novel


私と一緒に死んでくれる?そう言った私に対して、何の躊躇いもなく隼人は分かったと頷いた。理由も訊かず、否定もせず、ただ純粋に肯定しただけ。その反応に、驚かなかったと言えば嘘になる。けれど、私は隼人のその迷いのなさに、ある意味で救われたのだった。自ら死にたがる自分が、世界からはみだしてしまった存在だということは、重々承知していたけれど。それでも私は誰かに、自分の言葉を、受け入れてほしかったのだ。だからそれ以上私は何も言わなかったし、隼人もそれ以上、何も言うことはなく。私達はただ静かに淡々と、心中についての計画を練っていった。場所は、時間は、方法は?ただ一言で死ぬといっても、考えなければいけないことはそれこそ山のように積み上がっている。私は自分の死に対して、不誠実ではありたくなかった。そんな私の隣には何時だって隼人がいて、私は彼の存在を感じるたびに、自分の姿勢を肯定されているようで嬉しくなった。

「うわぁ、すごい…!!」
「ああ、こういう景色を絶景って言うんだろうな」

朝の四時半。春と夏の境目、ひんやりとした透明な空気が、私達を包み込んでいる。私と隼人は、辺りを一望出来る高架橋の上から、眼下に広がる雄大な海を眺めていた。耳を澄ますと聞えてくる、ざんざんという波の音。顔を出し始めた太陽の光に照らされた水面が、きらきらと輝いて、まるで宝石のようだった。こんなにも綺麗な場所が、誰にも知られていないというのは、とても残念なことだと私は思う。もっともこの場所の価値に気付いた私達も、これから死んでしまうのだから、何も言う資格はないのだろうけれど。そう、私達はこれから、この橋の上から飛び降りて死ぬのだ。つまりはあと数分間の命という訳なのだけれど、しかし私には現時点で、全くその実感がない。何だかひどく現実離れした、ふわふわとした感覚だった。

「よくこの場所、見付けられたな。なまえのお手柄だ」
「そうだね。まさしく、理想の場所かも」

明るい声音ではしゃぎながら、私達は死に場所について言葉を交わす。海に飛び込んで死にたい。死に方を考えた時にそう言ったのは私で、やっぱり隼人は私の意見に、こくりとひとつ頷いただけだった。図書館で沢山のガイドブックを借りてきて、なるべく人のいなさそうな、静かな場所を探す。肩を寄せ合ってああでもないこうでもないと言い合う私達は、きっと端から見れば、仲睦まじく旅行の計画を立てている恋人同士に見えたのだろう。実際には死に場所を探していたのだから、どうにも滑稽な話だ。恋人同士、というところだけは、間違っていなかったけれど。風と、波の音が聞こえる。これからすることに対して後悔なんてひとつもしていなかったけれど、…だったら今、私の隣にいる隼人は果たしてどうなのだろうか?あの時一も二もなく頷いてくれた隼人の姿を思い出して、私は今更ながらに、隼人の心の内側が気になった。思考を巡らせながら整った横顔を見つめていると、視線を感じたのか、隼人が此方に不思議そうな顔を向ける。何だかとても罪深いことをしているような気分になって、私はわざと、どうでもいい風を装いながら口を開いた。

「ねぇ、物凄く今更なんだけどさ。隼人は、どうして私と死んでもいいって思ったの?」
「ん?なまえがいないと、オレは生きていられないから」
「…重い言葉を、即答するねぇ」
「知ってるだろ?オレがどれだけ、おめさんのことを愛していたか」
「知ってるよ。一緒に死んでもいいくらい、でしょう?」

そんな言葉を口にして、私をまっすぐに見つめる隼人の瞳は、深い青をたたえている。今から私達が飛び込む海の底も、こんな色であればいい。私は絡めた指の体温を思いながら、私はひっそりと、心の中で祈りを紡いだ。体がばらばらに砕けて、目に見えないほどに朽ち果てて、そしてこの広大な海の一部分へと還る時。そこに彼を感じる色を見付けられたなら、私はきっと、何にも代えがたい幸福を手に入れるのだ。その確かな予感に覚えたのは、眩暈にも似た陶酔だった。生に抗って死にたいと願った私と、そんな私を共に死んでもいいと思うくらいに愛した隼人。どうしようもなくいびつで、どうしようもなく狂っていて。それでも今、私達は確かに幸福だった。たとえ世界から切り取られてしまっても、それを望むところだと、笑顔で受け入れられるくらいに。

「ありがとう、隼人。私、隼人と一緒に死ぬことが出来てよかった」
「オレの方こそ、なまえ。一緒に死ぬ相手に、オレを選んでくれてありがとう」

ごく自然に口付け合って、額を突き合わせたまま、私達は最期の言葉を交わす。二人で住んでいた部屋は綺麗に片付けておいたし、きっと明日には各々の家族のもとに、遺書めいた手紙が届く筈だ。例えこれから私達がいなくなっても、世界は何事もなく、正常に回り続けていく。それはとんでもなく恐ろしい想像で、私はゆっくりと目を閉じてから、ふぅと大きく息を吐いた。確かなものは、肩の触れ合う距離にいる、隼人の存在ただそれだけ。何だか無性に泣きたくなるほど、私は今のこの現実を、心の底から尊いと思った。…それからすぐに、吹きつける風のせいでぐらつく橋の欄干に、どうにかこうにかバランスを取りながらよじ登って。せーのという間抜けな合図で、手を繋いだまま、隼人と同時に飛び降りたその刹那。めまぐるしく移りゆく朝日に照らされた世界は、私がこれまでに見てきたどんな景色よりも、美しく彩られていた。
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