novel


ぼーっとする毎日。ぼーっとする毎日。
夢も希望も失って、ひたすら街を歩く毎日。
ヒウンシティで見つけたのは、あたしと同じ絶望の色を纏ったお年寄り。
疲れきった姿の中、何故かそれだけ誇らしげに輝くエンブレム。
プラズマ団の人間だと知っていて近づいたのは、ただあたしが死にたがりの怖いもんなしだったからだ。



「心中って知ってる?」
その奇妙な出会いから、二人の間で奇妙な逢瀬が続いていた。
なまえがヴィオのいる場所を探して訪れれば、翌日にはヴィオがなまえのいる場所をどうやってか見つけ出す。
そして、意味もなく毎日ヒウンの路地裏に寝ていたなまえは自然、当て所なく歩くヴィオについて行く形になっていた。
「馬鹿にしているのか」
抑揚のない声が返る。尋ねた自分の声も同じ響きだったのだから、言いっこなしだ。なまえはそう割り切ると、微動だにしないヴィオを見てシニカルに笑った。
「むかぁしむかしのカントーで流行ってたんだってさ。かっこいい死に方。愛し合った男女が意味もなく一緒に死ぬ。どこがかっこいいんだろ。自殺なんて独りでするもんでしょ。馴れ合った果ての酔狂だっての」
「……訂正は二つ。心中はカントー以外の地域でも流行した。そして心中は意味もなくではない、恋愛関係を許されないが故の苦渋の策だ」
淡々と、感情のない声が説明する。
どっちみち、と丁寧な助言を一蹴すると、なまえは拾った石を目前の海へ投げつけた。冬のサザナミタウンは、人っ子一人いない。
「愛した風俗嬢と心中しようとした男もいたんだって、笑い話になってる。バカバカしいね、風俗嬢の為に金も命も落とそうとするなんて」
ぼちゃん。
無様な音を立てて水が跳ねる。次いで幾つかの小石を投げれば、ぽちゃぽちゃと小気味良いリズムが響く。
「……落語を知っているのか」
「暇と金を持て余したカントー人のジジイが、酒の肴っつって話してきた。それこそあたしが風俗で働いてた時だよ…何で今思い出したのかな」
冷たい風が吹き抜ける。ふる、と肩を震わせたなまえは、
「死んじゃえ!って思って、死のうとしたって死ねやしない。飛び降りたってひこうポケモンが助けるし、餓死しようとしたら野生のポケモンにきのみ渡されたよ。そんな恋愛如きで死ねるなんて、本当、気楽な話」
一息にそう言うとリストバンドを外した。赤い筋の幾つも走る手首を、眺めながら虚ろに歯軋りをする。
「死ぬ理由が欲しいか」
空っぽの声がした。思わず目を丸くして、ヴィオを見つめるなまえ。
「生きる理由を与えられ生きていたワタシは、死ぬ理由を与えられぬまま生きている。ワタシは死ぬ理由が欲しい」
機械が文章を読み上げる。無機質な声が、ますますなまえを瞠目させた。
「手を出せ。心中してやろう」
まっすぐ、左手を差し出すヴィオ。躊躇いながら浮かせたなまえの右手を、しっかと掴み海へと歩き出した。
「え、ちっ、ちょっと、待って」
ばしゃ、ばしゃ、と水を跳ね上げ、裾の長いローブは水を吸い上げ。長ズボンを這い上がる海水の冷たさに、なまえは竦みあがった。
「待って!待ってよ!」
振り解きはせずに、声だけで抗う。恐らく腰の下まで浸かっただろうヴィオは、振り返ると小さく首を傾げた。
ぼろぼろと涙が海面を打つ。なまえは自分が震えていることに気づき、今度こそ強く歯を軋ませた。
「寒いよ、怖いよ。冷たくて脚がチクチク痛いし、体震えてきた」
見れば、未だ腰まで冷水の染みているはずのヴィオは少しも震えていない。
「愚か者」
温度のない声。
「……わかってる」
そんな恋愛すら出来ない人間が何を言う。どれだけ強がっても、一緒に死ぬ誰かもいないあたしが何を言う。
「言ったはずだ。心中してやる、と」
なまえが右手に力を込めて引っ張る。予想外に軽く死の淵から戻ってきたヴィオは、それでも身震い一つせず。
「…もう少し、もうちょっと待って。あたしが本当に死にたくなるまで」
「…………」
ズボンがずっしりと重い。ローブの裾から涙のように、ひたひた、ひたひた、と塩水が滴り落ちていた。



品川町にて心中候
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -