同じ目線の高さで
履き慣れた平べったいサンダルとスカートを履いて、私は小躍りする気分で街まで降りてきた。
今日は月に一度のリヴァイとのデートの日。
誰が何と言おうと今日の私は壁内で一番の幸せ者だ。だって、多忙を極めるとっても強い恋人が、一日中傍に居てくれるのだから。
「あっ、リヴァイ!お待たせー!」
「遅ぇ。糞でも長引いたか」
満点の笑顔で駆け寄った私に、リヴァイは表情を変えずにそう言った。
「ごめん最近絶好調なんだ。実は、髪型どうしようか悩んでたら遅くなっちゃって……似合うかな?」
調査兵団にいる時は機能性重視の一つ結びだったそれを、今日は下ろしてみたりしている。大して手は込んでいないが編み込みで耳を出して顔周りを明るくしたりと、とにかく今日の為にお洒落したのだ。
恐る恐る尋ねた私の頭に、リヴァイの肉刺だらけの手が乗せられた。お、これは。
「好感触。惚れ直した?」
「ふ、口の減らねぇ」
同じ目線の高さにいるリヴァイの目元は僅かに皺をつくり、「行くぞ」と私の右手を握って歩き出す。調整日を示し合わせた月に一度のお買い物デートは、今日も快調な滑り出しをみせた。
――のだが。事件は初めて訪れた店で起こった。
「リヴァイ、このサンダルどう?花の装飾が付いてて可愛い」
「そうだな」
「ちょっと、どうでもいいって顔しないで!」
履き慣れたといっても大分すり減ったそれを見兼ねて、リヴァイは靴屋に連れて行ってくれた。けれど、浮かれて二人だけの時間を楽しんでいたとき、運悪くタチの悪いカップルが私達を笑い草にしたのだ。
「ねぇ、見てあのカップル。男の人すごく小柄だわ」
「本当だ。女の方が身長高いんじゃないか?」
「だからヒールのない靴ばっかり選んでるのよ、可哀想…」
聞こえてないと思っているのか、声を潜めて笑い合うそれらを睨み付ける。
怯んですぐにその場を去っていったけれど、視界に映ったリヴァイの表情に、私は心臓を針で刺された心地がした。
「リヴァイ…」
「なんだ」
いつもの仏頂面を貼り付けた彼は、淡々と返事をする。
「私これがいい」
「他にも良いやつがあるかも知れん。本当に自分が欲しいものにしろ」
あー。これは、気にしている。
「なんで?リヴァイはこのサンダル気に入らない?」
「俺の意見を聞いてどうする。…女の趣味は分からん」
「貴方にだから決めて欲しいのよ」
好きな人に可愛いと思われるものじゃないと意味がない。
すごい剣幕で断言した私から、リヴァイはどこか拗ねたように目を逸らした。
「外で空気を吸ってくる。サヤはゆっくり靴を選べ」
「えっ」
お金を握らせるなり颯爽と店を出たリヴァイに、私はポカンと口を開ける。これで私がコソコソせずにヒールを買えるとでも思っているのだろうか。
「ふ……ふざけるなーー!」
顔を赤くして走り出した私を、通行人が怪訝な顔で避けていった。でもそんな事気にならない。
私が考えているのはただ一人のことだけ。たった一人の大切な恋人のことだけ。
「リヴァイ!!」
小道に入ろうとするそれに追いついて手を掴んだ。息切れで俯く私に、リヴァイが僅かに驚く気配がする。
「靴は買ったのか」
「拗ねてどっか行く恋人置いて、靴なんか選んでる場合じゃないでしょ」
「拗ね……?拗ねてねぇ」
「嘘だ!私が自分のせいで不憫だとか思ったんでしょ勝手に」
図星と顔に書いてあるリヴァイを睨んで、私は深く息を吸う。
「私はリヴァイ以外の人なんて考えられないよ。私と同じ目線の貴方が好き。とても強くて、口の悪い貴方が好き。……拗ねるところも正直可愛いと思ってる」
「黙れ」
ついでに付け足した言葉はお気に召さなかったらしい。それでも私の気持ちはちゃんと届いたようで、リヴァイは辛い表情をやめて、やっとこちらを見つめてくれた。
気付けば私達のいる小道には人気がなく、街の騒がしい声が遠くに聞こえる。
私は鳥の囀りに誘われて晴天の空を仰いだ。
巨人も人も同じ。空までの距離にしたらちっぽけな生き物だ、と言っていたのは誰だったっけ……ハンジさん?
「サヤ」
握っていた手が強く握り返されて、私の鼻にリヴァイのそれが戯れるように触れた。視界いっぱいに映り込む感情の分かりにくい瞳。優しい睫毛が静かに伏せられて――。
私は、背伸びをしないこのキスが好きだ。