今日のラティウムは、いささか日差しが強い。あの刺すような、身が焦がれるほどの熱には遠く及ばないものの、常よりも眩しく降り注ぐ陽光は故郷を想起させた。
 暫くの間、輝く日輪に魅入っていると、背後に迫る気配を感じて視線を外した。振り返った先に弧を描いた薄紅を捉えて、笑みを浮かべる。
「おはよう殿下。今日もまた、変わり映えしない良い天気だね」
「ああ、おはよう。今日も清々しい日和で何よりだ」
 笑みとともに言葉を返せば、アルバロは肩を竦めてみせる。それから何かを思い出したかのように小さく声を漏らすと、視線をこちらへと向けた。
「殿下、そういえば今日は―――」
「悪いがアルバロ。その言葉は、愛する者の口から初めて聞くと決めているのだ」
 言い終える前に、手を上げて制する。眼前に翳した掌を一瞥して、アルバロは再び肩を竦めた。
「はいはい、相変わらずお熱いことで」
「すまないな」
「別にいいけどね。それより、肝心のお姫様が見当たらないみたいだけど」
 その言葉に、周囲を見渡す。
「そのようだな」
「珍しいね、朝食は一緒に摂らなかったんだ?」
「どうやらタイミングが合わなかったようだ。常と同じ時間帯に現れなかったことが、些か気がかりではあるが」
「そう言う割には、随分と楽しそうだね殿下」
 笑みを含んだ声に、顎へと指を滑らせる。
「やはり、アルバロもそう思うか」
「そうだね、すごく楽しそうだよ。見ていると彼女のことが心配になっちゃうくらいにね」
「その言い草は、あんまりではないか?」
「それは失礼。……噂をすれば、お姫様の登場かな?」
 アルバロが目を細めるのと同時に、軽快な足音が耳に届く。視線をアルバロからずらすと、すぐに待ち望んだ愛しい姿が視界に飛び込んできた。
「おはようビラール!」
「ああ、おはよう。我が妃は、今日も愛らしいな」
 挨拶を返せば、途端に色づく頬。
「ビ、ビラールったら……」
 彷徨う瞳は、滑らかな肌に指を這わせることで捉える。実に愛らしい姿に、自然と口元が緩んだ。
「お取り込み中のところ、申し訳ないんだけどね。俺のこと忘れてない?」
 そのまま唇を寄せようとした刹那、割り込んだ声に動きを止める。ますます朱に染まる姿を見ては口惜しいが、仕方なしにルルを解放した。
「アルバロ! い、いつからいたのっ!?」
「何を言う。アルバロならば、先程からいたではないか」
 頬から手を離した瞬間に勢いよく振り返る姿を見て、僅かに首を傾げる。しかしルルは、私の言葉を受けて何故か固まってしまった。いったいどうしたというのか。
「ま、そんなことだろうとは思ってたけどね。ルルちゃんてば、本当に殿下しか目に入ってないんだねぇ」
 笑みを堪えるように告げたアルバロに対し、ルルは更に頬を染め上げた。
「ア、アルバロったら何を言って……!」
「別に恥ずかしがることないのに。二人が互いのことしか見えていないっていうのは、今に始まったことじゃないのにね」
 口端を吊り上げたアルバロは、片目を瞑ってみせた。すでに朱を通り越して紅色に染まったルルは言葉もないようで、声もなく口を開閉させるのみだ。
「それも仕方のないことだ。我が妃は恥ずかしがり屋だが、それもまた美徳なのだから」
「予想通りの返答をありがとう。それじゃ、そろそろお邪魔虫は退散しようかな。……ああ、そうそう」
 学院へと向かおうとしたアルバロだったが、ふと何かを思い出したかのように足を止める。ゆっくりと振り返った彼がルルを視界に収めると、意味深な笑みを浮かべた。
「ルルちゃん、頑張ってね」
「え? う、うん」
 戸惑うように頷いたルルに笑みを深めると、アルバロはこちらへと視線を向けた。
「それじゃあね、殿下。よければ今度、一緒にワインでもどう?」
「ああ、それはいいな」
 頷くと、アルバロは手を振って去ってしまった。残されたルルはというと、状況が呑みこめないのか首を傾げている。
「……どうしたの?」
「いいや、気にせずともよい。それより……」
 僅かに瞳を細めると、顎を掬い上げて澄んだ飴色を覗きこむ。
「今その愛らしい唇が紡ぐのは、もっと別の言葉であってほしいのだが」
 吐息が触れ合うほどの距離で囁くと、瞳の中に映った己の姿が揺らめいた。
「あ……」
「……聞かせてはくれないか?我が愛しい妃からの祝福を」
 懇願に、小さく頷く気配を感じ取る。僅かに伏せられた目蓋が震えるのを捉えながら、耳を傾けて言葉を待った。
「お誕生日おめでとう、ビラール。あなたが生まれたこと、こうして出会えたことが嬉しいわ。……どうかこれからも、ずっとそばにいてね」
 永遠とも思えた刹那、耳を打った声に愛しさが溢れだす。その願いの、なんと可愛らしいことか。
「ああ、もちろんだ」
 それだけを告げて、唇を寄せる。我らは、永遠にともにあるのだと示すように。未来永劫、ともにあり続けるのだと誓うように。
 目の前にある温もりを抱きしめて、目を伏せる。閉じてもなお目蓋を焼く光が、とても心地よかった。

どうか、永遠に
(その願いは、私のものでもあるのだから)



ビラール生誕祝い。書いている間、ずっと恥ずかしかった……!
朝から随分と見せつけてくれた夫婦ですが、この密着度が夜まで続きます。学校では基本放置らしいですが、誕生日くらいいいじゃないということで。この日はきっと、授業以外はずっとべったりな二人の姿があちらこちらで目撃されることでしょう。ルルの心臓が持たなさそうですが。アルバロの頑張れ発言も、これを見越してのことでした。頑張れルル。

2010.08/17掲載

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -