目の前にある現実を、直視したくない。無駄な抵抗と知りつつも、私はそっと目を逸らした。
だけど、そううまくはいかないのが現実というもので。
「ルールちゃん」
結局は、目の前で笑う悪魔へと視線を戻す羽目となるのだから。
「………………なあに、アルバロ」
たっぷりと間を空けて返してから、ぎこちない動作で顔を上げる。視線の先には、寒気がするほどきれいな笑みを浮かべたアルバロの姿があった。
「それは俺の台詞。会って早々俯いちゃうから、具合でも悪くなっちゃったかと思ったよ」
そう言う彼は、紛れもない笑顔。その表情を見れば、明らかに嘘だとわかる。
「そうね、少し寒気がするかも。早く部屋に戻った方が―――」
「それは大変だ。こっちにおいで?」
言葉と同時にアルバロは両腕を広げて手招きをする。その姿を捉えて、口元が引き攣るのを感じた。
「アルバロ、それは何?」
「何って、温めてあげようと思って。さ、遠慮せずにおいで」
遠慮なんてしてない! 喉元までせり上がる叫びを必死に抑えて、私は後退した。
「大体、なんなのその恰好!」
切実な問いが、どこか悲鳴交じりになってしまったのは仕方ないことだと思う。
―――だって、目の前にいる彼は、大きなリボンを自身に巻きつけていたのだから。
「ああ、これ? 君が喜んでくれると思ってね。気に入った?」
「全然!」
首が痛くなるのも構わずに思い切り顔を左右に振ると、アルバロはわざとらしく悲しい顔をしてみせた。
「そう? 残念だな」
「……そもそも、どうしてそんな恰好をしたの?」
恐る恐る問いかけると、アルバロはすぐにさっきまでの表情を消してにんまりと笑った。
「今日って、何の日だと思う?」
「今日? 今日はホワイトデーよね」
口に出して、思わず眉を寄せる。それとこの状況が、いったいどう関係するんだろう。
「どうしてホワイトデーが関係してるかわからないって顔だね」
首を傾げる私を見て、面白そうにアルバロが言う。仕方なく頷けば、彼はますます笑みを深めた。
「つまり、これはお返しだよ。俺がプレゼント」
「は?」
(待って、ちょっと待って!)
なんだか、頭が痛くなってきた。
「ねぇ、アルバロ? 私の記憶が確かなら、バレンタインのときにアルバロからもプレゼントを貰ったはずなんだけど」
恐る恐る問いかけてみるけど、アルバロは意に介した様子もなく首を傾げてみせた。
「そうだね、でも俺は君から素敵な贈り物をしてもらったわけだし」
「すてっ……!?」
瞬間、あの日の出来事がよみがえる。一気に熱くなった頬を見て、アルバロは意地悪く口元を歪めた。
「だから、俺としてはお返しをしないとって思ってさ」
「しなくていい! しなくていいから!」
なんだか、だんだん雲行きが怪しくなってきた。気づけばじりじりと迫りくる顔を押し返しながら、どう逃れようかと考える。
けれど、私のそんな必死の抵抗をまったく意に介さないというのがアルバロという人で。
「ねぇ、ルルちゃん」
突然降ってきた猫なで声に、そろそろと顔を上げる。そこには、それはもうこれ以上ないってくらいとびきりの笑顔を浮かべたアルバロがいた。
「俺、君のことが大好きだよ。だから、受け取ってくれるよね?」
にっこり、と。その一言が言われてしまったなら、私にもう逃れる術なんてない。
諦めたように力を抜けば、降ってくる口づけ。心地いい温もりを受け入れながら、どうやってこの危機を回避しようと頭の隅で考えた。
返品不可の贈り物
(結局は、それすらも無駄なんだろうけど)
アルルでホワイトデー。どうにも当サイトのアルルはアルバロが優勢傾向にあるようです。
2010.03/14掲載