閉じた目蓋の向こうで、太陽がゆらめく。
 意識がゆらゆらと揺れる中、跳ねるように歩く足音と漂ってきた甘い匂いによって現実へと引き戻された。
 目を閉じていてもわかる。これは、ルルの気配だ。
「ラギってば、こんなところにいたの? 探しちゃったんだから」
 降ってきた声に目蓋を持ち上げる。視線を横へと向ければ、ルルがオレを覗き込むようにして身を乗り出していた。
「……なんだよ」
 起き抜けだからか、声が掠れる。素っ気ない返事になったが、ルルは気にした様子もなく、抱えていた包みを差し出した。
「はい、どうぞ」
「……食い物か?」
 さっきから漂う匂いの元はこれかと思いながら、身体を起こす。
「チョコレートよ! 今日はバレンタインでしょう? だから、ラギに渡したくって」
「あー……そういえば、そんなイベントもあったな」
 今までそんなものに縁なんてなかったから、すっかり忘れていた。まさか自分がこういうものを受け取るようになるなんて思ってなかったから、変にこそばゆい。
「し、仕方ねーから貰ってやるよ。食い物に罪はねーしな!」
「うん!」
 どうにも素直に言うのは抵抗があって、そっぽを向いてしまう。それでもルルの笑顔を視界に捉えて、頬が熱くなった。
「アミィと一緒につくったのよ。味見だってしたし、大丈夫だとは思うんだけど……」
 自信がなさそうな言葉を受けて包みを開いたオレは、視界に飛び込んできたものに絶句した。
 つまりはあれだ、いわゆるハート型ってやつ。しかもただのハートじゃない。異様にでかいサイズに、【ラギ大好き!】とまで書かれている。
「あのねあのね、それは私の気持ちなのよ!」
 そう言って満面の笑みを浮かべるルルに、なんて返したらいいのか。全身が燃えているような気分だ。
「……その、できたら食べてもらえたらなぁ、って」
 堪らず突っ伏すと、ためらいがちな声が耳に落ちてきた。視線を上向けると、期待に満ちた目とかち合う。
「……今食えってか」
「無理にとは言わないけど、感想を聞きたいもの」
「…………」
 そんな顔されて、できないなんて言えるか。
 無言のままやたらとでかいチョコレートを取りだすと、半ばヤケになって齧りついた。途端に広がった甘い味は、なんだか妙に気恥ずかしくなるようなものだった。
「ど、どう……かな」
 祈るように手を組んだまま、ルルが問いかける。
「……まずくねーよ」
 素直にうまいなんて言えずにぼそりと告げると、強張っていたルルの顔が喜びに染まっていく。
「よかったぁ……」
 はにかむように口元を綻ばせたのを正視してしまって、また顔が熱くなった。居心地の悪さを誤魔化すようにまたチョコレートを口に放り込む。
 そんなオレをルルは上機嫌に見つめていたが、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「そういえばアルバロが言ってたんだけど、【私を食べて】って言うとラギが喜ぶって」
 突然投げられた言葉に、まだ噛み砕いていなかった塊を盛大に詰まらせる。痛いわ息苦しいわで堪らず咳きこみ、しまいには涙まで浮かんできた。
「だ、大丈夫ラギ!?」
 大丈夫なわけあるか、馬鹿。
 そう言ってやりたかったが、生憎と噎せた状態では何も返すことはできず、せいぜい睨むしかできない。
(つーかこいつに何吹き込んでんだよアルバロは!)
 次に会ったら燃やす。ぜってー燃やす。
 ぎりぎりと拳を握りしめて耐えていると、ルルは気遣うように覗き込んできた。
「大丈夫? ラギ、苦しい?」
 【おまえのせいだ】とも言えず、ひたすら咳き込むしかない。潤む視界を拭って息を整えると、睨みつけるようにルルを見上げた。
「おまえは何いきなり変なこと言いだしてんだ!」
「だ、だってだって、こう言えばラギは嬉しいって聞いたから……」
「それが余計だっつーんだよ! そんなもん言わなくたってオレは……!」
「オレは?」
 聞き返されて、思わず詰まる。純粋に疑問を浮かべた瞳に居心地が悪くなって目を逸らした。
「ねえねえラギ、【オレは】なんなの? なんて言おうとしたの?」
「な、なんでもねーよ! なんでも!」
 咄嗟にごまかしても、ルルが引き下がる気配はない。突き刺さる視線に次第に耐えきれなくなったオレは、ヤケになって叫んだ。
「ああもう、言えばいいんだろ言えば! オレはこいつだけですげー嬉しいし、十分喜んでるよ!」
 一気に言いきって肩で息をつくと、頭を掻き毟る。オレにこういうのは向いてねーんだよ!
 大きく息を吐いて顔を上げると、ルルの様子がおかしいことに気づく。なんだか妙に静かだ。
「……おい、ルル?」
 どうにも嫌な予感がして声をかけると、ルルがゆっくりと顔を上げた。視線が合ったと同時に、このあとの展開を悟る。
(―――これは、あれか)
 いつものパターンってやつか。
 頬を紅潮させたルルが飛び込んでくるのを、どこか他人事のように見つめながら、オレは目を閉じた。
 ―――ああ畜生、太陽が眩しいな。

形と大きさが示すのは
(大好きって気持ち!)

「だから抱きつくなって、いつも言ってんだろ―――!!」
 ルルがこの言葉を聞く日は、まだ遠い。



去年はエストとアルバロでバレンタインネタを書いたので、今年はラギで。

2011.02/14掲載

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