novel


プランターの花が枯れていた。それを見て哀れに思った。それを見て私はもう大丈夫だと思った。青く色づいた蕾を開くことなく、少し冷えた空気のなか枯れていた。
部屋の中はすっかり寂しくなっていた。
この部屋は、私には重すぎる。
春のあたたかな風がなまえの 部屋に吹き込んだ。日の当たるリビング。薄暗いキッチン。リビングから玄関まで遮るもののないこのアパートの一室をふわりと包み込んだ。
なまえは手に持っていたマグカップを近くの段ボールに置くと、裸足のままベランダに出た。カフェオレがたぷんとゆれる。
小さなベランダにはプランターがいくつか並べてあるだけだった。洗濯ものは部屋干しである。女の一人暮らしであるからと、あの男が外に干すことを嫌ったのだ。プランターにはハーブの類い、それと枯れた花。なまえはポケットに入っていたタバコを取りだし、眺めた。
これを吸う私を咎める男がいた。

「タバコ吸ってるおめさんもかっこいいけど、オレは吸って欲しくないな」

ベランダにこの青い花を置いたのは隼人だった。私が隼人の前でタバコを吸わなくなった。そんな時のことだ。

「これを見てオレを思い出せばなまえも吸いにくいだろう?」

私が自宅でタバコを吸うのは決まってベランダであった。部屋に臭いのつくのがいやだったからである。そこまで読んでのプランターだ。
彼の言う通り私のタバコの本数は減っていった。減ったと言ってもやめてはいない。ただ、ベランダで、自宅で吸わなくなった。という話である。ベランダに出ればプランターが目に入る。なんとなく後ろめたくなってしまうのである。タバコをくわえる代わりに私はキッチンで適当に水を汲んできてプランターにぶっかけた。殺風景なベランダにぽつんと置いてあるそれが妙に寂しくて一週間後辺りにはプランターを増やしてハーブを繁らせた。
久々にここでタバコに火をつけた。

この部屋には隼人との思い出で溢れている。だから、つらい。
ある雨の日はこの部屋で二人でだらだらとして過ごした。ある夜は二人で飲んだ。ある日はバカみたいに笑った。ある日は口論もした。ある日は私の料理をおいしいと言ってくれた。ある日は二人で抱き合った。ある日は、
そんな幸せだったことを思い出したって自分がつらいだけなのはわかっている。
隼人は悩んでいた。
私はそれに気づけなかった。
仕事をしている私と学生の隼人。近くにいるはずなのに、私は隼人がどこにあるのかわからなくなっていた。隼人も同じだ。お互いにふわふわとした関係。絶対なんてものはなくなっていた。仕事が忙しかった。という言い訳はもう充分だ。だれが聞いてくれるか。いや、隼人が聞いてくれなければ意味がないのだ。隼人は私の仕事にも理解があって、いつも「がんばりすぎるなよ」「おかえり。おつかれさま」「オレの方は大丈夫だから」そんな言葉をくれた。それに甘えたのは私だ。甘えることに慣れてしまったのは私だ。隼人は待つことに疲れていた。それに気づけなかったのは私が甘えることに慣れてしまった結果なのである。その隼人を支えたのは私ではなかった。隼人と同世代で、髪をゆるく巻いて、春色のシフォンスカートが似合う。ふわりと笑う年相応の顔は私の居場所はここだと、しっかりと主張したのであった。
私はどうしたってあの子にはなれない。
隼人に必要なのは私ではなくあの子なのだ。
私は一方的に別れを告げた。我ながら勝手な女だと思う。きっと隼人もあきれたことだろう。
忘れてくれればいいなんて思える女なら良かった。
吐き出す紫煙が空に消えていく。この煙と同じように私達が戻ることはないのだ。頬にあたたかいものが流れた。だれが見ている訳ではない。だけど、どうしようもなくやるせなくて、ごまかしたくて、もう一本、タバコに火を着ける。煙は高く高く登っていった。

部屋には段ボールが溢れている。私は明日ここを出ていく。
このあたたかいものは、この部屋と一緒に心中だ。
プランターは置いていく。

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