん。アンタ、自分がどんな目で周りに見られているのか自覚ないんか?」
自覚?充分あるが?
「だから、閻魔大王だろうが。どうせ、強面さ。寄れば、噛みつくか殴られるとでも思われているんだろ?」
「んな訳あるか!このすっとこどっこい!」
すっとこどっこい…。生まれて初めて言われた言葉である。罵倒の言葉なのに全く怒りを覚えない。逆になんだか温かい温もりを感じるのはオレがおかしいのか?
顔を赤くしてオレを睨みつけてくる香田に何も言い返せずにいると、彼はハッと我に返り慌てて掴んだ腕を手放し自分の口を手で塞いだ。
「はっ!す、っすみません!俺、なんと言う口の効き方を…」
「そんな訳がねぇってどう言う意味だ?」
口調が戻ってしまったのは悲しいが、それよりもオレは彼に問いたい事が一杯ある。自分の悪い所を指摘してもらえばそれを直すことができる。そうすれば、友達作りに一歩近づけるだろう。
しばらくの沈黙ののち、香田は呟くようにオレに返事をしてきた。
「この学園で、雪村様を嫌ったりする者はいないと思いますよ。逆に近付きになりたい人もそこら中に溢れています」
「なら、どうしてオレが来るとみんな固まるんだ?おかしいだろうが」
彼の口調は嘘いつわりがあるような感じではなかったが、それは現実からかけ離れている。だからオレは鋭く追求する。すると、案の定、香田は言葉に詰まり焦りを見せた。
「そ、それは…」
「お前、いい奴だな。オレに気を遣わなくてもいいぞ?」
諦めモード全開でオレは彼にそう声を掛けた。少し冷静になったからだ。彼は今、満身創痍だった。先ほども辛そうに泣いていたと言うのに、思わず自分の欲求を優先してしまった。
「悪かったな。もういい。この話は止めよう。オレが嫌われるのはいつもの事だ」
「ど、どんなけ、けったいな勘違いしてんねん。だから、お前なら、列を作って並ぶほど友達でも下僕でもできっだろうが!」
再び彼は口調が関西弁に戻る。どうやら興奮すると素が出るようだ。しかし、その言葉に流石にオレは苛立ちを覚えてしまう。
オレは彼に気を遣ってそう言っているのに、彼は先ほどと同じ主張をかましてくる。友達ができないから悩んでいるのに、できて当たり前だと言われるのだ。辛いものがある。だから、オレは思わず彼に下らない提案をした。絶対、受け入れられないと思っていながらである。
「なら、お前が友達になってくれるって言うのかよ。変にそう煽てて気を遣われると、余計に虚しくなるからそういうのはやめてくれ」
どうせ無理だ。
そういういじけた思いを載せてオレは言い放つ。
しかし、次の瞬間、オレは全身からフリーズしてしまうことになる。
「なっ、なってやるよ!友達でも、何でも!…あっ」
思わず売り言葉に買い言葉と言う事で、口に出してしまった感だったが、オレの耳はばっちりそれを拾った。
トモダチ ニ ナッテヤル
今のは聞き間違いか?俺の願望が引き起こした幻聴か?
「本当に?」
「うっ…。俺でいいのですか?貴方なら…」
「なれねぇから言っている。なりたくねぇなら無理強いはしねぇが、すこしでもなってやろうって言う気があるなら、お願いしたいんだが?」
しどろもどろになっている香田に、オレはできる限り低姿勢で懇願する。
プライド?
友達を作るためなら、犬にでも食わせてやる。
「…そ、そこまで、欲しいのですか?」
「ああ。いいなら素で喋ってくれ。オレはその方がうれしい」
ジッとオレを探るように見る香田にオレはその眼から視線を外さずにきっぱりと断言した。
オレの本気を感じ取ったのだろう。香田は小さく息を吐いてから手を差し出して憧れの言葉をくれた。
「あ〜わかったよ。友達になりましょう、雪村様」
その瞬間、胸に広がるのは温かくくすぐったい喜び。目頭が熱くなるほど嬉しかった。
「よろしく頼む」
オレは差し出された手を興奮で震えそうになりながら、掴んだ。にやけそうになるのを抑えることは不可能だった。
「っ!!あ、あの…。でも、ひ、人前は…む、無理です!」
香田はなぜか真っ赤になった顔を俯かせたまま、慌てふためいている。
彼の言葉を受けて悲しい現実を思い出す。
「そうだな…。悪名高いオレと一緒にいるのを見たら、周りが黙っていないし変に注目を浴びるからな。唯でさえ、浜辺のせいでそんな目に合っているんだ。余計な不安要素を増やす訳にはいかねぇ。…残念だが、それは諦める」
友達ができた事を自慢して回りたいモノだが、それが香田にとって害にしかならないことは十分分っている。だから、オレは軽く落胆しながら同意した。
「あ〜。それは、助かりま…助かる」
オレが敬語を使ってくれるなと言ったからだろう。わざわざ訂正をしてくれた。やはりこいつはいい奴だ。だから、オレは彼にもう一つ懇願することにした。
「だが、救出はオレにさせてくれるか?」
「えっ?」
「初めてここでできた友達を、他の奴に譲りたくねぇ。お前はオレが守りたいんだ!」
驚く彼に、オレの気持ちを思いっきりぶつける。先ほどは他の風紀委員に譲るつもりだったが、今はそんなつもりはまったくない。
オレの言葉を受けて、片手で顔を覆い隠しながら香田はあ〜だのう〜だの唸っている。
「いやか?」
オレは埒の明かない香田に答えを求めた。無理強いするつもりはないからだ。
「…お願いします」
「ああっ。任せとけ!」
いい返事をもらえてオレは上機嫌で、風紀室にいるであろう二夜に連絡を入れることにした。今後の対策についてはやはり従兄と共に考えるのが最短だろう。少なくとも、香田を浜辺と同じ部屋に返すつもりはない。今日から他の部屋に移動させる手配が必要なのだ。
可能なら、オレの部屋にでも仮でいいから来てもらいたいが…。
そんな思惑を抱きつつ、携帯を耳に当てていた。その横で香田が顔を真っ赤にして頭を抱えるようなしぐさをしていたが、オレは彼に背中を見せていたのでまったく気が付かなかった。
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