なんでコイツらと一緒しなきゃいけないんだ、と心の底から西は思った。
そんな彼は今、街中のさして大きくもない噴水の淵に腰掛けて、不貞腐れたようにキャラメルフラペチーノをちうちう吸っている。
西にとっては運悪くと言えよう。なまえの服を選んでやってる最中、ちょうど休憩にお茶にしようとしたところで玄野と多恵に遭遇してしまったのである。
男性陣は西があぁなので仲がいいとは口が裂けても言えないが、なまえと多恵はそれなりに仲がいい。「……ちょっとだけ、だめ?」と珍しくしおらしく訊いてきたので、ちょっとだけ許してやることにした。
それが間違いだった。
「やッぱたえちんかわいーよなー…。思わね?中坊でも思わね!?」
「ホントにそう思ッてンならその腐ッた眼球取り替えて来いよ」
「なんだよたえちんはやんないからな!」
「そーかよそーかよ。大変結構。いらねーしあんなの」
視線の先ではなまえと多恵が楽しそうにソフトクリームを食べている。
本当に、どうして自分がこんなに面倒くさいのの相手をしなければならない。何かが不公平だと西は思った。
「つーか、西お前、外出んだな。てっきり引き込もってんのかと」
「今すぐ死ぬか?」
「すいませんッした!……で、何、なまえちゃんとデート?」
「買い物に付き合ッてるだけ」
「だからそれを人はデートと呼ぶ……」
「 買 い 物 に 付 き 合 ッ て る だ け 」
玄野は何か言いたげな表情をして西を見たが、ざっくりスルーした。無視だ無視。
玄野は溜め息をついてあきらめたらしい。
「…はいはい。で、中坊がなまえちゃんのお願い素直にきくとも思えないんだけど。何で大人しく従ッてんの?」
「答えてやる義理はねーなァ」
「ふーん。ま、なまえちゃんにきくからいいけど」
「ハ!?」
西の顔色が目に見えて変わった。
コイツこーいうとこかわいーよなー、と玄野は若干にやにやしながら思った。年相応というか。
「お前から言うのが得策だと思うんだけどなー」
ついでにもう一押し。
西は、渋々白状した。
ただし、物凄く小さな声で。
「……カ…に……けた」
「きッこえませーん」
心底バカにされたっぽい。
西の中で何かがブッチ切れた。
「ウッゼェマジ死ね!てか殺す!ソッコー殺す!!だからッ、」
「だから?」
「ポーカーで負けたの!何アイツマジ信じらんねェ!」
吐いちゃったらちょっとスッキリした。意外とストレスだったらしい。
「何、お前負けちゃッたの」
「ああそうだよ悪りィか。つーかお前もやッてみろよアイツまじハンパねェ」
「何、そんなに?意外ー。なまえちゃん賭け事しなさそうなのに」
「オセロだろーが花札だろーが麻雀だろうが何やってもオレ勝つの。だけどアイツポーカーだけバカ強ぇの。マジ有り得ねェ」
「てか家でそんな遊びしてんの」
いつも、ではない。
ただ、雨のひどくて出掛ける予定がオシャカになったときに、でもどうしても何かして遊びたいと言うなまえの挙げた遊びに付き合ってやったとき、あんまりみんな西が勝ってしまったのでつい、
「負けたらいっこ何でも言うこときいてやるって言っちゃったんだよね」
多恵と話していたはずのなまえがいつの間にか来て言葉を継いだので、とりあえず玄野は吃驚した。
なまえはそんな玄野の間抜け面をよそに、西のとなりに足を進めた。
多恵も玄野の横に寄り添うように移動している。
噴水の淵に座るなり、キャラメルフラペチーノを持っている西の手ごと引き寄せたなまえは、そのままそれを飲んだ。
西はと言えば、されるがままというわけでなく、なまえの手の中にある期間限定のさくらのソフトクリームにかじりついている。
とりあえず玄野はぱっくり開いた口を閉じれなかった。
いや待てお前ら。
目の前に知り合いいるだろ。
──つか、暗黙の了解かよ。
隣では多恵がその様子をガン見している。若干頬を染めてはいるものの、漫画への情熱が勝ったらしい。意外にもたくましい。
「あれ、意外とビターだね。珍しいもの飲んでると思ったら」
「それ、エクストラコーヒーでホイップ少なめだから」
「通りで…あ、おいしいでしょーソレ。抹茶と迷ったんだけど」
しかも双方いたって普通といった態度が空恐ろしい。
「………お前ら、いつもこんなんなわけ?」
「こんなん、て何が?」
まさかの無自覚。
玄野はちょっと目眩がした。気がした。
「あー…砂吐きそ。行こっかたえちん」
「…あ、う、うん!またねなまえちゃん」
「今度は二人で買い物来ようね!」
手を振りながら遠ざかっていく多恵を、かわいいなぁと思いながら、なまえはたったひとり選んだひとの名前を呼んだ。
「丈一郎」
「…何だよ」
不貞たようにそっぽを向いた西に、遠ざかる二人の背中を見ながら、彼女はたった一言を告げた。
「ありがとう」
彼は彼女がお礼を言うときの、やわらかな声音と微笑みが嫌いではなかったから、思わずなまえの方を振り向いてしまった。
「あのね、」
彼女は西の空いた片手、左手を取って、手のひらを合わせてきゅっと指を絡めた。
「我が儘、ついでにもういっこだけ、きいてくれる?」
「…さあ?内容と対価によるけど」
何でもひとつ言うことをきく、というのは今日、西がこうして服を選んで欲しいと言うなまえに付き合ってやってるのでチャラだ。
「馬鹿馬鹿しいって、笑うかも知れないけど、この指にね、丈とのペアリングが欲しいの」
そう告げた彼女の表情は、そんな浮わついた提案に似つかわしくないほど真剣だった。
何かあると踏んだ西は、理由をきいてやることにした。
「何かあった?」
なまえが絡めた指をほどいて、正面を向く。
東京タワーが見えた。
「ううん。ただね、形見が欲しいなって。どっちも、いついなくなるか分からないから」
ざくざくとソフトクリームのコーンを食べながら、指輪だけなら、きっと連れて帰れるでしょう?となまえは苦く笑った。
そんなこと、と笑い飛ばしてやろうと思ったけど──できなかった。
それは彼にとっても彼女にとっても、どこまでも現実になり得る事象だったので。
「……いいんじゃねーの?」
それに。
それだけじゃない。
「なまえがオレのなら、その指のその場所、さッさと印つけとくに越したことない」
彼女と同じに景色を見ながら、彼は妙に凪いだ心で言った。
「……っっ不意討ち!だめ!」
しばらく無言だったなまえを見遣ると、うっすら染まった頬を両手で懸命に隠そうとしながら叫んだ。なんだこのかわいい生き物は。
うーとかあーとかしばらくしきりに唸っていたなまえは、「よし!」と決意の声を上げた。
かと思いきや。
「丈!」
がばっと横から思いっきり抱きついてきて、今着ている服がそう襟が高くないが故にスーツを着ていない西はなまえを支えるので精一杯になった。どっちが不意討ちだよ、と西は切実に思った。
「もう!丈一郎大好きっ!」
今度は西の頬が染まった。
「なッ、ば、バッカじゃねーのッ!?」
「バカじゃないもん、バカはバカでも丈一郎バカだもん。いっしょにしないで!」
尚も抱きついて離れようとしないなまえを直視しないようにしながら、西はキャラメルフラペチーノを一口飲んだ。
もう随分ととけてきて、心なしかさっきより苦く感じられるそれは、少しだけ西の冷静さを取り戻した。
「ちゃんと知ってる?あたしが丈大好きーってこと」
「知ってる」
「そっか。そんでね、丈もあたしのこと好きなの、ちゃんと知ってるからね!」
「違う。好きじゃない」
きょとん、となまえはようやっと西を見上げた。
その頭を、自分の表情が見えないように引き寄せて。
「好きじゃなくて、大好きの間違い。だからなまえはバカだッて言ッてる」
なまえはしばらく西の胸のところでじたばたしていたけれど、やがて、やわらかな声音でひどく嬉しそうに「そうだね、」と言ったので、彼は彼女を解放してやることにした。
「……オムライス」
「へ?」
「ペアリングの対価。今日の夕飯、オムライスがいい」
なまえはしばらく沈黙して、小首をかしげた。
「そんなのでいいの?」
「何?じゃあそう言ッたらぐちゃぐちゃになってくれンの?」
「なりません!じゃあオムライス、がんばって丈の好きな半熟作るから楽しみにしててね」
「じゃ、行くか。リング選びに行ッて、そッから夕飯の買い物。店の心当たりあんだろ?」
「うん!」
立ち上がると、自然に繋げられた手が、なまえは嬉しい。
多分死んでしまってからの方が、西と出逢った後の方が。
世界はもっとずっと楽しい。
だから、生きていたくなる。
今のなまえは、あのとき諦めたようには、もう生きることを諦められそうにない。
どうしても諦められない幸せを見つけてしまったから。絶対に諦めてなんかあげられない。
隣にあってくれる愛しいひとを見上げて、なまえはこらえきれない笑顔をこぼした。
二つ目のこの命が尽きるまでずっと、このひとの傍らで、生きていきたい。