二章-5〜きのこ〜
    

「すっ、すいません!お…俺…」

 しばらく泣き続けていたが、気持ちが落ち着いてきた香田は慌ててオレに頭を下げてきた。
 
 慰めるために軽く叩いていた手が空に浮いてしまい、オレも我に変える。

 しまった。つい、手を出してしまった。

 閻魔大王である自分のことを忘れていたのだ。こんな風に触られたら、さぞかし嫌だっただろう。

「…あっ、すまない。つい、触ってしまった」

「いえっ。だから、恐れ多いってだけで…」

 先ほども言ってたが、なぜ恐れ多いってなるんだ?
 やはり…。恐れられているのか。

「…どうせ、オレは閻魔大王だよ。…ちくしょう…」

「えっ!えっ!!」

 そう声を上げながら、目を真ん丸く見開いてオレを見てくる香田に疑問を持つ。赤く腫れた目だが、驚きのせいかピタリと涙は止まっている。

 何を驚いているんだ?何かオレの顔に付いているのか?

「閻魔大王って…」

 そう言われて、オレのボヤキが口からこぼれていたのを悟る。
 悟った途端に、顔に熱が昇っていくのを感じる。なんという失態。

「っ…ワリィ。タダの愚痴だ」

 だから見逃してくれとばかりにオレは視線を彼から逸らす。

「…雪村様」

 しかし、香田はまるで誤魔化しは効かないとばかりにオレを見つめてきた。彼の黒い瞳に、オレは早くも白旗を振ることいした。元々コミュニケーション力が著しく欠けているオレだ。誤魔化したりという高度な技は持っていない。

「あ〜。悪かったよ。オレの事、お前も怖いんだろう?救うのも、できるだけお前が知っているような風紀委員に頼むから、今日だけはオレで勘弁してくれ」

 いくらオレでもいいと言ってくれたとしても、学園一怖がられているオレだ。彼が恐れるのは無理もないだろう。

 やはり、欲張らずに風紀委員に譲ればよかったな。

 悶々とネガティブワールドに入っていたオレに、おそるおそると言った口調で香田が声を掛けてきた。

「ひ…ひとつ。お聞きしたいのですが…」

「なんだ?」
 
 平常心をなんとか装いながら、オレは彼の言葉を待つ。

「先ほども聞きましたけど、雪村様に心配されたり、手当てされたりするのを、どうして嫌がると思われるのですか?」

 オレの心の傷を抉るつもりなのか…。オレは自暴自棄になって答えを吐き捨てる。

「…オレの顔が怖いからな。だれもが目を反らすし、震えあがったりする」

「そっ、それは…」

 香田は心当たりがあるようで、後ろめたいとばかりにうろたえながらも反論を返そうとする。オレはそれを聞きたくなくて、それを遮った。
 自分で言いながら第三者に肯定されると死ぬか整形したくなるからだ。

「ああ、慰めはいらねぇ。充分、分っていることだ。だから、香田も遠慮するな」

「違いますっ!きょ、今日の事も、本当に感謝してます!」

 オレの言葉を即、否定してくる香田に、オレは少しだけ嬉しくなる。

 こいつはイイ奴だ。

 どんな奴に対してもきちんと感謝の気持ちを持てるんだからな。だから保証してやろうとそれを言葉に現すことにした。

「風紀委員長として同然のことをしただけだから気にするな。嫌われもんだが、一応はそんな肩書持ちだからな。今から風紀委員に連絡してやる。だから…」

「ちょっと待たんかい!こら!」

 オレの言葉は荒々しくいきなり遮られる。香田が椅子から立ち上がって興奮したように、目を見開いてオレの腕を掴んでくる。口調もガラッと変わった。これが彼の素であることはすぐに分かる。
 しかし、なぜいきなり豹変したのか全く分からなくて、オレは驚きの声を溢す。

「は?」

「まっ…マジで、言ってんの?」

「えっ?何を?」

 信じられない物を見る様な目つきでオレをマジマジと見つめながら訊ねてくるが、彼の意図がまったくわからない。驚くのはこちらのほうだ。

「嫌われもんって、自分のことを言ってんの?」

 ああ。オレがつい溢してしまった言葉のことか。オレはもう自棄になって悲しい事実を告げる。

「ああ。だから友達もいねぇし」

「はぁ〜??Fクラスを締めてるんやろ?」

 香田は髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟りながら、オレを問い詰めてくる。
 Fクラスの奴らがオレの友達と思っているのか?一言しゃべれば、クラス中の騒音が瞬く間に無くなり沈黙が場を支配する。

『のどが…』

 渇いたから一緒に自販機に行こうと言おうとしただけで、クラスの大半が跳び上がって教室から出て荒い息を吐きながら、何本もペットボトルや缶をオレの机に積み上げて行く。一度、いらねぇから自分で飲めと返していくと、皆が土下座して謝ってきた。

 …なぜだ?

『メシを…』
 
 でも同じ結果だった。そんな奴らを友達と言うのは違うだろう。

「だれもが遠巻きに見ているだけだろ?あんなに一線置かれたら、友達にもなれねぇよ。ちくしょ…」

 侘しすぎる過去を思い出して、ネガティブワールドが一気に門を開きオレを手招きして歓迎していた。

「キノコになりたい…」

 そして教室の隅で誰にも注目されずにひっそりと過ごしたい。できれば同じキノコ仲間募集中。

「なんでやねん、ボケか!」

 オレの妄想に鋭い突っ込みが入る。まるで芸人みたいだ。そう言えば、関西弁になっているな。



 関西弁に違和感を持たれる方は、最初の 注意書きを読んで下さい。

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