特攻の拓夢百題
16 いつでも一緒

「わからないです」

ローゲージのたっぷりとしたのセーターに小さな体をつつんだ小春が、緋咲の部屋のガラステーブルに、あえなく突っ伏した。
きれいなガラスに皮脂やパウダーがついてしまうことを避けるため、セーターにつつまれた腕に顔を埋めた小春が、弱り切った声で、本音を吐露する。


「私、緋咲さんのことがわからないです・・・・・・」

小鳥のようなソプラノが、切ないことばをつむいでおきながら。

緋咲のほうに向き直ったその愛らしい瞳の色は、くるくるとした鮮やかな変化をみせる。



「オレの何が知りてぇ」


小春のシリアスめいたお遊びに付き合ってやる緋咲が、キングサイズのベッドに腰をおろしてリラックスしている。

小春がすっかり味わい慣れた、深いたばこの香りが、部屋を漂う。

緋咲は、マイペースにたばこをふかしながら、落ち着いた声で答えた。


「緋咲さんが、クリスマスにほしいものです」


小春は、緋咲におくるクリスマスプレゼントになやんでいるのだ。


「だってほしいもの、緋咲さん全部自分で手に入れちゃうじゃないですか」
ライターはそれでいいっていうし。

ぺたぺたとテーブルをたたきながら、小春は、不平をくちにする。
思い悩むより伝えることを選ぶ小春が、緋咲に正直に申し出てみても、不敵な笑みでかわされるばかり。
察してほしいじゃわかりません!とまっすぐ述べた小春に、おまえがいればいいなんて言葉をつむいで、小春のことをもてあそんでみせるしまつだ。

「たばこ買ったらおこられた」

小春がいつかのことを蒸し返してみせても、それは、緋咲のくゆらせたたからかな煙のなかへ消えてゆく。

「スーツたかいし、おさいふとか、男の人の小物むずかしいです」
「小春がおとなになったらおしえてやるよ」
「タオル、パジャマ、カイロ、ゆたんぽ・・・・・・」
「小春はよ、俺がゆたんぽ使うとおもうのか」

こくんとうなずき、緋咲をじっと見上げるその純粋な面構えはまるで賢い小型犬のようだ。小春は、緋咲のまえで、いつだって素直で正直だ。

この素直さにあてられてしまうまえに、緋咲は、話の矛先を彼女のもとへ向ける。


「小春は何がほしいんだよ」

起毛素材のカーペットの上にぺったりと座り込んでいた小春が、まだ今日は使うことを遠慮していた大型家具を指さした。


「このイスです。座り心地いい」
「そいつぁな、もー売ってないんだよ」

コンランショップで購入したときの値段を教えてやれば、素直で夢のような反応でもみせるのかとおもいきや、小春は存外現実的にそれをうけとめた。

「夜勤いれてないときのお母さんの一ヶ月のお給料ですねー!」
夜勤いれたら、倍になりますよ。

座っていいぞ。そう緋咲がゆるせば、小春はいそいそとソファによじのぼった。
一人がけのグレーのソファに、小春が、小さな体をしずめる。
時折緋咲の思考をだしぬくような豊かさをみせるのに、まだ遠慮がちなところはこの子に残っている。そして、そんな小春の豊かさの源を、緋咲が問う。


「・・・・・・おまえ親の給料ぺらぺらしゃべっていいんか」
「お金にちゃんと向き合うのは大事ってお母さんいつもいいます」
「ま、そのとおりだな」
「目覚まし時計もほしいかなあ、このまえ壊れました。電池いれてもうごかなくて」
「朝稽古しろ」
「あっ、こうしたほうが、このソファ座り心地いい・・・・・・」

小春は、一年間で、緋咲の小言を都合よく無視する度胸もついた
小春が置いて帰ったブランケットが、緋咲によって投げてよこされる。昨年は小春の熱意に負けてこたつを出したものの、今年は、緋咲の信念のもと、景観を破壊する家具は一掃されている。そのかわり小春は、愛用のブランケットをここに持ち込むことで折り合いをつけた。こたつでぐったりと寝ていたら集会に遅刻したことが大元の要因であることは、小春に隠したまま。

「でも、ほんとにほしいものは、緋咲さんが、わたしのこと、ずっと好きでいてくれることですね」
「俺も同じだよ」
「私が緋咲さんのことすきになるのやめるわけないのになあ」

もう叶っちゃってるじゃん、と嘯く小春の声は、すこし拗ねたような気配がある。

その言葉ひとつで、緋咲のクリスマスは済んだも同然だけれど。

「あのルームフレグランス、一年もちましたよねー・・・・・・」
「ああ、香りも落ちてねえしな」
「むずかしい・・・・・・」

そろそろ小春が占拠しているソファにうつりたいところだが。
ベッドのヘッドボードに置いてある灰皿に灰を落とした緋咲が、窓からこぼれる冬の光を見遣りながら、静かにこぼした。


「小春が、無事でいることだな」
「・・・・・・私たち、同じものがほしいんですね」

少しだけ残っていたココアをひとのみした小春がけろっと口にした言葉。
それが、緋咲の前身を、穏やかに包み込む。
小春をそばに過ごすようになって得た安らぎ。
それは緋咲にとって、にわかに信じられぬもの。

「おかーさん、ねむくならないドリンク、2ケースかってた」
「責任もってもってこいよ。送ってもいいけど寝てっから出ねぇぞ」
「持ってくるの重いし、私が、テストの前にのみます」

そのとき、緋咲が、テーブルの下からとりだしたカタログを、膝の上にひろげた。

「ケーキ予約してやろーか」
「どんなのですか!?」

指だけで呼ばれた小春はソファから立ち上がって、緋咲のそばまで寄った。
そのまま、導かれるがままに、長い足のあいだにちょこんとおさまる。
ベッドに深く腰掛けた緋咲の体のなかにすっぽりとおさめられた小春が、緋咲のひらいているケーキカタログの、海外パティシェによる色とりどりの参考写真に目を輝かせた。

この心地よいぬくもりに飽きる日が、この俺のどこにくるというのか

「緋咲さんといられたら、なんでもおいしいんですけどね」
「おまえマジもんのケーキの味しらないだろ?」
「・・・・・・しらない・・・・・・!!」
「ケーキにすっか。小春ん贈りもん」
「だからー、私は、緋咲さんに何を贈ればいいんですか?」
「いいんだよ、ずっとここにいろ小春は」
「・・・・・・やっぱ眠くならないのみものかなー・・・・・・」

小さくおさまった体が何よりのおくりものだけれど。
今年も緋咲小春に、まるで平和でまるで穏やかで、まるで幸せなクリスマスがやってくる。
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