鏡の魔獣からすり抜けてきた姿を捉えて、壁から背を離す。このあとの反応を思うと、おかしくて堪らない。

「おはよう、ルルちゃん」

 ひらひらと手を振ってにんまりと笑えば、目に見えて顔が強張った。どうやら危機察知能力だけは鋭くなったようだ。
 かといって結局そこから逃れられなければ意味などないし、逃がす気もない。

「お、おはよう……?」

 警戒心を顕わにして後退したルルに、少しずつ歩み寄る。その顔には、はっきり【近づきたくない】と書かれていた。

「どうしたの、そんな顔して」

 【傷つくなぁ】なんて嘯けば、探るような目を向けられる。本当に賢くなったようで、なによりだ。

「何を企んでるの?」
「企むだなんて、人聞きの悪い。俺はただ、朝の挨拶をしに来ただけだよ?」

 そうこうしている間に、ルルの傍へと辿りつく。逃げられないようにと背に腕を回せば、不安をありありと浮かべた瞳が見上げてきた。

「ならもう済んだじゃない。こんなに近づく必要はないはずだわ……!」
「いいや、まだだよ」

 諦め悪く足掻くのを、するりと腰を撫でることで封じる。

「ひあっ!?」
「おはようのキスがまだでしょ」

 耳元で低く囁けば、瞬時に頬が赤く染まる。

「そんなこと、今までしたこともないじゃない!」
「そうだっけ? なら、今日から習慣にすればいいよ」

 首を傾げてとぼけてみると、じとりとした視線が向けられる。

「そんな顔をしても無駄だよ。……逃がす気もないけどな?」

 表面上はにこやかに。だけど最後は意識して低く囁く。

「あ、言っておくけど、頬にするのはなしだから」

 にっこりと笑んで先手を打つと、ルルは腕の中で固まった。

「だ、だけど!」

 言いながら、ルルは周囲に目を向ける。今は登校時間だし、昨日と違って多くの生徒がホールに溢れてる。
 他人の目が気になるらしいルルは、しきりに周りを気にしては逃れようともがいていた。

「あれ、できない? 仕方ないなあ」

 勿論、こいつが抵抗するのは予想済み。だからこそ、このあとが楽しいんじゃないか。
 腕の拘束をほんの少し緩めれば、目に見えてほっとした表情を浮かべる。
 駄目だなぁ、そんなんじゃ。俺のこと、まだ知りつくしてはいないのかな?

「―――なら、俺からするしかないよね?」
「…………え?」

 口を開けて間抜け面をさらすルルに構わず、指で顎を掬いあげた。ルルが何かを言い出す前に、俺は唇を寄せる。瞬間、周囲からどよめきが起こった。

「ルルちゃん?」

 目を見開いて固まる姿に、どうしようもなく笑いがこみ上げる。だけど、まだ表にだすわけにはいかない。

「な……」
「【な】?」
「なにするの、アルバロ……!」
「なにって、おはようのキス?」

 真っ赤になってルルが押さえているのは、俺がさっき口づけた場所。昨日、ルルに触れられたのと同じ箇所だ。

「そうじゃなくて! ここがどこだと思って……」
「玄関ホールだね。時間が時間だし、登校する生徒でいっぱいだ」

 あっさり告げると、きっと睨み上げてくる。

「それがわかってるなら、どうして」
「でも、俺には関係ない」

 言いながら、今度は瞼に口づける。途端にびくりと身体が震えたのが、腕を通して伝わった。

「な、なにするの……っ」

 顔を離すと、真っ赤な顔がお出迎え。さっきと同じ台詞だけど、迫力ないよ?

「おはようのキス」
「さっきしたじゃない!」
「あれ。ルルちゃんてば、あれだけだと思ったの?」
「まさ、か……」

 じりじりと後退を始めた身体を、しっかりと腰に腕を回すことで阻む。
 にんまりと笑むと、ルルは顔面を蒼白にした。うん、本当に察しがよくなったよね。

「キスはこうするんだってこと、よく覚えとけよ」

 そう囁けば、飴色の瞳が大きく見開かれる。その中に歪んだ笑みが映りこんでいるのを捉えながら、熟れた果実に齧りついた。

その笑顔は危険信号
(このあとの反応が、楽しみだ)



アルバロでリベンジ。公式のSSに触発されまして。

2010.01/09掲載
2011.05/01修正

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