novel


紅葉狩りに行く、と言った。
ただ呟いただけかと思った。

いつもだらだらと、なにをするでもない知盛はまるで怠惰そのものにみえる。朝はおそく、昼は寝そびり、夜は酒をたしなむ。なんというテイタラク。これがゆるされる生活なんて、とても信じられない。でもこのひとには、これが日常だった。これほどまったりと過ごすひとは、そうそういない。まったくいない可能性だってある。私の日常と多大なズレがあったし、女子高校生の日常ともかけ離れすぎていた。キラキラしたものもない、話題性もない、流行もない、おもしろくない、可愛くもない。不満はないけど、なにもなかった。しいて言うなら時間しかない。
ためいきが出てくるまえに言われたのが紅葉狩りだった。
もう見頃も終盤にさしかかった時おりに今?と言ひそうになったけど、やめた。行きたいならご自由に行けばいい。なんと優雅なくらしですからね、あなたの考えなんてこれっぽっちも理解できませんよ。ずいぶんな身分だものね。

私がそういう意味あいをこめて防寒具を出すあいだに知盛は馬にまたがっていた。

そうするともう、知盛と書いて惰性とは読めない。なんかもう嘘みたいに行動的ですばやいのだ。あの気だるい倦怠的なものなんてどこへやら、剣呑さえ全くなりをひそめている。ずいぶんなおとこだ。あまりの違いについていけない。いっそのこと感心してしまへばいいのかもしれないけど、そうはならなかった。私と180度違うところにいるひとに思う。そもそも私は、ブレザーを羽織って、プリーツのスカートをはいて、おわれるように本を読んでシャーペンを動かして、たのしいことも、かなしいことも、目敏くみつけて、自分のことは全部自分で面倒をみて、大勢のなかにまぎれて、今のことも、明日のことも考えて、考えて考えるような人間だ。制服には価値があったし、必要でも、必要じゃなくても、リップは新商品を手に入れて、ペディキュアだってぬってたし、鏡はいつも持って使ってた。高校生っていうブランドにはちゃんと重みがあった。でも知盛は、そういうのを鼻で笑いとばすような、馬鹿にするようだったから、すごく、いやだった。私のことなんか興味もないくせに。私のことなんか知らないくせに。

どうぞ、気をつけて行ってきてください、と 言うまえに、ひっぱりあげられる。
ちょっとなに、とも言えなかった。一緒に馬にのっている振動に舌もなにもかも噛みそう。私も一緒に行くなんて聞いてない。一緒に行きたいとかも言ってない。紅くなった葉っぱなんて見なくてもいい。やめてほしい。でも連れてこられたからには見るしかない。

音もなく木にかこまれて、足もとばかりが鮮やかだ。

落ちてる葉っぱに価値なんてあるの?近づくだけくずれて見える落葉のかたちは、意味がないように思える。あとは枯れて腐ってなくなるだけ。私はきれいなものがわからない。知盛の感性につきあえない。
ずっとあしもとの色ばかり眺めていると、右手をつつまれた。なに、と聞いても応えてくれない。知盛の目線の先を追うと、そこだけ、まだ見頃の紅葉があった。ほんとに一房ぶん秋があった。ほかはみんな、さみしい枝なのに。そっと手がはなれていくと紅葉が掌にのっていた。虫に喰われてなくて、しおれてもいなくて、しっかりしていて朱色。
ひろった。
ゆっくり私に呟いた。ちょっと目を細めて懐かしむように、美しいだろうとでもいうような知盛は、哀愁を感じさせるとか儚いとかそんなことは全然なくて、むしろ存在感ありまくりすぎて、私は反射的にうなずいていた。なにがしたいのかよくわからないし、なんで今紅葉狩りに連れてきたのかもわからないし、私に紅葉を渡したのもどういうことだかわからなかったから、もらったものに対して、ありがとうは言わない。色んなことを聞こうと思えばできるけどそうしない。私がなにもしなくても、このひとはちょっと気分が良さそうで、もう、どうでもいいや。


気がついたら冬だった。
雪の降りはじめを眺めて知盛は酒を嗜む。あいもかわらず、ぐうたらなひとだった。
まるでニートだよね。
私がそうやって気軽に話のできる人間が、ここには有川だけだった。必然的になんとなく知盛の愚痴をこぼすようになって、よく外で会話する。いがいと有川は饒舌だった。それに女子高校生の価値を馬鹿にはしないようだった。でも有川はそんなのどうでもいいと思ってる。実際、私もそんなこと考えてない。だから知盛のことのほうが話ははずむ。

言われてみれば、たしかにニートっぽいな。ほんとアイツ自由人って感じだし。あれだよな、伝統をおもんじるっつーか退廃的?あ、そうそれ、デカダーン。ああ見えて結構繊細なんだぜ。いや、ほんと。だって季節の終わりは寂しそうにしてるだろ。見えない?そう言われるとたしかに。まあ、あれだ、そういやなまえは知盛に物見遊山連れてってもらったんだろ?俺も行きたかったな。へえ、でも良かったじゃん、色んなヤツがついてくるよりふたりのが気楽だろ。気い使ったんだろう、おまえに。そんなことあるって。俺もそうだけど、なまえのことも知盛はよくしてくれてる。ああ、そうだな。でも確かに面白いけどニートは困るな。
兄上、ニートとはなんだ?

有川と私は一緒に息をのんだ。知盛がたっていた。有川は面倒になったのか、あっけらかんとなまえのが説明うまいぜ、と言って退散してしまう。うまいこと逃げたな。いつも変なことばっかりレクチャーしているんだから、こういうときこそ有川の出番なのに。良い笑顔の知盛を前にして、なんて言ったらいいんだろう。てきとうににごしていれば、知盛の応答もてきとうだった。あらかた知ってるのに聞いてきたみたい。上人の遊びに巻きこまれただけだった。

どこまで行ってきたんだ?
庭先くらい。雪だるまつくってただけ。
雪だるまか。
うん、雪だるま。

あとで見に行く?と尋ねようかかまよった。誘っても行かないような気がする。でも一応、と思って顔をあげれば、知盛の声のほうがはやかった。

寒かっただろう。

あ、うん。

そのあと、鼻が赤いとか熱燗でも飲めとか言われた気もしたが、あまり耳に入ってこない。寒かったって?冬は寒いのが定例でしょ。雪さわってたし、寒いよ。でも言われるまであんまり気にならなかった。自分の体が冷えているとは思わなかった。頬に添えられた手の温度で、はじめて自分がかじかんでいるとわかる。外は寒い。でもここでは有川と私が落とした雪くずがとけてゆく。結晶が水にかわるさまを見て、有川の言っていた知盛が退廃的とか、さみしそうっていうのはわからないけど、さみしいなら側にいてあげてもいいと思えた。このひとなら一緒にいてもいい。この先あんまり長くないとして、あんまり安全でもないとして、それでも最後に一緒にいたい。さみしいのが消えなくてもいいから、ずっとニートっぽくてもいいから、ほんとは知盛は全然ニートじゃなくて私のことちゃんとわかってて好きじゃなくてもいいから、一緒にいて。




なんでこんなこと思い出すんだろう。
私、あのとき。
走馬灯のようになにかが駆けめぐったぶんだけ、むなしくなる。壇ノ浦に来てからもう波と風の音しか聞こえてない。それなのに私の眼には海が見えない。知盛ばっかり、知盛ばっかり好き勝手やって、苦しい、息ができない、なにかがたりない、すえない、いき、知盛がなにか言ってる、な、さんそ、は、知盛が私に、あ、はいが、も、こきゅ、う、で、 あ、 、、、 。




飛び起きるように、肺に酸素が戻ってきたときには、全部終わっていた。終わっていたっていうのは、私の記憶の回想も祈望も願望もだ。私ができなかったことも、やろうと思っていたことも、知盛のこと、全部。急激な空気に頭も眼もチカチカと火花が飛ぶようななかで、それだけはわかる。こんなひどいことはきっともうない。それくらいひどい。今までで一番ひどい。これ以上はない。私は生きてる。

あのひとは私の首を絞めた。別にかまわなかった。もう見るべきものはないって言って、だから一緒にここで命は尽きる。でも私の名前を呼んだくせに、連れていってくれなかった。こんな中途半端にしないで、ちゃんと沈めてくれればいいのに、自分だけで海に飛びこんでいく。なんでおいていったの。私のことなんて簡単に首をおとせるって言ってたのに、畜生くらいにしか思ってなかったくせに、側においていたんだから最後まで面倒みて、私が消えるまでまっててよ。どんなに思っても報われない。あとのまつり。知盛のが先に逝くなんてない。あそこは断崖絶壁の海の底。潮の流れはうつろいやすく同じところへはたどりつかない。
首に手がかかったとき、全部がもう決まってた。このひとは私のこと殺せないんだ。おびただしい命をうばった刀をもっているのに、一振りで息の根をとめるほどの力をもっているのに、それを使わなかった。自分は死にたくないから死なないって強くあるから死なないって、そういうひとだったのに、ここまで来て、ここへ来て、終わりを見送って、私も見送るはずだったんじゃないの。ほかのどんなひとでもそうできたのに。あれは最初から全力で締めてなかった。全力だったら首がすぐ折れてたんでしょ。私にうしろ姿も海に飲み込まれる姿も見せる気はなかったんでしょ。ひどいね。いつになっても私は結局このひとのことがわからないんだ。行動が読めないのは変わらないんだ。ずっと。これからがない。これからもない。おいてけぼりなのは、はじめて会ったときからそう。あなたが退廃的っていうのも、さみしそうっていうのも、わかったような気がしたのに、もう正解はでてこない。でもひとつだけ、はっきりわかる。これから先、紅葉を見れば知盛のことを思い出す。雪を見れば知盛のことを考える。私が、知盛が見たものを見ると、きっとまた走馬灯のようにかけめぐるんだろう。

いつか私が消えてなくなるそれまでずっと、あなたのことだけで生きていく。

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