柔らかな陽が差す、穏やかな朝。多くの生徒が学院へと向かう中に混じって、私は歩いていた。
 エストは用事があるからと言って先に行ってしまった。一緒に登校できないのは残念だけど、また授業で会えるものね。
(……それに)
 嬉しいことがあったから、寂しくない。ついさっきのことを思い出して、頬が緩む。
(お昼が待ち遠しいなあ)
 そう思っていたとき、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「やあ、ルルちゃん。ずいぶんとご機嫌だね」
 呼びかけに、足を止める。辺りを見回すと、後ろからゆったりとした足取りで近づいてくるビラールとアルバロの姿があった。
「おはようございマス、ルル」
「おはよう! ビラールとアルバロも、これから授業?」
「ハイ。ちょうど、これから向かうところでシタ。もしよかったら、一緒に行ってもいいデスカ?」
「うんうん、もちろんよ!」
 ビラールの申し出に頷くと、アルバロがずいと顔を近づけてきた。その目は、まるで面白いものを見つけたとでも言わんばかりに輝いている。
「で? 何かいいことでもあったの?」
「何かって?」
 思わず聞き返すと、アルバロは目を細めて「ルルちゃんてば、人が悪いなあ」なんて呟いた。
「決まってるじゃない、ルルちゃんがご機嫌だった理由。なにかあったんでしょ?」
「う……そんなにわかりやすかったかな」
 頬に手をあてて尋ねると、アルバロは大きく頷く。
「誰が見てもそうだったよ。ねえ殿下?」
「ハイ。歩いていたルル、すごく上機嫌。見ている方も楽しかったデス」
「そ、そうなんだ……なんだか恥ずかしい」
 顔が熱くなってきたのが自分でもわかって、視線を下へと向ける。さっきのことを思い出したら、また嬉しくなって頬が緩んだ。
「君がそんなに嬉しそうにするってことは、やっぱりエストくん絡みかな」
 ……うぅ、読まれてる。
「……あのね、全然たいしたことじゃないんだけど」
 ぽつりと呟くと、アルバロが期待に満ちた顔で先を促す。それに後押しされて、話を続けた。
「実はね、エストがご飯をちゃんと食べてくれるようになったの」
 それが嬉しくって、と続けると、二人は顔を見合わせた。
「エストが、デスカ」
「うんうんっ、そうなの!エストってばいっつもサラダばかりで、バランス悪いでしょう?それが最近になって、他の物も食べてくれるようになって」
 まだたくさん食べるのには慣れていないみたいだけど、少しずつ変わろうとしてくれたことが嬉しい。
「へぇ……それは興味深いね。やっぱり、あのとき言ったことが効いたかな」
「あのとき?」
 聞き返しても、アルバロはにっこりと笑うだけで何も言わない。いったいなんのことかわからなくて首を捻っていると、ビラールが代わりに口を開いた。
「実ハ、この間エストと話したときなんデスガ。二人が並んでいると、まるデ姉弟のヨウだと言ったのデス」
「それは……」
 すごく、複雑かも。
「いやあ、あのときのエストくんてば傑作だったよ。まるで射殺さんばかりの視線でさ」
 おかしくて堪らないとでも言うように、アルバロは笑う。
「それハ、アルバロが二人とも小さくテかわいいなんテ言ったからデショウ」
「いやいや、殿下だって煽ってたじゃない。微笑ましいとかなんとか言って」
「……それは、怒って当然だと思う」
 でも、それがどうしてさっきの話と繋がるんだろう。首を傾げていると、アルバロは口角を上げた。
「あれ、わからない?」
「……まったく」
 正直に告げると、アルバロは片目を暝ってみせる。
「エストくんは、君と姉弟に見られたくないってこと」
「……え?」
「おそらく、悔しかったのデショウ。アナタの隣を、男として並べないことガ」
「エストくんも男の子だったんだねぇ。背を伸ばそうとするなんてさ」
「え……」
 頭の中が、真っ白になる。それと同時に、ついさっき交わした会話が甦った。

『ふふっ』
『……突然笑い出して、いったいなんですか』
『だって、最近エストがちゃんとご飯を食べてくれるのが嬉しくて。ねぇ、どうして?』
『……別に、なんだっていいでしょう』

 姉弟に見られたくなかった。
 ―――エストが?
 背を伸ばそうとした。
 ―――悔しかったから?

「じゃあ、エストがたくさん食べるようになったのって……」
 確かめるように二人の顔を見つめると、悪戯っぽい笑みを返される。
(う、わ……)
 頬に熱が集まっていくのが、自分でもわかった。きっと、顔はすごく赤いんだろう。
(どうしよう)
 すごくすごく、嬉しいかも。
「……ビラール、アルバロ」
「ハイ」
「なんだい、ルルちゃん」
 高い位置にある、二人の顔を見上げる。ビラールもアルバロも笑っていて、私が言おうとしていることがわかっているみたいだった。
「ごめんなさい。やっぱり私、先に行くわ」
「構わないよ、行っておいで」
「いってらっしゃいデス」
 二人が頷いたのを確認して、ぱっと身を翻す。ほんの少しの距離がもどかしくて、私は駆け出していた。

(どうしよう、どうしよう)
 身体が軽い。思わず、頬が緩んでしまう。
(あいたい)
 私の足は、ただ一つの場所だけを目指して突き進む。
 だって、予感があった。
 やがて拓けた視界の向こうに探し求めていた姿を見つけて、私は胸いっぱいに息を吸い込む。
「エスト!」
 ゆらめく湖面をみつめていた背中が、ゆっくりと動きだす。
 ふたつのエメラルドがこちらを向く前に、私は思いきり地面を蹴った。

彼だって男の子
(だけど、今のままでも大好きよ?)



エストはほとんど出てないけど、エスルルと言い張ってみる。
二人の周りには背が高い人が多いですからね。エストだって男の子ですから、それを気にしてご飯をちゃんと食べるようになっていたらかわいいな、と。

2010.02/08掲載
2010.02/21修正

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