マリモの憂鬱-氷と武士1
    

「間宮 拓人。俺と付き合え」

 ほとんど、初めて話すに等しい青年からの告白と言うより命令を受けた。

「は?何ゆえでしょうか?葉山書記さま」

 私がそう聞き返すのは当然だろう。頭の中ではてなマークが占領する。
 私は目の前の青年の名前を知っていた。と言うか知らないものなど、この学園のモグリか転校生ぐらいだろう。
 185センチは有るだろう均整の取れた身体つき。様々な武道で鍛え上げられたために、無駄な肉が一切ない。
 そして、その身体に似合う端正な顔立ち。男前と言う表現がぴったりだろう。切れ長の目で、どこか冷たく感じるが、チワワたちには『零時さまのあの凍えるような視線が堪らない!』と、好評らしい。
 性格も武士風な容貌に合って、真面目で厳格で寡黙。バイが多い学園内でも、今まで誰ともそういう噂にすらならなかったので、ノーマルだと有名だった。三週間前までは。
 そう。三週間前まではである。

「お前が退学させられない為だ」

 低く魅力的な声でそう言われて、余計にはてなマークが増えた。

「私は退学させられる覚えなどありませんが?」

 自慢でないが、学力はいつも一桁。それなりの家柄。素行も万年、クラスの委員長を務めるほどだ。容貌も不本意だが、親衛隊が出来るほど整っている。

「それでも、あの人はやる。篠宮に近づく者には容赦しない」

 無表情で篠宮と言われて、一緒誰だかわからなかった。しかし、それが今、学園内を空前の混乱の渦に陥れているマリモの名字だと悟った瞬間、一気に私の感情が高ぶった。敬語も取っ払って素を出す。

「私は別にマリモに近づいてなどいない。あなただってマリモに夢中なくせに、よく付き合えなどと言えるね。当て付けにするの?へぇ〜。あの生真面目な書記さまがね。なかなか姑息な手を使うね。でも、その当て馬は他にあたりな。私はそれほどプライドが低くないんでね」

 私はクラスで氷の微笑と言われる笑みを見せながら冷たく言い放った。なんでも、この笑みを浮かべると同級生たちが真っ青になってこぞって提出物を差し出してくる。おかげで私のクラスの提出物はすぐに集まると先生方に評判だ。
 だが、目の前の武士もどきにはまったく効果なかった。

「篠宮などどうでもいい。あれは会長のモノだ」
 
「ふ〜ん、諦めているんだ」

「諦めるもなにもない。すこしでも興味持ったりしたら間違いなく会長に潰されている」

 淡々と恐ろしい内容を告げてくるのを、私は脳内で必死に分析する。
 まず、目の前の彼はマリモの信者だと公然の秘密とされていたが、そうではないらしい。それどころか、会長以外の生徒会役員もそうではないとか…。
 で、書記様は私に交際を申し込んだ。理由は私が退学にされないために。退学になる理由がマリモに近づいたから?
 近づくと言っても私から近づいたわけではない。ちょっと声かけたら懐かれただけだ。
 で、そのせいで退学に仕向けられる?
 なんと理不尽な。
  
「あの公正無私な会長が私を退学にすると?」

 ありえないと言う気持ちをこめてそう言うが、大きく頷いて肯定されてしまった。



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