獅子の息子-3
『ああ。ようやく、トモくんの姿を見ることができた』
画面越しにこぼれんばかりの笑顔を見せてくれる恋人。男くさい魅力的な笑み。
『髪が少し濡れているね。もしかして風呂あがりだった?すごく色っぽい』
すこし掠れた声でそう言われて、慌てて首にかけていたタオルで髪を拭く。恋人になってから彼はいつも甘い口調でそんなことを言ってくる。セクシャル的なことをわざと、俺に言ってくるのだ。分かっているのに、俺は一々それに反応してしまう。
今回も頬に熱が溜まるのを感じ、タオルで顔を隠した。
『ああ、トモのかわいい顔を隠さないで。1週間ぶりに見ることができたのだから』
「怜央さん…。勘弁してください。さすがに恥ずかしいです」
『おや、トモは私とこうできるのを喜んでくれないのかい?それは悲しいね』
「そ、そんな訳ないじゃないですか!」
『じゃあ純粋にうれしいと言ってくれないかな?いつも私しか言ってないから不安なんだよ…』
弱々しい声で言われて気が付いたら大きな声をあげていた。
「うれしいです!怜央さんの顔を見れて!…あっ!」
言ってから口を塞ぐ。すっかり怜央さんの思惑に乗せられた。くやしい気持ちもあるが、どこかすっきりした満足感もある。俺はなかなか自分の気持ちを怜央さんに伝えることができないからだ。特に本当にうれしそうな怜央さんの顔を見ると、自分を本当に好いてくれていると分かるので俺も幸せで一杯になった。
「ねえ、怜央さん。もうすぐ誕生日ですよね。何がほしいですか?」
そう言うと、怜央さんは即答をしてきた。
『トモくん。もう観念して僕の息子になって?』
なんとなく、そう言われる予感はあった。恋人になる前から籍を移そうと、何度も言われ続けていた。その時はそこまで負担をかけたくなくて、のらりくらりとかわしていた。だが、恋人になってからは書類まで用意して言ってくる。泣き落としまで前に使われた。
だが、頑なにそれだけは拒否していた。
「それは無理だといつも言っているでしょう」
俺は今の幸せがどうしても永遠に続くとは思えないのだ。いくら彼に親戚がいないとはいえ、大手の社長だ。縁談などいくらでも舞い込むだろう。そんな時に養子などになっていたら彼の枷になるだけ。
…いや、俺はそれを理由に彼に縋りついてしまいそうになる自分が怖いのだ。
だから、いつ見捨てられてもいいように籍は移さない。
『やはり、まだ無理か。でも、私は諦めない。何度でも言うよ。君の気持ちがすこしでも動いてくれるようにね』
おそらく、そんな浅はかな俺の気持ちも彼にはお見通しなのだろう。だから今回もあっさりと引き下がってくれた。
『だからこれは拒否しないでほしいな。そろそろ、その堅苦しい口調を取っ払ってほしいな。いつまでも他人行儀なのはかなしいからね』
あ〜、そうきますか。
さすがに策士だ。伊達に経営者などやっていない。実はこれもけっこう前から言われていることだ。だが、やはり年上だしどうしても敬語になってしまっていた。おそらく、今回の狙いはもともとこれだろう。
ここはもう妥協するしかない。
「わかりま…わかった。でも、口悪くなっても知らないからね!怜央さん」
慣れないのでどうしても言い間違えるが、なんとか普通に話すことができた。
『大歓迎だよ。じゃあ明日の夕方に迎えに行くから外泊届けと用意をしといてね』
いきなりの話の展開に、目を見開いて画面の怜央さんを見つめてしまう。
「は?え??時間取れたのですか?」
すると楽しそうに口元に笑みをこぼしながら俺に駄目だしをしてきた。
『はい。敬語だめ〜。会った時に敬語ならその場で口塞いでしまうよ?』
その場って学校の校門ではないか。そんなところでそんなことをされたら格好のネタにされてしまう。
この学園は同性ばかりいるので、そういう下世話なうわさ話は一瞬にして広がってしまうのだ。
「き、気を付ける!」
その時、画面からぶーぶーと音が聞こえて来た。おそらく携帯電話の音だろう。
『あ〜タイムリミットか。ごめんね、トモくん』
「いえ、大丈夫で…大丈夫だよ!明日会えるんだし、また明日ね。おやすみなさい」
俺はそう言ってログアウトにカーソルを合わせてクリックした。
動く怜央さんの顔が消えて、小さい怜央さんの映像だけが残る。
思いがけず明日に多忙な恋人に会えると知って、口元がゆるんでくるのを隠せない。誰もいないからいいが、いればニヤニヤしてて気持ち悪いといわれてしまうだろう。2週間ぶりに会える幸せを噛みしめながら、早く明日が来るように俺は早々に夢の世界へと旅立った。
今だけは彼の恋人としてこの幸せの日々を大切にしたい。
そうすれば、捨てられた後でも俺はその宝物のような思い出を胸に生きていけるはずだ。だから高望みはしない。
それが俺のポリシー。
結局、俺が鷲尾 友近となったのは高校を卒業してからである。あいかわらず甘い恋人に包まれながら、ゆくゆくアルバイトでなく彼の片腕としてきちんと働ける日々を夢見て、勉学に励んでいる。
end
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