灯籠を数えながら
呪霊が報告された都外の集落へ車で約2時間。そのまま狭い川沿いの道を延々と歩き続けた頃、時代を感じる民家が瀬亜達の目の前に姿を現した。
山の麓に広がるそれを一望しながら、五条が欠伸を噛み殺す。
「居るな、呪い」
「ああ、でも位置が定まらない。霧が掛かったような気配だ」
「夜蛾先生も聞き込みが必要って言ってましたもんね…。手分けしますか?」
「いいや、呪いの出所が分からない以上バラバラになるのは避けたい。このまま住民に話を聞いて回ろう」
「つってもすぐに終わりそうなモンだけどな」
そう言いながらずかずかと近場の民家へ先頭を切る五条を、瀬亜と夏油は顔を見合わせて付いて行く。
確かに五条の言う通り、民家は廃れたものを除いて数える程度しか無く、必然的に住民の数もたかが知れていた。
黒ずんだブロック塀を抜け呼び鈴を鳴らした五条の後ろに隠れて、瀬亜は静かに人の気配を探る。
「――誰だね君達は」
「おいオッサン、この辺で最近変な事起きなかったか」
やがて玄関の扉を開けた60代程の中年男性に、五条は出会い頭そう言い放った。
あわてて五条の腕を引く夏油と連携し、瀬亜は謝罪と共に前に出る。
「すみません。私達、呪術高専から派遣された者です」
「あぁ、君達があの呪術師?ってヤツか…」
話が通っていたのか納得したように三人を一瞥した男は、独特な制服姿に身を包むそれらに怪訝な顔をした。
「引率の大人が来ると聞いていたが?見たところお前ら未成年だろ」
「それは…」
言葉を濁す夏油を、瀬亜は神妙な面持ちで見上げる。「鬱陶しがった五条が置いてきました」なんて、ましてや内心それを良しとしただなんて言えるはずもなく、瀬亜は固い動作で明後日の方を向いた。
夏油も瀬亜も呪霊を取り込む術式だ。夏油の真意は分からないが、瀬亜にはあの光景を見せつけるのは憚られるというのが本音だった。
「まあいい。それにしても、最近の若いのは大人が居なきゃ挨拶も出来んのか」
明らかに中の一人へ向けて放たれた言葉に、五条は反省する色を見せない。その様子にさらに眉を寄せ、夏油のボンタン形のズボンに長い髪、五条の真っ白な髪にサングラスを睨んだ男は。
「アンタが一番まともそうや。話を聞いてくれ」
険しい表情で瀬亜の肩を掴みそう言った。
:::::::
「――つまり、ここ一帯の住民は皆"川に飛び込め"という声を聞いたと」
応接間に通され大方の経緯を聞いた夏油は、瀬亜の隣で興味深そうに相槌を打った。五条はと言えば部屋の隅にある年季の入ったソファに長い脚を放り出しスマホを弄っている。
男が言うには先日、村中の人間が同時刻にそれぞれの場所で、脳内にその命令が聞こえたという。しかしある人は不思議がるばかりで、ある人は取り憑かれたように川へ入ろうとしたりと、大層な騒ぎだったそうだ。
「これまた川に飛び込もうとする奴らを止めるのに骨が折れてなぁ…」
「それが起こる前に、何か前兆みたいな…心当たりはありませんか?」
何か呪霊に繋がる手掛かりはないかと尋ねた瀬亜に、男は腕を組んで考え込む。
「そういえば…先祖から聞いた話では、昔この地の川が氾濫して大水害が起きたそうで。鎮魂の趣意で有難い物を神社の祠に埋めたらしい」
「神社の祠に?」
「あぁ。だが今に始まった話じゃないし、確証はねぇ。すまんが川で思い付くものがこれくらいしか無くてな」
「いや、十分だオッサン」
そこに、先程まで会話に不参加だった五条がソファから立ち上がりながらそう言った。
五条と目を合わせるなり話を切り上げようと席を立つ瀬亜達に、男は不思議そうに腰を上げる。
「もういいのか?」
「はい、あとは現場を検証します。お茶ご馳走様でした」
他所行きの笑顔でそう振り返る夏油に倣いぺこりと頭を下げた瀬亜は、民家の細道を歩く二人と並びながら話を整理しようと口を開いた。
「"祠の下に埋めた物"って、夜蛾先生の言ってた魔除け用の呪物のことですよね」
「ほぼ確定でな。で、それに吸い寄せられたのが俺達の大本命の呪霊で」
「人間を川へ誘導する点から、そいつは恐らく神社付近の川に居るってことだね」
やがて一列でしか通れないような小道に入った三人の行手に、周囲の木々を裂いて佇む鳥居が現れる。
辛うじて形の分かる石造りの灯籠を数えながら、瀬亜達は祠があるという拝殿へ足を進めた。