もしもの未来


レオンとエレナ
ユグドラ・ユニゾンより





ファンタジニア王国。今や最も勢いのあるその国の名を知らぬ者はいないだろう。
大陸中のほとんどを占めていたブロンキア帝国に抵抗し、今や帝国以上の土地を手中に収めている王国。しかし、その核を成す戦士達は現在険悪なムードだった。

「ハッ、誰がテメェなんぞの言う事なんか聞くかよ!」

「レオン殿!貴殿はどうしてそう非協力的なのですか!?」

「二人とも、喧嘩はやめて下さい……!」

作戦のための資料が散らばった机を挟んで言い争いをしているのは、黒い鎧を纏った騎士と真面目そうな顔をした騎士。そしてそれを頼りなくも仲裁しているのは若いアサシンだ。
日常茶飯事となっているこの風景。そしてそれを眺める二人もまた、この風景に含まれている。

「そ、その、止めなくていいのでしょうか?」

「仕方ありませんね……。お二人共、そろそろお静かに願えますか?」

同じく作戦会議の席についているのは彼らの主である王女。そして、その傍らに立つ盲目の預言師の声でようやく喧嘩は静まった。
しかし、それは一時的なものであるのはこの場の誰もが知っている。不機嫌な顔で向きあう二人の騎士に、ユグドラはようやく声をかける事ができた。

「えっと、では、つまり……レオンは次の作戦に反対なのですか?」

「当然だ。誰がこんな偽善者と協力なんてできるかよ!」

フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らしながらそっぽを向いたレオンに、デュランの眉間の皺が一層深まった。険悪な雰囲気にエレナは成す術も無くおどおどとしている。

「貴方の人間関係などどうでもいいのです。とにかく、私の作戦通りに動いてもらいますよ。」

それぞれの心中など興味が無いとでも言うように、ネシアは変わらぬ態度で改めて地図上の地形を指で辿った。

「敵はおそらくこの街道を沿って進軍して来るでしょう。なので私と王女が街道を塞いで足止めし、エレナさんは背後から敵を奇襲。お二人の軍は山を利用して両側から挟み撃ちにする形で敵の本陣を落とします。今度こそ、分かりましたね?」

有無を言わせぬように、語尾を強めながらレオンの方を向く。目隠しに隠れて見えていないはずの目が、しかし確かにこちらを捉えているのを感じながらレオンは背けていた顔を元に戻した。一瞬デュランと目が合ったが、舌打ちしながらすぐに逸らす。

「そもそも、テメェに指図されんのも気に喰わねぇんだよ!ガルカーサの腰巾着かと思いきやいきなり裏切りやがって。何でテメェはここに居やがんだ?」

「私だって自ら望んでここに来たわけではありませんよ。ただ彼女達に負けたので仕方なく、です。貴方だってそうなんでしょう?まあ、他にも理由はあるんでしょうが……。」

言って、ネシアはチラリとエレナの方に顔を向ける。視線を感じ、エレナは驚いて体を強ばらせた。

「とにかくだ、テメェの意見には従わねぇ。俺様は好きに戦わせてもらう。いいな!?」

立ち上がり、さりげなくネシアとエレナの間に割って入りながらレオンは荒々しく言い放つと、そのまま不機嫌そうにどこかへ行ってしまった。
複数のため息と共に、不本意な形ながらも場は一応の収まりを見せる。

「何故、彼は我々の軍に加わったのでしょうか。」

「さあ……。」

困った声でぼやくデュランに、同じく困った声でユグドラは返した。能力だけを見ればレオンは頼り甲斐のある戦士だが、戦場では多数対多数。こんな状況が続けば、いずれは足を掬われることになるだろう。

「このまま彼が意地を張り続けるようであれば、新しく別の人材を登用する方がいいでしょうね。」

机の上の資料を集めながら、ネシアはそっけなく言う。
その言葉にエレナは焦った。せっかくもう一度レオンと一緒になることができたのだ。今別れれば、次に会えるのはいつになるか分からない。
レオンの事だ。エレナに何も言わぬまま、どこか知らない場所へと旅立ってしまう可能性も十分にある。

「あ、あの。私、兄を探してきます!」

言って、慌ててレオンを追いかける。自分がどこまで説得できるかは分からないが、何もせずに終わるのは嫌だった。



王国軍に在籍する事で、少しだけだがレオンの気性は柔らいでいた。いつかは兄を止めようとしてアサシンに志願したエレナだったが、自身が兄と対峙する必要が無くなる可能性に気付いた時には心から喜んだものだった。
しかし、それは今の主であるユグドラが無闇な争いを望まないからこそ。
戦いが好きな兄の事だ。ここを離れればまたどこか血の匂いのする場所に向かうだろう。そこで誰に会うか分からない。もしかしたら、また以前のように残虐な兄に戻ってしまうかもしれない。

嫌な考えがいくつも頭に浮かんだがそれを振り払い、エレナはレオンのいる部屋の前に辿りついた。

「兄さん?……いますか?」

ノックと共に声をかける。程なくして、ドアが開いた。

「……何の用だ。」

聞き慣れた不機嫌そうな声。よく見ると、兜が少しずれていた。慌てて被ったのだろうか?

「そ、その。皆さんの作戦通りに動きませんか?その方がきっと勝算も高いですし……」

「そんな事を言いに来たのか?」

声をより低めて、レオンは更に問いかける。怒気が含まれているのがひしひしと伝わりエレナは気圧されそうになったが、まだ退くことは出来なかった。

「このままだと、兄さん、主将から外されてしまうかもしれなくて……」

「ハッ、別にいいぜ。そしたらこんな軍なんてとっとと抜けてやる。そうだな、どっか敵対する所に付いてあの偽善者をぶっ殺してやるってのも……」

「わ、私が嫌なんです!」

珍しく声を荒げた妹に、レオンは思わず黙った。その心の中ではかすかに、しかし確かに動揺を覚えている。
エレナは次の言葉に迷ったが、呼吸を整えるとキッとレオンを見据えた。緊張で体が震えているが、その足は兄の前から動くまいと真っ直ぐに立っていた。

「せっかく兄さんも王国軍に入れたのに、また一緒にいられるのに……。もう、離れるのは嫌なんです。」

弱々しい声だ。レオンはこの声を聞くのが嫌いだった。他でもない、兄であるはずの自分がこの声を出させているのを自覚するたびに、レオンはエレナとの間に壁ができているのを実感する。
しかし、それでも。
もはや恐怖の対象となっているにも関わらず、エレナは一緒にいたいと言う。

「……。お前は、」

「え……?」

「いや、なんでもねぇ。」

正直に言って、レオンは妹とどう向き合えばいいのか分からなかった。
自分は変わってしまった。ガルカーサと共に戦う渦中で情など捨て去った。エレナの“兄”である自分は、もうどこにもいないはずだ。

しかし、彼女がまだ自分の事を兄と呼んでくれるのなら。
そして、認めたくはないものの――自分がまだそれを望んでいるのなら。

「チッ、仕方ねぇな……。」

ドアノブに手をかけ、体を反転させる。慌てて止めようとするエレナを遮って、ドアが閉まる間際、レオンは言った。

「ネシアに言っておけ、次の作戦だけは指示通りに動いてやるってよ。」

「兄さん……!」

閉まったドアの向こうで喜ぶ気配がした。再び舌打ちしつつ、レオンは自室に戻る。
ふと、ガラスに写った自分の兜が少しずれている事に気がついた。結局のところこんな事にも気付かないほど、自分は妹の事になると心乱されるのだ。
軽く直しつつ、いつかまた、この兜を着けずに妹と話せる日が来るのかと考える。
妹と正面から向き合えるのだろうか。再び、兄として接してやれるのだろうか。
その日はきっと近くはないだろうが、それでももう少しだけ……一緒にいてやろうと、そう思った。








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