下ろされた髪。それが揺れるのを目で追ったラギは、過ぎった違和感に首を捻った。
「お前、髪濡れてるぞ」
「あ……急いでたから」
指摘すると、ルルがしまったという顔で眉を下げた。
「乾かしてからで来ればよかっただろ。別にオレは逃げねーって」
そう言えば、ルルはむくれたように頬を膨らませる。
「だって、早くラギに会いたかったんだもの」
「っ!」
告げられた言葉に、頬が熱を持つのを自覚する。
(どうしてコイツは、んな恥ずかしいことを簡単に言うんだよ)
しかも、それを嬉しく思っている自分もどうかしているとラギは内心呻いた。
それをごまかそうと、手を突き出す。
「ラギ?」
「いいから、その手に持ってるタオルを貸せ!」
首を傾げて見つめ返すルルに焦れたラギが声を荒げると、慌ててタオルを差し出してきた。それを受け取って、娯楽室の奥へと歩を進める。
「ラギ?」
戸惑いを含んだ声を上げてついてくるルルをちらりとだけ見やって、ラギはソファへと座った。
「座れ、乾かしてやる」
「でも」
「いいから! そのままだとおまえ、風邪ひくだろ」
強く押し切ると、タオルを広げて受け入れる体勢を取る。それを見て観念したのか、ルルは大人しくラギの足の間に収まるような形で床に座り込んだ。
「おい、床は冷てーだろうが。冷えるぞ」
「ううん、いいの。この方が、ラギも乾かしやすいでしょ?」
眉を寄せて注意すると、笑って返される。ゆるく振られた髪に合わせて、水滴が散った。
「それは、そうだけどよ……」
釈然としないながらも頷いたラギは、とにかく手早く済ませてしまおうと濡れそぼった桃色に手を伸ばした。
手を動かし始めて、しばらく。ふと、ラギは感心したように呟いた。
「なんつーか、やっぱおまえも女だったんだな」
「なに、それ」
膨れる頬を肩越しに見て、ラギは笑う。
「悪い意味じゃねーって。ただ、こうやって拭いてるとオレの髪とはやっぱ違うっつーか」
布ごしに触れる感触に、目を細める。柔らかい髪質は、まるでルル自身を表わしているようで妙にくすぐったい気分になる。
(……って、オレは何考えてんだ!)
慌てて首を振ったラギだったが、一度意識したものを忘れることは難しい。
タオルを動かす度に鼻をくすぐる甘い匂いは、やはりラギとは違う。これは男女の差なのか、ルルだからなのかは判別がつかないが。
いつもよりも高い位置から見下ろす項は無防備にさらされ、その白さを浮き彫りにしている。そこに未だ水分の残る髪が張りつくさまを見て、こくりと無意識のうちに喉が鳴った。
肝心のルルは、安心しきっているのか体重を預けるようにしてソファへと寄りかかっている。
(……コイツ、警戒ってモンを知らねーのか)
確かに体質が改善されたとはいえ、未だにルルと満足に触れ合うこともできないままだ。なにかしようとしても、できないというのが現状である。
だからといって、こうやって安心しきった顔で身を預ける姿を見ると複雑な気分になるのもまた事実で。
「ラギ?」
頭を抱えかねない勢いで思考の海に浸っていたラギは、不思議そうにこちらを見上げる顔を間近で捉えて心臓が飛び上がるほど驚いた。
「どうかした?」
「い、いや…なんでも、ねーよ……」
「そう? あ! 髪、ありがとう! もう大体乾いたからもうこれで十分よ」
そう言って笑うルルに、先ほどまで頭を悩ませていた自分を思い出してラギは腹立たしくなってきた。
ちらりと視線を室内へと走らせて、未だこちらを見上げたままのルルへと視線を落とす。
「?」
曇りのない、純真な瞳を見ると僅かに躊躇いが生まれるが、構わずタオルを大きく広げて二人の顔を覆い隠すように広げて被せた。
「っ、ラ―――!?」
驚いたような声は、すぐさま悲鳴に近いものとなった。しかしそれも押しつけた唇によって塞いでしまう。
触れたのは、一瞬にも満たない。すぐさま顔を離してタオルを外すと、真っ赤なまま固まるルルを捉えて少し笑った。
「なっ、なん……!?」
「なんてカオしてんだよ、ばーか」
軽く笑うと、すぐに怒ったように眉を寄せて抗議してきた。もっとも、その顔はまだ赤かったけれど。
「いきなりなんてことするの! 誰かに見られたら……」
「そうならねーように、わざわざタオルを被せたんだろーが」
素っ気なく返すが、ラギの顔もまた赤い。
「これでちっとは警戒ってモンを知れよな」
「ラギ?」
小さく小さく呟いた言葉は、ルルには届かない。真っ直ぐ見つめてくる飴色を捉えて、ラギは手を伸ばす。
「なんでもねーよっ」
桃色に触れると同時にぐしゃぐしゃとかき回せば、ルルは悲鳴をあげた。
「ラギったら、なにするの!」
青くなったかと思えば、今度は顔を真っ赤にして抗議してくる。くるくるとよく変わる表情に、自然と笑みが零れた。
(ま、いいか。しばらくはこのままで)
どうせ時間はたっぷりある。焦る必要なんてない。
なによりも、ルルに振り回されるのは心臓に悪いけれど、嫌いではないから。
「もうしばらくは、安全なままでいてやるよ」
目を細めて呟いて、今度はそっと髪を撫でる。柔らかく笑んだラギの視線を受け止めて、ルルはたちまち頬を染めた。
「ラ、ギ?」
「この体質が完全に治ったら、覚悟しとけっつー話だ」
そう言って、ラギは朗らかに笑った。
無防備
(今はまだ、このままで)
こちらも恋愛ED後。
男の子が女の子の髪を拭くとか、すごい萌えると思いませんか。
今回はラギ優性ですが、今後はもっとルルに振り回されているラギの話を書きたいです。
2009.12/15掲載
2009.12/31修正