掌の上に転がるモノを見つめて、そっと息をつく。月光を浴びて光るソレに、複雑な想いが過ぎった。
『いつもありがとう、エスト!』
眩しい笑顔とともに渡された、虹色のキャンディ。彼女が自分の名を紡ぐと同時に変化したソレは、間違いなく彼女の心そのものだった。
(やはり、受け取るべきではなかった)
彼女と別れた後に調べた、キャンディにまつわる話。さらにその後遭遇した、ユリウスに群がる群衆を見て確信を得た。
「形は想いの質を、色と味は想いの量を……か」
反芻するように呟いた声は、宵闇に溶けた。
彼女に好意を寄せられるのは、素直に嬉しい。自分が想っている相手からも同じ気持ちが返ってくるなんて、それ以上の幸福はないだろう。
(……でも、)
それは、僕が“普通”であったらの話だ。
僕が“異質”であることを彼女は知らないし、教えるつもりもない。だってこんな存在、気味が悪い。
(もしも彼女が真実を知ったら、どう思うかな)
少なくとも、今までのような笑顔を向けてくれることなどないだろう。ましてや、こんなモノだって贈らないだろうことは容易く想像がつく。
「……嫌だな」
それは、どちらの意味か。
嫌なのは、こんなことを考える自分か。それとも、彼女が微笑んでくれることのない未来か。自分でもわからないのだから、どうしようもない。
再び、広げた掌へと視線を滑らせる。
ハートの形に、彼女の髪よりも深い桃色。自分の手にあるにはあまりにも不釣り合いなソレを見て、再度溜息がもれた。
『エスト』
「……っ!」
願望の為せる業か、ひどく甘く響く声が脳裏に反響する。ついでに浮かび上がる顔を振り払い、キャンディを月のもとにさらす。
光を弾いてきらりと輝いたソレは、まるで彼女自身のようだ。
そう思うと、こうして素手で触れているのは罪を犯しているような気がしてしまう。僕の手は、きれいとは呼べない。
「…………」
食べるべきか、手元に残しておくのか。なかったことにするには、少々遅すぎた。
僅かな逡巡の後、キャンディを口へと含む。途端に広がる、噎せ返るような甘さに思わず口を覆った。
(……っ、こんな)
キャンディの形は想いの質を、色と味は想いの量を反映する。つまり、この味が示すものは紛れもなく。
「……やはり、受け取るんじゃなかった」
響いた声は泣きそうな色を孕んでいて、情けなくなる。
口の中に広がる優しくて、どこまでも胸が熱くなる甘さに不覚にも涙が出そうだった。
(ルル、あなたはいつもそうだ)
「いつだって、僕を惑わせてばかりいる」
呟いた声はあまりにも情けなくて、どうしようもなく、寂しくて。閉じた瞼に焼きついた笑顔を想って、ひとり、頭を垂れる。
暗闇の中、身が焦がれるような甘さがいつまでも僕を支配していた。
不意に、胸を疼かせた
(会いたい、なんてそんなこと)
お題:確かに恋だった
「恋ってなあに?5題」より
マインドキャンディのお話。結局あのあとエストはキャンディをどうしたのかなぁという妄想から。
2009.12/29掲載