甘えかた講座
ネシユディネシ、ほのぼの
「では、次の作戦はそのように。」
大きめの机を挟んで座っていたネシアとユーディは、大砲の配置の相談を終えたところだった。
硝煙の匂いに再び包まれることへの期待を描きながらユーディは頷く。
「分かったわ。ああ、今からしっかり調整しとかなくちゃ。」
うっとりした様子で言うユーディに、やれやれとネシアはため息を吐く。こと大砲の事となると彼女はいつもこんな調子だ。
「楽しむのもいいですが、程々にお願いしますよ。」
「あら、冷めてるわね。そんなんじゃ人生楽しめないんじゃない?」
「……必要の無い事です。」
軽口のつもりで言ったユーディだったが、返事に棘を感じ取り素に戻る。そっけない態度は彼にはよくあることだが、今の言葉はいつもより重たいものを含んでいた。
「なに?貴方その歳でもう人生達観しちゃってるわけ?まだ私よりも若いくせに。」
「別に、私には関係無いと思っただけですよ。人生を楽しむなど……。」
そこまで言って言葉を切る。苦々しげな声音にユーディはしばし黙っていたが、つかつかと歩み寄るとネシアの隣の席に座り直した。
「貴方、あんまり人に甘えたりした事ないタイプ?」
「何ですか急に。まあ、たしかにそうかもしれませんね。」
互いに含みをもたせた言葉にユーディはくすりと笑うと、顔をずいと出して提案した。
「じゃあ、私に甘えなさいよ。」
「は……?」
突拍子もない言葉に呆気に取られたネシアに構わずユーディは続ける。
「年上ぶるつもりはないけど、でもグラムブレイズの中だと私は大人でしょ?甘える貴方を見るのも面白そうだし、私に甘えなさいな。」
「意味がわかりません。」
完全に呆れながら言うネシアに、ユーディは少しだけ真面目な顔つきになって言う。
「別に、ふざけてるわけじゃないのよ。実はね、私も甘えるのはあんまり得意じゃないの。まあ、もうそんな歳でもないけど。」
机の上にあった書類を指先で遊びながら、今度は優しげな笑みを浮かべた。昔を懐かしむ、どこか切なく暖かい笑みだ。
「それでも、優しくしてもらった記憶はあるわ。小さい頃に甘えた記憶、誰かに助けてもらった記憶。なんとなく、貴方を見ているとそういう記憶をあんまり持っていない気がするのよ。」
「つまり、私が不幸に見えると?」
「ま、そういう事になるわね。別に違うと思うなら言い返していいのよ?」
きっぱり言い切ったユーディに、ネシアは何も言えなくなった。彼女の何百倍も生きている彼だが、正直そういった記憶にはあまり縁が無かった。
いや、そうだと認識していなかったと言うのが正しい。相手がこちらに好意的に接してきた事は何度もあったが、それは『上手く信頼を得た』と判断するための材料にすぎない。現に今も、グラムブレイズに対して抱いている感情はそれだ。
もしかしたらそんな記憶もあったかもしれない。誰かの言動を暖かいと感じた事があったかもしれない。しかしその一つ一つを覚えておくには、ネシアはあまりにも長く生きすぎていた。
「気を悪くしたなら謝るわ。でも、その様子だとやっぱり当たりだったんじゃない?」
黙ったままのネシアを見かねてユーディが口を開いた。その瞳はじっとネシアの覆い隠された顔を覗き込んでいる。
「そう……みたいですね。」
しぶしぶとネシアも口を開く。やっぱり、とユーディは瞬きをした。
「なら、私に甘えなさいな。案外悪くないものよ。」
「そう言われましても、どうすればいいかわからないのですが……。」
「そうね。貴方は弱音吐けって言っても吐かないでしょうし、周りの助けが必要な時は遠慮無く力を借りてるしね。なら……。」
ユーディはネシアに近づくと、そっとフードを外してその頭を撫でた。
「これは馴染みが無いんじゃない?」
言われた通り慣れていない感覚にネシアは身を捩る。ユーディの手つきはこちらへの気遣いを思わせる優しいものだったが、他人にこうして触れられることがほとんど無いため自然に体が強ばった。
「たしかに馴染みは無いですが、とても子供扱いされているような気がします。」
「子供扱いでいいのよ。貴方は大人以上に大人びてるんだから。たまには肩の力を抜いて無邪気に振る舞いなさい。」
くすぐったいような、恥ずかしいような不思議な感覚。これが彼女の言う『甘える』という事なのかとネシアは疑問に思ったが、大人しく従っていることにした。
ただふと、この不思議な感覚も長い時の中でいつか記憶の底に埋もれてしまうのかと思うと、少しだけ心が痛んだような気がした。
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