揺れる、揺れる。心が、揺れる。
「……ねえ、楽しい?」
ぶらぶらと足を揺らして、正面を向いたまま問いかける。
「もちろん」
そうしてすぐに返ってきた声に、そろりと視線を下へと向けた。
膝上に散らばる、鮮やかなミントグリーン。私の両手はそれに触れることなく、ベンチについたまま。
ゆっくり慎重に視線を動かしていると、不意に飛び込んできたラズベリーピンクとばちりと目があってしまった。
「……っ!」
途端に弧を描いた口元に、しまったと思うけどもう遅い。
「どうしたの、ルルちゃん?」
どうしようもなく性格が悪いと感じるのは、こういうとき。わかってて聞いてくるのだから、本当に意地が悪い。
「ねえ、アルバロ」
「ん?」
仕方なく視線を合わせると、小首を傾げて見上げてきた。そう。彼は今、私を見上げている。私の、膝の上から。
「いい加減、降りてほしいんだけど……!」
振り絞るように言うと、アルバロはにっこりと笑って「だーめ」と言い放った。本当に、性格が悪い。
外壁のベンチで休憩していたところに突然アルバロが現れ、「ちょっと借りるよ」と言って膝に頭を乗せたのが三十分ほど前。そろそろ、行き交う人の視線が痛い。
最終試験から、しばらく経つ。アルバロの突拍子もない行動にはある程度慣れてきたけど、未だに驚かされることは多い。
「もう十分だと思うの」
「そう? 俺はまだまだ足りないんだけど」
「外だと身体が冷えるし」
「ラティウムは年中暖かいから問題ないよ」
「……周りに見られて恥ずかしいし」
「俺は気にしないよ。あ、それとも人気のない場所の方がよかったかな?」
「…………そろそろ膝も痺れてきたし」
「それなら、今度は俺がしてあげようか」
にっこり、と。そんな音が聞こえてきそうな笑みを向けられたら、ため息の一つだって出る。
「はあ……」
「どうしたのさ、ため息なんてついて。かわいい顔が台無しだよ?」
変わらない笑みを貼りつけて言うアルバロに、もう一つため息。
「ねえ、どうして急にこんなことをしたの?」
返事はわかりきっていたけれど、一応聞いてみる。
「どうしてって、なんとなく?」
やっぱり。予想していたものと全く同じ答えが返ってきて、またため息が出てしまった。
アルバロと過ごすようになって結構たつけど、考えていることは相変わらず読めない。
もうこうなったら、何を言っても無駄なんだろう。諦めて、再び足を揺らす。
右、左、右、左。交互に揺らし続けていると、不意に伸びてきた掌が私の頬を撫でた。突然の冷たい感触に、びくりと身体が震える。
「な、に?」
なんとか平静を保とうとしたけど、うまくいかなかった。震える声に、アルバロが笑った気配がした。
「いや? なんとなく」
顔を見つめても、その笑みは崩れない。なんだか悔しくなって、今度はさっきよりも強く足を揺らした。
アルバロの手は、まだ私の頬にあてられている。彼の瞳を見つめていることができなくて、私はそっと目を閉じた。
揺れる、揺れる。心が、揺れる。
気まぐれな態度に、思わせぶりな言葉に、つくられた笑みに、突然の行動に。
どうして私はこんな人と一緒にいるんだろうとか、どうしてあのときこの道を選んだのだろうと考えることもあるけど。
結局、行きつく先は一つなのだ。
道化師との午後
(いつだって、あなたの心は見えない)
私は、あなたがすき。
恋愛ED後のアルバロとの学校生活とはどんなもんぞ、と。
2010.01/06掲載