二章-2〜巻き込まれ〜
「れ…零!」
さて、どうやって近付こうか。
自分の強度の人見知りを無視した作戦であったために、最初にそこで躓いた。
「零ってば!」
誰もいない芸術階の廊下で放課後の見周りをしながらそのことを悶々と悩む。
「おいっ!無視するなよ、零!」
「あっ…」
腕をいきなり引っ張られて、思考の渦から現実へと意識も引っ張られる。
振り向くとそこにはもじゃもじゃ頭の少年…マリ…浜辺聖だ。
なんと、ターゲットは自ら近付いてくれたのだ。近年稀に見る棚餅だ。
「お前、無視するなんて、最低なんだぞ!?」
そう言われて、初めて気が付く。そう言えば、オレの名前を呼ばれていた事を。この学園では3人以外呼ばれないので、すっかり自分が呼ばれていることに気が付かなかった。
失礼なことをしてしまったものだ。
謝ろうと頭を深々と下げる。
「なっ…なに覗きこん…まさか…俺に…」
腕にひっつかれた状態なので、どうしても近距離で顔を近付けることになった。そのせいで、浜辺はオレの腕を持ったまま慌てふためく。
その時、横から厳しい声が掛かる。
「雪村。聖にキスしようなど、ゆるさないぞ!放せ!」
その声は今朝もあった副会長の声だった。
しかし、どうみても浜辺がオレにしがみついているのだが、彼の目はオレ以上に腐っているようだ。
副会長は無理やり浜辺の腕をオレから外してくる。そして浜辺を抱きしめようと腕を回してきたが、当の浜辺は懲りずにオレに近づいてきた。
「お、お前も、俺に興味、もったのかよっ。し、仕方ないから…いっいっしょに…」
「ああ。ちょうどいい。生徒会役員もいるんだ、生徒会室に行こう」
しどろもどろになっている浜辺はどうでもいいが、副会長に加えて、少し離れた所から書記である五反田 皐月(ごたんだ さつき)がぼーっと突っ立っている。
書類に埋もれてがんばっている壱兄を見て、目を覚ましてくれないかと薄い望みをもっていた。
しかし、副会長の雲井六呂の青ざめた顔を見て、甘い考えであった事を知らされる。
こいつ。現状を分っていながら、壱兄が寝る暇を削ってまで仕事をしているのを知っていながら、サボってやがる。
相変わらずぼんやりとしている書記のほうはよく分からないが、副会長の表情はひどくオレの癇に障った。
そんなオレの心境も構うことなく、横から騒がしく浜辺が楽しそうな声を上げてきた。
「おっ。いいな、それ。いくら言ってもこいつら、生徒会室に連れて行ってくれないんだ。零は連れて行ってくれるのか?」
「ああ。行こう」
現状を知れば浜辺もこいつらに仕事に行くように言うだろう。正義感を振りかざすのが好きなようだし。
「だってさ。百路(ももじ)。生徒会室だぞ!楽しみだな」
ここで初めてその存在に気が付いた。眼鏡を掛けて真面目そうな生徒が大柄な書記の後ろに立っていることをである。
「いっ…いやっ…俺は…」
しどろもどろになりながらの返事だが、拒否したい気持ちなのはすぐに分かる。だが、浜辺はわざわざ彼のところまで行って、腕を引っ張って連れてくる。
「遠慮するなって。零も言ってるんだし。零、こいつは、香田百路。オレの同室で親友なんだ」
そう言って無理やりオレの前に立たせた。
いくらなんでもオレでも分かる。この連れられた彼がこの浜辺を迷惑だと思っているのをである。
しばらく彼の姿を観察する。
さきほど引っ張られた腕だが、赤く腫れ上がっている。手形がくっきりと付いているようだ。それ以外にもその周辺は黄色や青などの痣が薄くだが残っている。それにさきほどは右足を軽くだが引き摺っているように感じた。
そこで思い出す。風紀委員室での会議で、議題として上がった事をである。
『転校生、浜辺聖の同室者が、制裁を受けそうである』
この姿はその一環なのか?もうすでに制裁は進んでいるのか。
オレは作戦を変更する。壱兄のためには生徒会室に行き現状を浜辺に見せる試みをしたい。しかし、彼のその姿を見て後回しにできるものでもなかった。
ごめん、壱兄。
心の中で従兄に詫びながら、オレは彼を救いだす手段を考えようとした。しかし、事態は大きく変化する。
「さあ、いこうぜ。生徒会室へ」
意気揚々と香田百路の腕を掴んで、生徒会室へ向かおうとする浜辺をオレは止めようと腕を差し出したと同時に副会長の口からとんでもない言葉が飛び出た。
「だっ。だめだ!あ、あそこは、今、都坂が…せっ、セフレを連れ込んでいるぜ!」
一瞬、青ざめながら言う彼の言葉が理解できなかった。
その間に浜辺が喚きだす。
「セフレだって?壱、そんな不潔なことをしてたのかよ!だから、誘ってもこないのかよ!最低だ!」
ぶちっ。
オレはひどく冷静に自分の中の何かがキレる音を聞いた。
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