(……来た!)
 聞こえてきた足音に、手の中にあるものを握り直した。だんだんと大きくなる音に緊張を滲ませながら、ゆっくりと構える。
 そして、足音が止んだ後。扉が静かに空いた瞬間、私は思い切り掴んだ紐を引っ張った。
「ラギ、お誕生日おめでとう!」
 響く破裂音、飛び散るカラフルなリボン。魔法のかかったクラッカーからは、星や七色に染まる煙まで飛び出した。
 賑やかなクラッカーを束にして鳴らしたせいか、大量のリボンや煙で瞬く間に視界が埋まる。あまりの量に、しばらくの間は何も見えそうになかった。
 そして、数分経って煙が晴れた頃。
「……おい、なんの真似だこれは」
 頭からたくさんのリボンを被って口元を引き攣らせたラギが、はやく説明しろと言わんばかりの顔をして現れたのだった。

「だって、今日はラギのお誕生日じゃない。だからお祝いしたくて」
 さっきも言ったでしょ? と首を傾げれば、ラギは渋い顔をした。
「だからってな、全身リボンまみれにするのもどうなんだよ」
「それは、その、私もここまでたくさん出るとは思わなくて……」
 ごめんなさいと呟くと、ラギは苦笑した。
「ま、いいけどよ。祝おうとしてくれたっつーのは、嬉しいからな」
 不意打ちのように言われて、顔が熱くなる。咄嗟に頬を押さえて俯くと、ラギは何もわかっていないのか首を傾げるだけだった。
「にしても、すげーな」
 ラギの視線の先には、たくさんのお料理。テーブルの上に所狭しと並べられた食事は、到底一人や二人で食べきれる量じゃない。
 私たちが今いるのは、寮の食堂。だけど普段の食事の時間とはずれているから、私たち以外に人影はない。
「用があるから来いって言われたときは何かと思ったが、こういうことだったんだな」
「プーペさんに協力してもらったの。あ、でもでも、盛りつけは私も手伝ったのよ?」
 そう言いながら、席へと案内する。ラギが座ったのを確認して、私も横に着いた。
「ひょっとして、あのケーキか?」
「よくわかったね」
 驚いて見つめると、ラギは意地悪く笑った。
「だって、あれだけ不格好じゃねーか。プーペがあんな飾り付けする筈ねーだろ」
「ラギったらひどいわ!」
 私が声をあげても、ラギはずっと笑うばかり。でも、目がすごく優しい色を浮かべていたから、それ以上何も言えなくなってしまった。
「そ、そうだ! プレセントも用意してあるの」
 再び熱くなる頬を誤魔化すように、テーブル下に隠していた包みを取り出す。
「はい、どうぞ」
 そう言って差し出すと、ラギは戸惑ったように受け取った。
「お、おお……開けてもいいか?」
「もちろん」
 笑顔で頷くと、ラギは包みを解く。ほどなくして現れたのは、銀色に輝くシンプルなナイフだった。
「前に、今使ってるナイフの切れ味が悪くなったって言ってたでしょ? だからどうかなって」
「よく覚えてたな。それ言ったの、結構前だぞ」
 手の中でくるくると回し眺めていたラギが、驚いたように顔を上げる。ラギは意外だったみたいだけど、私にとっては当たり前のこと。
「それはもちろん、好きな人のことだもの」
 そう正直に告げると、ラギは真っ赤な顔で黙り込んでしまった。
「どう、かな。気に入ってくれた?」
 ラギは正直だから、このプレゼントを嫌がってるわけじゃないというのはわかる。でも、本人の口から直接聞きたいというのが乙女心というもので。
 窺うように見つめると、ラギはしばらく視線を泳がせた後にぽつりと呟いた。
「気に入らない、こともねー。……ありがとな」
「……ふふ」
 よかった、気に入ってくれて。くすぐったい気持ちになりながら、テーブルへと向き直った。
「それじゃ、食べましょ? せっかくのご飯が冷めちゃうわ」
「……おう」
 ラギが自分でよそろうとするのを制して小皿に料理を取りわける。だって、今日はラギが主役なんだもの。
 鼻歌まじりに次々と料理を盛り付けていく私を見つめていたラギは、突然ぽつりと呟いた。
「今日は、ありがとな」
「え?」
 振り向くと、微かに顔を赤くしたラギと目があった。
「誕生祝いだからって、こんな風に用意してくれて。悪いな、手間かかったろ」
 その言葉を受けて、お皿をテーブルの上に置く。ラギに向き直って座ると、ゆるく首を振った。
「ううん、そんなことないよ。お料理を用意してくれたのだってプーペさんだし、私にできたのはお皿を運ぶくらいで」
 そこで一旦切って、笑みを浮かべた。
「それに、何より私がラギのお誕生日をお祝いしたかったから。【生まれてきてくれてありがとう、一緒にいてくれてありがとう】って」
「……そうかよ」
 ラギはぶっきらぼうにそう返したけど、耳まで赤くなっているのを見たら全然気にならなかった。
「ねえねえ、来年はどんな風にお祝いしようか?」
「ルル、おまえな……それをオレに聞くのかよ」
 ラギは呆れたように言うけど、これは結構重要なことだ。
「だって、ラギに喜んでほしいもの。来年はどんなプレゼントを渡そうとか、今から考えるだけでわくわくしちゃう!」
 勢い込んで告げると、何故かラギはそっぽを向いてしまった。
「別に……いい」
「え?」
 落とされた言葉に、首を傾げる。要領を得ない私に、やや早口でラギは言葉を継いだ。
「別にプレゼントなんてなくても構わねー。………ただ、」
 ラギはそこで一旦止めて、深く息を吸う。
「ただ、来年もおまえが隣にいてくれれば十分だ」
「……え、」
 その言葉に、一瞬思考が停止する。じっとラギを見つめても、頑なにこちらを見ようとしないために表情は窺えない。けれど、真っ赤に染まった耳だけは確認できた。
「ええと……」
 言われた意味を、頭の中で整理してみる。
 ラギはプレゼントはなくてもいいって、来年も私が隣にいれば十分だって言ってくれて。
「え、っと……?」
 それは、つまり。
 言葉の意味を理解して、頬が燃えるように熱くなった。
 つまりそれって、それってそれってそれって!
 胸がぎゅっと締め付けられるような、それでいて温かいものが体中を巡る感覚がした。この気持ちを言葉に表すことなんてできなくて、想いの丈をぶつけるように目の前の背中に飛びついた。
「ラギ―――っ!」
「って、うわ馬鹿!抱きつくな――――――っ!!」

来年もいっしょに
(だって、嬉しかったんだもの!)

 感極まって抱きついてしまった後。ドラゴンに変身してしまったラギはしばらくの間不機嫌だったけど、元に戻ったらなんとか機嫌を直してくれた。
 だけど、別れ際に見せてくれたラギの笑顔がすごく眩しくて、格好よくて。思わず再び彼に抱きつきたくなってしまったのは、ここだけの秘密。



なんとか間に合った!ラギに何をプレゼントさせるかですごく悩みました。
ぎりぎりだったけど、愛は詰まってます。ラギ、誕生日おめでとう!

2010.03/29掲載
2011.08/09修正

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