永い夜の唄




秋の気配も去ろうとする、10月のおわり。
この時期にはもう、金木犀の香りも薄れる。
扉の前で私は、小さく震える拳を強く握り直した。


「……大丈夫。きっと、上手くやれる。」


心の中でそう呟く。
それでも震える手は治まってくれなくて、それどころかそれは伝播して身体ぜんぶを震わせる。

……でも、好都合かもな、なんて。

この日のために、私はこの男の……調査兵団兵士長リヴァイの信頼を掻き集めて来たんだ。
もう、後には引けない。


ふっと息を吐いて、前を豪快に破いた服を胸元で握る。
思い切ってドアを叩いて、私はその場にしゃがみ込んだ。




「あぁ?誰だ、こんな時間に……ナマエ?」


案の定、彼は警戒心もなくドアを開いて私を捉える。
珍しく動揺の色が滲む彼の声に罪悪感が顔を出したのを無理やり押し込んで、私は彼を涙目で見上げた。


「リ……リヴァイ、私……」

「まずは入れ。話はその後だ。」


リヴァイに手を引かれ、彼の自室に足を踏み入れる。
悪くない滑り出しだ。


包まれる手の温もりに込められた、彼からの信頼と愛情。
私たちはいわゆる恋人同士で、結構上手くいっている。
実際、彼に気に入られている自覚は大いにあった。

小さなベッドに座るよう促されて、素直に腰掛ける私。
「飲め。」と差し出された水の入ったコップを受け取って、儚げに両手で包んだ。
傍から見れば無愛想だが、長く彼と過ごした時間が私にその中の温もりを知らせる。


……無駄なことは考えるな。失敗すればそこで終わりだ。


どうしたんだと尋ねる彼に、「忘れさせて。」と懇願すれば、それから後は流れに任せるだけだった。
察しのいい男は助かる。
ベッドに柔らかく押し倒される感覚に、私はそっと目を閉じた。









行為の後。彼が風呂場にいる間に、私は急いで紙を取り出す。
書き殴るのは、ベッドの中で得た情報たち。
最中はやはり警戒も更に緩むのか、欲しかったものを聞き出すことが出来た。
まさか彼も、私がどこぞのスパイだなんて思いもしていないだろう。
人生初スパイにしては良くやれている。


それでもちらつくのは、彼の労わるような穏やかな眼差しと、壊れ物に触れるような柔らかい指先。
彼の身体の所々に残る傷跡に、何かもやっとした霞みたいなものが心に溢れて、ペンを止めて思わず目を瞑る。




それが思わぬ隙を生んでしまったと気付いた時には、私の腕はさっきまで優しかったその手に掴み上げられていた。


「てめぇ、何してやがる。」


見上げたその先には、私を刺すような視線。
さっきまで手元にあったメモは、あっという間に取り上げられて、その手に呆気なく丸め込まれてしまう。



「二度と、俺の前に姿を見せるな。」



今更私は、この人のことを愛していたのだと気がついた。








あれから数日、彼がわたしの前に現れることは無かった。
わたしも彼に会おうとは思わなかったし。
彼に抱いた気持ちを自覚したところで、意味なんて無い。
むしろ、こんな気持ちなんて欲しくなかった。
こんな、独りよがりの愛なんて。


調査兵団の情報が金になるという話を聞いたのは、数ヶ月前。
その噂はホンモノで、そこらの兵士は酒を飲ませればベラベラと情報を話した。

リヴァイに目をつけたのは、それから少ししてからの事。
金に目が眩んだんだ。
昔から貧乏だったからかもしれない。
そうやってわたしは深みにハマっていった。

情報は、秘密に近ければ近いほど高値で売れる。
提示された額は、1年遊んで暮らすには十分なもの。
手を出さない理由は無かった。


そして、失敗した。

でも何より辛かったのは、あの優しい彼を私が裏切ってしまった事。
もうあの温もりに触れられないと思うと、悲しくて、毎晩泣いた。


涙はもう枯れたようで、それでもどうも眠れずふらりと街へ出る。
夜中に酒を買えるのはここらでは1軒だけだ。
いつもより少し強めのを買って帰ろう。
上手く溺れられれば、眠れるかもしれない。




道の真ん中でため息をついて、一歩踏み出したその瞬間、私は突然男たちに囲まれた。


「お前がナマエか。」


彼らの手には、月明かりを反射して鈍く光るナイフやら刃物やら。


「間違って無駄なこと話されたら困るらしいんでな。
悪いが死んでくれ。」


ああ、こいつらも金に溺れた奴らか。
わたしとおんなじ。



男の1人が駆け出す。
自分に向けられた刃に、妙に安心感を覚えた。

でも、最後に1度……
1度でいいから、彼に……リヴァイに会えたらな。

目を閉じたその時、人が倒れる鈍い音と共に、わたしを何かが包んだ。







「な……んで、」




「どうやら俺もまだ、お前の匂いを拭いきれてねぇみてぇだな。」




あっという間に周りの男たちは地面に突っ伏して、わたしは再び彼の腕の中に収まっていた。

ずっと恋しかった温もりに、枯れ果てたはずの涙がまた零れて。

もう誰も傷付けたくないと涙を流すわたしを、

「だったら俺の元へ来い、守ってやる。」

なんて言って、力強く抱き締める。
その腕の温もりに、涙がまた一筋、頬を伝った。



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