「ハッピー・ミラクル・ノエル!」
それは毎年、幾度となく耳にする言葉。
皆の口から飛び出す、お決まりの台詞。
僅かではあったが、聞くたびに寂しさを覚えることもあった。
―――でも、今は。
今ならば。
「ハッピー・ミラクル・ノエル!」
朝。人で溢れかえる玄関ホールを横切ろうとしていた僕は、耳に飛び込んできた声に足を止めた。
笑顔でこの日の決まり文句を交わす姿を捉えて、自然と口元が緩む。
ホール内を見回すと、誰も彼もが笑みを浮かべていた。
「ハッピー・ミラクル・ノエル、か……」
口の中だけで呟いて、僕は外へと足を向けた。
今日この日は、世界中が笑顔で溢れている。喜びに満ち満ちている。
【ミラクル・ノエル】
今日ほど世が賑わう日はないだろう。
だけど、僕はこの日があまり好きではなかった。それというのも、良い思い出がなかったせいかもしれない。
僕が生まれた日は、【聖なる夜の奇跡】だった。
世間一般ではよく知られた一大イベントだったし、自然と周りはこの日を待ち望んでは浮かれる。加えて毎年受ける、兄たちからの手酷い仕打ちだ。
幼少からそんな経験を繰り返していた僕にとって、ミラクル・ノエル一色に染まる街はあまり好ましいものではなかった。
いったい何故この日に生まれたのかと、憂鬱になったこともあったものだ。……まあ、それも子どもの頃の話ではあるが。
しかし、いくつ歳を重ねても、この日が近づくたびに複雑な思いをしていたものだ。
辿りついた先で、歩みを止める。見上げれば、そこには天にも届かんばかりの巨大なモミの木があった。
サパン・ドゥ・ノエル。ミラクル・ノエルにおける象徴だ。まだ朝も早い時間だからか、その根元にプレゼントは置かれていない。また、周囲に人影も見えなかった。
誰もいないパーティー会場は閑散としている。ぐるりとその様を見渡して、幹へと背を預ける。あと数時間も経てば、ここはミルス・クレアの生徒で埋め尽くされるのだろう。
彼女が飾り付けられた会場を見て、喜びに目を輝かせる姿が容易に想像できて、思わず笑みが零れた。
毎年、この日は世間では【ミラクル・ノエル】でしかなかった。
ミルス・クレアで、僕の誕生を祝ってくれる人などいなかった。
だが、今年は違う。
今は、隣にいてくれる人がいる。
まっすぐに、【おめでとう】と言ってくれる。
笑顔を向けてくれる。
これ以上、幸せなことなんてあるのだろうか。
思考に耽っていた僕は、軽快な足音を拾って我に返った。
顔を上げると、懸命に駆け寄ってくる彼女が視界に映る。待ち望んだ姿を捉えて、自然と口元が綻んでいった。
「ノエルっ!」
響いた声に、抱えたままのプレゼントを持ち直す。
溢れんばかりの笑顔に目を細めて、一歩踏み出した。
奇跡の日に
(君と出会えたことに、感謝を)
「お誕生日、おめでとう!」
格好良いノエルを目指して撃沈。
遅刻してごめんね、ノエル。 誕生日おめでとう!
2010.12/30掲載