わんこ注意報
「お願いします恵様。玉犬をモフらせて下さい」
「駄目です」
「なんで!恵のケチ!」
「星乃先輩こそ、真面目に俺の組み手指導してくださいよ。練習中ですよ一応」
グラウンドの砂に頭を擦り付ける私に、恵は呆れ顔で首を振る。
そうは言われても午前中を座学に費やし、昼食を挟むなり呪術抜きの体術授業なんてハードスケジュール、私に耐えられるわけが無かった。
せめて恵の玉犬達と触れ合えれば、疲れた心も癒されるかもしれない。あの柔らかくてどっしりとした玉犬を抱きしめたい。
そんな一心で頭を下げる私を、しゃがみ込んだ恵がくしゃくしゃの髪を掻きながら見下ろしてくる。
「仕方ねぇな…。五分だけですからね」
「恵ぃ…」
あれ、何か子供扱いされている気がするな。一応先輩やってるのに。
「玉犬」
そんな思考も地面から顕れた白と黒の玉犬を目にすれば、遠くの彼方へ吹き飛んだ。
可愛い鼻をくんくんとさせて、二匹はグラウンドの様子を伺う。
周りで棘やパンダがチャンバラごっこをやっていて、安全だと把握するや否や地面に這いつくばる私に尻尾を振って飛びかかった。
「うわあ」
「先輩!」
二匹に押し倒されては私の姿はすっぽり隠れるのだろう、荒い鼻息の向こうで恵の心配そうな声がする。
「よしよしよしー。二匹とも元気だね」
「噛みつくなよお前ら。不味いぞ」
「どういう意味よ」
ガバッと起きて睨み上げれば、丁度目と鼻の先に恵の綺麗な顔があった。睫毛が日光に反射して煌めいている。羨ましいくらい長いな…。
「っ」
そう美人な顔立ちに魅入っていると、恵は視線を引き剥がすように目を逸らした。耳がみるみる赤くなっている。
「あ、照れたの?可愛いな〜恵は」
「可愛いとか、やめて下さい。全然嬉しくないんですけど。どうせならかっ…」
そこまで言って口籠る。
確かに、男の人は可愛いとか言われるの好きじゃないらしいもんね。この場合の可愛いってなんか…“愛しい”に似た含みなんだけど、どっちにしろ説明しても怒りそうだから黙っておこう。
俯く恵をよそに上機嫌な玉犬二匹は私の頬をぺろぺろと舐める。
「よしよし。いつも助けてくれてありがとうね、白、黒。恵も!頼りにしてるよ」
顔をべとべとにされながら笑った私に、恵は目を見開いて振り返った。思わず大きく揺れた黒い髪を撫でてしまえば、ぐっと眉を寄せて見上げてくる。
「一括りかよ」
「だって玉犬の嗅覚のおかげで命拾いすることもあったし、恵の頼もしい洞察力で成功できた任務沢山あるじゃん?」
「そうですっけ」
「だから一応私は先輩だけど、それ以上にあなた達のことは大切な仲間だと思ってる……デス」
あれ、なんか実際言葉にすると照れるものがあるな。
そう羞恥心を覚えて明後日の方を向いた私の手首を、骨張った手がぎゅっと捉えた。
「恵?」
「……まぁ、今のところはそれでいいですけど」
眉間に皺を作ってそう呟く恵が、まるで大事な物を扱うような優しさで私の手首を撫でる。こうしてみると私の手は恵のそれより一回り小さくて、ちょっと頼りない。
「気を付けてくださいね先輩。いつ噛み付くか分かりませんよ」
そう口角を吊り上げて吐き捨てた恵に、私はただ驚いてフリーズした。
いま、何と。
聞き返そうにも何処かスッキリした表情で私のおでこを突き返したそれは、さっさと校舎へ戻って行く。
「あ〜ぁ、瀬亜。ついに後輩を焚き附けたな」
「しゃけしゃけ」
「え!?今の褒めたつもりなんだけど」
いつの間に背後に立っていたパンダと棘が、気持ちの悪い笑顔で私を見下ろした。