こういうのは得意じゃない。らしくないと自分でも思うし、けして向いている方でもないだろう。
 それでも、嬉しかったから。貰った気持ちを返したいと思ったからこそ、僕は。

 庭に立つ僕の目を、容赦なく太陽が射す。どうやら今日もラティウムは快晴らしい。目を細めて空を見上げていると、軽やかな足音が耳に届く。 
「おはよう、エスト!」
 よく響く声に振り向けば、予想していた通りルルがいた。そこまではいつも通りではあった。ただ、
「……どうしたんです、それは」
 ただ少し違っていたのは、普段結いあげているはずの髪を下ろしていたことだろうか。
「う……実は寝坊しちゃって、髪を結ぶ時間がなかったの。急いでたから、部屋にリボンも忘れてきちゃったし」
 端的な問いに、ルルは居心地悪そうに返した。事情を説明されはしたけど、どうにも腑に落ちない点があって眉を顰める。
「アミィはどうしたんです。いつもなら彼女が起こしてくれるでしょう」
「一度は起きたんだけど……その、眠くて」
「……つまりは二度寝した、と?」
「…………はい」
 力なく項垂れる姿に、ため息をひとつ。本当に、この人は。
「それで授業を受けるつもりですか? 髪が顔にかかって邪魔でしょう」
「う」
「板書を写すのにも、不利だとは思いますが?」
「うう、」
「それに、食事も摂りづらそうですね」
「ううう……」
 畳みかけるように言葉を重ねれば、ルルはますます身体を縮こませる。特に最後の言葉は効いたようで、真剣に困った表情をした。
 ……食い意地が張っているのもどうかとは思うけど。
「だ、だって仕方ないじゃない。急がないとエストに置いてかれちゃうかもって思ったから!」
 拗ねたように言うルルは、すっかりいじけてしまっている。さすがに少し意地が悪かったかなと思いつつ、鞄から包みを取り出した。
「わかりました。わかりましたよ、拗ねないでください。ほら、これをあげますから使ってください」
「す、拗ねてなんか……!」
 顔を赤くしてこちらを向いたルルは、僕が突き出したものを見て目を丸くした。
「エスト、これは?」
「……開けてみればわかります」
 だから早く受け取れと言外に告げて、包みをルルへと押し付ける。しばらくはしげしげと観察していたルルだったけど、やがて好奇心に負けたのか封を切った。
 心臓の音がうるさい。ルルの手が包みをはがしていく様が、やけに遅く感じる。
 実際には、それほど時間は経っていないのだろう。ほどなくして包装を解いたルルは、中から出てきたものを視界に収めて目を瞬いた。
「……エスト」
 驚きを隠せないといった様子で、ルルは手の中のものを見つめている。僕はというと、どうにも居心地が悪くてそんな彼女を直視することができなかった。
「これって……」
 そう呟くルルは、自身の手のひらから目を離さない。あまりにも強く見つめているものだから、穴があいてしまうのではないかと錯覚してしまうほどに。
 そこにあるのは、一本のリボン。彼女の瞳と同じ色をした、飴色のリボンだ。
「一応、先月のお礼です。本当は菓子にするか迷ったんですが……今のあなたを見る限り、それを選んで正解だったようですね」
 羞恥が先行して、言葉がどこかそっけないものとなってしまう。それがもどかしかったけれど、これだけは伝えようと一度言葉を切った。
「……ありがとう、ルル。僕はあのとき、嬉しかったんです」
 囁くように告げると、ルルはゆっくりと顔を上げる。どこかぼんやりとしていた瞳は、僕と目が合うと同時に柔らかく緩んだ。
「ありがとう、エスト。大切にするわ」
 まるで宝物のようにリボンを抱きしめて微笑む彼女は、ひどく眩しい。熱くなり始めた頬を隠そうと身体を翻すと、不意に背中に衝撃を感じた。
「本当に、本当にありがとう!」
「……っ、お礼ならもう聞きました! そんな体当たりで表わさなくても結構です!」
 叫んでも、背に張りついた彼女は簡単に離れてくれそうにない。別に、ルルに触れられるのが嫌なわけじゃない。嫌ではないけれど、場所が問題だ。
 抵抗を見せる僕などお構いなしに、彼女は秘密を告げるかのように顔を寄せてきた。
「ありがとうエスト、大好きよ!」
「……っ!」
 直接耳に吹き込まれたその言葉は破壊力抜群で、僕の動きを止めるには十分過ぎた。
(ああ、もう)
 半ば諦めにも似た気持ちで空を見上げる。
 ラティウムは今日も快晴で、僕たちを照らしている。容赦なく降り注ぐ太陽の光も、彼女の眩しさには到底及ばない。
 重い重いため息をつくけれど、そこに浮かぶのは結局のところは微笑で。本当に、彼女には敵わないと思うのだ。

 ルルは気づいたのだろうか、リボンの端に小さく記したメッセージに。
 ―――たぶん、気づいているのだろう。肩越しに盗み見た彼女は、とてもきれいに笑っていたから。

リボンに想いを添えて
(ずっと、あなたのそばにいます)



エスルル版ホワイトデー。リボンにメッセージを添えたのは、エストなりの精一杯の愛情表現なんだよ、というお話でした。(言わなければ伝わらないという罠)

2010.03/14掲載
2010.09/16修正

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