足音リズム



ジェネシジェ
微BL風味





ある日の昼下がり。静かな部屋に、まとめた紙束を揃える音が広がった。
そこに重なるため息一つ。ネシアは書類の束を置くと、凝った筋肉をほぐすために軽く腕を伸ばす。

「さて……。」

ヴェルマン方伯に頼まれた書類事務が終わり体を休める。方伯は現在外出しているため、これを渡すのはまだ先だ。ネシアは空いた時間をどう過ごそうかと思案した。
ガーロット達と共に兵達の鍛練に付き合っても良いが、集中後の疲れの中だとあまり気が進まない。かと言って、大量の文字を見た後だと読書をする気にもなれない。一つ一つ案を出している内に、ふとある人物が思い当たった。
自分と同じく事務をしているはずのもう一人の参謀、ジェノンを軽くからかいにでも行こう。
体をほぐすのに歩くのもちょうど良いと、ネシアは書類に錘を乗せると部屋を出た。



「ジェノン、入りますよ。」

ノックしても返事が無い。鍵もかかっていなかったためネシアが扉を開けると、部屋には誰もいなかった。
彼もどこかに出かけたのだろうか。目的が閉ざされてしまい、ネシアは再び思案に耽る。

つまらない。

些細な事だが、思い通りにいかないと子供染みた怒りが沸いてくるものだ。
どうしてこんな時に限っていないのだろうか。自分に対してだけ向けてくる、少し不機嫌さの混じった声を聞きたかったのにと、ネシアは扉を乱暴に閉める事で八つ当たりをした。

仕方ない、ならば探そうと足を動かす。今までよりも早いリズムで、彼は私兵団邸を歩き回った。

「ジェノン、どこにいるのですか。」

荒だった感情を僅かに滲ませながら、探している名前を呼びかけた。自分でも何故こんなにイライラしているのか分からないまま、感情を声と足音に乗せていく。

「ジェノン。」

どこに意識を向けても、彼の気配は感じ取れない。声も聞こえない。
どんどん歩くスピードを上げるネシアは気づかなかった。自分の意識が周囲の状況ではなく焦燥感に向いている事を。

「ジェノン。」

いくらか呼びながら、角を曲がろうとした時だった。

「呼ん……うわっ!」

おそらく声を聞いて来たのだろうジェノンと見事に衝突してしまう。今まで結構なスピードで進んでいたのが急に停止し、ネシアは尻餅をついた。

「大丈夫?君がぶつかるなんてね。角を曲がる時は気をつけなよ。」

よろめくのみに留まったジェノンが手を差しのべてきたが、ネシアはそれを受け取る気にはなれなかった。それどころか立ち上がる気にもなれず、床に座ったまま顔をうつ向ける。

「……どこへ行っていたんですか。」

「どこへって、ちょっとガーロット達の所へ顔を出しに行ってただけだけど。」

宙に伸ばされたままの手をひらひらさせながら答える。早く掴め、というその合図にようやくネシアは手を取るが、やはり立ち上がる気にはなれなかった。

ようやくお目当ての人物を見つけたというのに、先程からずっと感じていた苛立ちは晴れないまま、それどころか少し増したような気さえする。

「どうしたの。打ち所でも悪かった?」

「いえ、そうではありません。」

「なら足でも捻ったとか?」

「違います。」

「じゃあ何で立たないのさ。」

「………。」

自分でも答えの分からない気持ちに、ネシアは黙り込んでしまった。手を掴ませた手前ジェノンも無視して立ち去るわけにもいかず、悶着した空気が続く。

「もういいか、このまま話そう。僕に用事があったんだろ?何だい?」

言われて思い出す。自分が彼を探していた理由。まさかからかうために、などと言えずに口籠った。正直、ほとんど自棄になっていただけの話だ。

「その、ありません。」

「何だよそれ。」

はあ、と大きくため息を吐き、ジェノンは繋いでいた手を無理矢理引っ張りネシアを立たせる。
抵抗するわけでもなくそれに従ったネシアは空いた方の手で軽くローブの埃を払った。

「じゃあ何、もしかして寂しかったとか言うんじゃないだろうね。」

「寂しかった……。」

小さな声で反芻し、苦笑する。まさか本当にそんなわけではないだろうが、今はそれが当てはまった。

「そうかもしれませんね。」

「はぁ!?」

面喰らったジェノンを見て、ようやく苛立ちの晴れたネシアはいつもの含み笑いを溢した。そうだ、彼の表情が見たかったのだ。

「お茶でも飲みに行きましょうか。話したい事がたくさんあります。」

「ちょっと待って、さっきと言ってる事が違う!て言うか、僕はまだやる事があるんだけど!?」

「手伝いますよ。私にはまだ時間がありますから。」

繋いだままの手を今度はネシアが引っ張りながら、うってかわって上機嫌で廊下を歩き始めた。
互いに別の手を繋いでいたのでジェノンは真っ直ぐ歩けていないのだが構わず、むしろそれさえも楽しみながら進む。

人間の感情と同じものが自分にあるとは思っていない。しかし残念ながら先程の苛立ちを形容することはできなかった。
なら今からでもその答えを探そうか、とネシアは微笑んだ。彼にはまだたくさんの時間があるのだから。







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