―――幸せな夢を、見た。温かくて、優しくて、心地のいい夢を。
ゆるゆると、意識が浮き上がってくる。
未だ靄のかかった頭で周囲に視線を走らせれば、傾いた陽が容赦なく瞼を射した。その眩しさに、たまらず手を翳す。
(もう、夕方か……)
不覚だ。どうやら木陰で休んでいる間に、居眠りをしてしまったらしい。夢を見ていた気がする。
内容は覚えていない。ただ、温かくて、優しくて、心地のいい。おそらく、幸せと呼べる夢だった。
(何を考えているんだろう、僕は)
そんなもの、僕には考えることさえできないはずなのに。
(人並みの幸せを願う、なんて)
思考を追いやろうと頭を動かしかけて、ふと肩にかかる重みに気がついた。
「……?」
不審に思って視線を左方へと向け―――そのまま硬直した。
視界に映る、柔らかな桃色。風に揺られるたびに、ふわふわとした毛先が頬を撫でてくすぐったい。
これが誰かなんて、確かめる必要もなかった。
そっと顔を覗きこめば、強い輝きを放つ飴色は瞼の向こうへと閉ざされている。
「本当に、あなたは……」
思わず、苦い笑みが浮かぶ。
いつも彼女はそうだ。
普段は鈍いし魔法で失敗ばかりして騒がしいけれど、こうしていつもさり気なく傍に寄り添ってくれている。
僕自身が意識せずとも、気が沈んだときにはいつもの笑顔で名前を呼ぶのだ。
そうして、今も。悪い方へと沈みかけている僕の心を、導いてくれた。無意識のうちに。
(ああ、そうか)
さっきの夢には、ルルがいたんだ。だから、あんなにも優しい夢だった。
彼女はまだ、目覚めない。
それならばまだ、このままでいい気がして。力を抜いて、幹へと身体を預けた。
ふと左手に触れる感触に、閉ざしかけた瞼を持ち上げる。見れば小さく華奢な手が、手袋に包まれた僕の手に重ねられていた。
「…………」
少し、躊躇したけれど。ルルが起きたときに気づいたなら、きっとまた、あの笑顔を見せてくれるだろうから。
重ねられた手を、今度はしっかりと繋ぐ。絡めた指の間から、新たな熱が生まれた気がした。
これが僕の、精一杯。ルルのように、素直に気持ちを伝えるなんてできないから。
どうかこの熱が、そのままルルに伝わればいいと思った。
幸福な夢
(この想いも、この鼓動も。全部、ぜんぶ伝わればいい)
当サイトの初投稿作品。恋愛ED後の二人の日常です。
ED後でもそうそう価値観が変わる訳ではないでしょうから、エストはまだどこか躊躇っている部分があるのではないかな、と。そんなイメージから、この作品はできました。
2009.12/15掲載
2009.12/31修正