今日は最悪な日だったとノエルは振り返る。
 授業中はユリウスに問題の答えを先越されてしまうし、教材を運んでいたビラールには廊下の端まで弾かれ、変身して苛立ったラギの吐いた炎の巻き添えを喰らいかけた。
 更にアルバロには暇つぶしとして散々にいじくられ、自習をしに図書館へと赴けばパルーにまた馬鹿にされ、その様子を目撃したエストには極寒の視線を浴びせかけられた。
 果てはいつもの病気を炸裂したユリウスにより、楽しみにしていた授業が中断せざるを得なくなってしまったのだ。これを最悪と呼ばずして、他に何と言えようか。

 ぐったりとした身体を引きずりながら、ノエルは寮への道を行く。その歩みは遅々として進まず、帰路を急ぐ生徒にどんどん追い越されていく。
 本当なら、もう既に夕食の時間だ。このままでは、食いっぱぐれる可能性が高い。それを理解していながら、ノエルの足が速まることはなかった。
(いいんだ……どうせ、今日は何をやってもうまくいかない日なんだ)
 はっきり言って、ヤケになっていた。
 背には哀愁が漂い、夕焼けに照らされた横顔には影が色濃く落ちている。その表情には、疲労がありありと浮かんでいた。
(今日はもう、寝てしまおうか)
 いっそそうすれば、気は紛れるかもしれない。
(そうだ、そうしよう)
 そんな風に、ノエルがひとり頷いたとき。
「ノエル?」
 ふと、後ろから声がかかった。
「ル、ルル!?」
 この声を、聞き間違えるはずがない。振り向きながら叫ぶと、不思議そうな表情を浮かべたルルが立っていた。
「どうしたの、ノエル。こんなに遅くまで残ってるなんて」
 そう言って寄ってきたルルに、ノエルは声を詰まらせた。まさか、暴走したユリウスの被害を受けて今まで伸びていたなどと言えるわけがない。
「い、いや? 未来の大魔導師の力をどうしても貸してほしいと言う者達がいてだな。寛大なこの僕が、わざわざ手伝っていたというわけさ!」
 声を上擦らせながら一息にそう言うと、ルルは顔を輝かせた。
「困ってる人を助けてあげるなんて、やっぱりノエルは優しいね!」
 尊敬の眼差しで見上げてくる姿に居心地の悪くなったノエルは、うろうろと視線をさ迷わせる。
「そ、そういう君こそどうしたんだ?こんなに遅くまで残ってるなんて珍しいじゃないか」
「私? 忘れ物を取りにきたの。今はその帰りよ」
 苦笑して、ルルは鞄を指した。
「課題を教室に忘れちゃったの」
「そう……なのか」
 返ってきた言葉に、落胆の色が隠せない。
 ルルは、自分を待っていたわけではなかったのだ。ほんの少し上向いていた気持ちが、再び下降を始める。
(いったい僕は何を期待しているんだ)
 緩く頭を振って、ルルへと向き直る。
「しかし、それにしたって遅くないか?」
「部屋に戻ってから気づいたから。だけど、もうそんなに時間が経ってるの? 時計も見ないできたから、よくわからなかったわ」
 そう言って、ルルは懐中時計を取り出す。その指し示す時刻を見て、彼女は顔を青くした。
「たいへん! 急がないと、ごはんが食べられなくなっちゃう」
 そう言って駆け出した姿に、ノエルは息を零した。
(ああ……やはり、行ってしまうのか)
 ぐんぐんスピードを上げていくルルとは対照的に、ノエルには彼女を追いかけるだけの気力もない。やはり今日は良くないことばかりが起こると息を吐く。
 しかしノエルの落胆を余所に、ルルは数メートル先でくるりと振り返った。
「ノエル! 何してるの?」
「え?」
 思いもよらない言葉に、ノエルは間の抜けた声を上げた。展開についていけず、立ち尽くす。
「ほら、はやく!」
 なかなか動かないノエルに焦れたのか、いつの間にかすぐそばまで戻ってきたルルは突然手をとった。戸惑う彼に構うことなく、ルルは走りだす。―――今度は、ノエルと手を繋いだまま。

 今日は悪いことばかり起こる日だった。
 授業中はユリウスに解答を先回りされるし、教材を運ぶビラールにはどつかれ、ラギには危うく丸焦げにされるところだった。
 アルバロには存分に弄られ、お決まりのようにパルーと喧嘩をし、エストには恐ろしく冷たい目で見られ、仕上げには興奮したユリウスによって授業が潰されてしまった。
 実に良くないことばかりが起こる日だったと言えよう。
 けれど。

 力強く前を向いて走る横顔を、半歩遅れた位置から盗み見る。
 散々な日ではあったけど、最悪な日ではなかったかもしれない。
 つながれた熱を握りしめて、ノエルはそう思った。

(一日が良いのも悪いのも、)
すべては君しだい



初ノエルル。時期としては、ルート前のイメージです。

2010.02/23掲載

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