欲しい物は



昼イータ→ネシア





日差しが赤みを帯びてきた頃。窓辺の椅子に腰掛け静かに本を読み耽るネシアの傍では、静かなハープの音が流れていた。
演奏者の白く細い指の動きに合わせて弦が歌い、夕陽に照らされ輝いている黒髪は上品に整った顔を彩る。まるで美術画を思わせる情景がそこにあったが、見向きもせずに本に視線を落とすネシアに、演奏者は顔を向ける。

「ネシア、貴方は預言が出来るのでしたわよね?」

ハープを奏でながら、イータは問いかけた。部屋の主の了承を得ないまま気ままに奏でられているそれは、声と共に変わらずネシアの耳に届いている。

「そうですが、何か?」

夜も近いため、そろそろ部屋から出て行くだろうと踏んでいた人物に、ネシアは顔を本に向けたまま興味無さげに返答した。
素っ気無い答えに苦笑しながらも、イータは構わず話を続ける。

「私に預言してくださらないかしら?欲しい物がありますの。」

イータの言葉に、ネシアの口から小さな溜め息が漏れた。ハープの音色にページを捲る音を重ねながら、呆れた声で言葉を返す。

「貴女は信じているわけではないんでしょう?聞いてどうするんです。」

「気まぐれですわ。」

ネシアとは対照的にくすくすと笑いながら、イータはあっけらかんと答えた。今度は露骨に嫌味を含めた溜め息の音が、ハープに負けじと響く。
ネシアは本を支えていた右手を離し、窓枠に頬杖をついた。窓の外に顔を向けて相変わらずイータの方を向こうとしないが、仕方なくイータの話に付き合う事にしたようだ。

「で、何が欲しいんですか?」

「それは秘密です。」

「それでは答えようが無いでしょう。」

「いいではありませんの。教えてくださいな。」

相手が話に乗ってきた事が嬉しいのか、イータは可憐な声で楽しげに笑った。このままだと話は平行線だろう。からかわれている事は承知だが、ここで答えずにいても彼女はまたやってくるだろう。どうせ彼女は信じていないのだと、ネシアは適当に答える事にした。

「……おそらく手に入りますよ。それが何か分からないので断定はできませんが。」

これで話は終わるだろうと、ネシアは再び本へと向き直った。もうすぐ日も完全に落ちる。そうすれば彼女は、また日が昇るまで姿を現さない。
返事に満足したのかは知らないが、彼女のハープを奏でる手が止まった。ネシアの予想通り、そろそろ部屋を出るつもりなのだろう。

「ふふ、そうですか。ではお礼に、私が欲しい物を教えて差し上げましょう。大きい声では言えませんし、耳を貸してくださいな。」

借りていた椅子から立ち上がると、イータはネシアの方へと歩み寄ってきた。
大きい声で言えないということは神界に関する事なのだろうか、それとも彼女のふしだらな趣味の話だろうか。
どちらにせよ、彼女の欲しい物とやらが自分に有益な情報になるとは思えない。これで開放されるならと、ネシアは気にせず本を読み続けた。

すぐ傍までやってきたイータが、そっとネシアの耳元に顔を近づける。しかし次の瞬間、ネシアに届いたのは言葉ではなく彼女のキスだった。
頬にではあるが、目隠しに覆われているためほとんど唇に近い位置への口付け。思わず顔を向けた先には、悪戯っぽい笑顔があった。

「何を……。」

ネシアの言葉には答えず、イータはくるりと体を反転させると部屋の出入り口へと向かった。しかし扉を開けて出て行く間際、唖然とするネシアへと口角を上げただけの笑みを向け、静かな声で言葉をこぼした。

「期待してますわよ。」

ばたん、と扉の閉まる音がして来訪者は出て行く。部屋の中に、夜闇が溢れ出した。









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