あの日は、結局、押し倒しただけだった。
たこやき器の鉄板から照り返す熱気に灼かれながら、首に巻いたタオルで汗をぬぐいとり、ジュンジはぼんやりと、あの日のことを思い出す。
潮でべたついた汗を、名前の清潔な肌にふれさせることが、頭の奥では申し訳なかった。ジュンジからは潮くさいかおりがただようのに、名前から、さわやかなオレンジのような香りがただよっていて。相反する思い、触れたいという思いが、申し訳なさに競り勝った。
そして、名前のノースリーブの肩に手をかけたとき、名前の家の玄関を元気よく開けたのは、名前のふたつ年下の妹だった。塾の夏期講習の帰りだったということは、あとから知った。
お姉ちゃん!数学のセンセーこなかったから終わった!何かつくって! そんな大声をあげながら、名前の部屋に突進してきた。
まるで、かつての名前のように、量の多い髪の毛。ややぽっちゃりした体。そして、かつての名前より、屈託のない人柄。ジュンジの小汚いビーチサンダルには、きっと気づかなかったのだろう。ただ今この家には姉しかいないと思いこんだ妹が、名前の部屋のドアをバタンと開けた。
ジュンジは、フローリングに直におかれたマットレスから名前をあわてて引き起こして、あからさまにに離れる。
そうして、姉に彼氏がいることを知った妹とともに、リビングに移り、海辺の町のヤンキーそのものである風体のジュンジにひとつもおびえることのない名前の妹に、あらゆることを、根ほり葉ほり聞かれ。 あのころの名前そっくりの妹は、あのころの名前のように、かわいらしかった。
あれ以降、みじかい電話は時折していたものの、名前にも部活や週一ペースで夏期講習があるようで。のんびりと会うこともままならないまま、早くも七月は今日で終わりを迎え、小さなイベントの当日となった。
石上の、小さな夏祭り。 ジュンジは、母親の友人の紹介でありついた、テキ屋のバイトに励んでいる。鵠沼南台中時代の友人たちの顔を見られることを期待していたが、本当にあいたいやつらには、あえやしない。大人ぶったあいつらは、こんなところで遊ばないのか。きっと、クラブに入り浸っているのだろう。
Tシャツのえりもとにまいたタオルはもう三枚目。 だれにでも媚びる気などないけれど、一つの持ち場を任されてそこを仕切るための器用さ、愛想に責任感を、ジュンジは申し分ないほど持ち合わせている。汚い字で発泡スチロールに値段を書いた。客が読みやすいような場所に設置する。持ち前の、よそゆきの愛想が接客にも功を奏して、たこやきは、かたっぱしからはけてゆく。
それにしても、大変な人混みである。 中学時代、この祭りにおとずれたことはなかったのだ。 名前の親は、こういった場所へゆくことに、意外に厳しいらしい。 確かに、安全と言い切れる場所ではないだろう。ジュンジも幾度も小競り合いを目撃しているし、気安いナンパも横行している。あっさり断られた男たちの陰湿なやつあたりも、どうも、あちこちで見られるようだ。
こんなものに名前を巻き込んではたまらない。
そうして、誘えずじまいであったのだ。とはいえ、サザンビーチフェスタに行ってもいいし、鎌倉花火は終わったけれど、江の島の納涼花火だってある。夏休みの終わり頃にも、小さな夏祭りは行われていたはずだ。 まだまだ、夏は続いてゆく。
この先のことに思いを巡らせながら、いったん客足が途切れたたこ焼きの屋台。たこやき器を、油で丁寧にぬぐっていく。
そのとき。
滝沢先輩!!
あの日、名前の自宅で聞いた、甲高くて素直な女の子の声。
そして。
「ジュンジくん……!」
落ち着いた声が、ジュンジの名前をよんだ。
「名前・・・・・!きてたんかよ」
浴衣姿の名前と、仕事中のジュンジ。 しばし、お互いを見つめっていると、あぶらをぬぐい、あたらしいあぶらをひくために押しつけていたキッチンペーパーからやけつくような熱が伝わってきて、あちっという情けない声をあげて、ジュンジは名前のまえでなさけないドジをふんだ。
大丈夫!?と声をあげる名前の背中の後ろから、女友達のグループが一斉に声をあげはじめた。
名前と、名前の妹と、そのほか大勢の女子たちで構成されるグループが、ジュンジの担当する屋台を一気にふさいだ。あっ!滝沢だ!滝沢!とジュンジの名字を連呼する女子たちは、そういえば同じ学校だった気がする。滝沢!たこやきおごってよ!などと気安く話しかけてくる女子たちに、ジュンジは仕事を再開し、料金はしっかりといただいた。 その様を、名前がちらちらとみつめている。たこやきを入手した女子たちは、本題とばかりに、ジュンジと名前の思わせぶりな間合いの意味を説明しろと詰め寄った。
名前とジュンジが弁解するまえに、名前の妹が、お姉ちゃんの彼氏だからジャマするなとあっさりとばらして、女たちのかしましい声をなだめている。
名前の妹が、極端に気をきかせて。 友人グループの背中をまとめておして、名前ひとりをのこしたまま、名前以外の女子たちは皆、人混みにまぎれこんだ。
「バイトだったんだ!実は、誘おうと思ってね、ジュンジくんちに電話しちゃったの」 「ウチに!?」 「ご、ごめん・・・・・・電話したら、妹さんが出て、今いないって」 「・・・・・・でやがったかよ・・・・・・」 「ジュンジくんの妹さんと、ちょっとだけしゃべったよ」 日大藤沢なんだね!優秀だねー。
他愛ないことを語りかけてくる名前の浴衣は、黒地に、いろとりどりの花が咲いたような、ずいぶんおとなっぽいもの。髪の毛もきれいにまとめあげられていて、アクセントのきいたメイクも、かわいい。そう、素直にほめてやる勇気は、まだまだジュンジには欠けているのだ。ジュンジの頭に、名前の澄んだ声で紡がれる言葉がすうっとしみわたったあと、のぼせる暑さとすずしげな名前の姿で、どこかへとけてしまうようだ。
「あ、ああ、あいつのせーでよ、学費かかっちまってしょーがねーんだよ」 己が言えた義理ではないけれど。
屋台におとずれる客に気を遣った名前が、すみによけて、ジュンジの接客をさりげなく見守った。
そして、名前が、ぽつりとこぼす。
「えらいね、バイト」 「え、えらいってなんだよ」 「わたし、自分でお金稼いだことないもん。すごいよ」
頭のいい名前が、なぜそんなことを卑下するのか、ジュンジには見当がつかない。
「お、おお、そーかよ」
そんな愚にもつかぬあいづちをいれたあと、こ、このあとよ、あそこにいかねーか、待っていてくれねーか、そんな簡単なことばが、ジュンジののどにひっかかったまま、情けなく止まった。
「・・・・・・」 「……」
あの日以来、どことなく気まずいけれど、名前が懸命に言葉をさがした。こうして、いつも名前をがんばらせていて。爆音の仲間たちにこんなすがたをみられてしまうと、リョー、それにカズあたりに、さんざんからかわれるだろう。
「さ、最後まで、バイト?」 「ああ、それなんだけどよ、聞いてみっから・・・・・・、と、とりあえずよ、いもーとんトコもどれよ、ガラわりーのもいっからよ」 「わかった、そうするね、えっと、どこいったかな、」 「ああ、いたぜ、あすこ、ヨーヨーんとこ!」 「あ、あとでまたきてもいい?」 「い、いいぜ」 きーつけろよ!!
歩きにくそうな草履で、かわいらしく手をふりながら、名前のすがたは人ごみに紛れた。
ジュンジのたこ焼きは、なんだか評判もよろしく。主に親子連れの客が多く、次から次へ、たこ焼きは売れてゆく。名前にも渡せばよかった。そう後悔しながら、ジュンジはこれみよがしに、仕事に励んだ。
短パンの後ろポケットに入っているさいふには、小銭がじゃらじゃらとつっこまれているだけ。それでも、これが終われば、名前になにかおごってやれる程度のカネは手に入るだろう。休憩を終えてもどってきた母親の友人に頭をさげて請い願うと、名前とジュンジの一部始終をみていたらしく、口調こそいやみではあるものの、早ぬけすることを、あたたかくゆるしてくれた。
たこ焼きの容器もほぼ使い終わり、指定した材料もきれかかったころ、はからったように、名前があらわれた。
「ジュンジくん、さしいれ・・・・・・」 「・・・・・・」
水にしっとりとぬれたスポーツドリンクをわたされる。 そういえば、ひとつの水分補給もしていなかった。
「いもーととダチは?」 「えっと、彼氏のとこいってきなっていわれたの。あの、ま、まってていい?」 「う、裏まわってこいよ」
こくりとうなずいた名前が、隣の屋台をおおきくまわって、裏側にしのびこんでくる。 クーラーボックスを指さしたジュンジが、名前を労わった。
「そこ、すわってろよ」 「ありがとう。おとなしくしてるね」 「名前、なにくった?」 「やきそば!!豚肉の味付けが変だったけど、イカがおいしかったよ」 「あれ、量おおくねーか?」 「おおかった!もーおなかいっぱい」
焼きそば食っちまったんならよ、オレのたこ焼き食えねーべよ そう拗ねて見せると、名前が、みんなにもらっていっぱい食べたよ!とちゃっかり笑った。 そうしていると、ジュンジの雇い主によばれ、封筒に入った給料をわたされ、あがりをつげられた。
「あのさ、もうあがっていいって」 そんかーし、こんだけ。
1000円札の束をみせると、名前が恐縮して頭を下げる。
「ご、ごめんね!わたしがわがままいったから」
笑って手を振ったジュンジは、後片付けもすべてまかせ、あとは邪魔にならないように、名前を誘い出して、屋台の裏側から這い出した。
「遅くなっちまったけどよ、祭り」 「うん、一緒に」 「いもーとはよ?」 「友達は先帰ったから、たぶん妹も」 「気ぃつかわせちまったなあ?」 「いいのいいの、まあ、でも、ジュンジくん、たぶん明日、妹の塾じゅうの噂だし、鵠沼海岸じゅうのうわさかも・・・・・・」 「・・・・・・ま、おれぁよ、名前とうわさになっちまってもいーんだけどよ」 「あ、あたしも大丈夫!」
帰るものたちと同時に、増えてくる人々。若者や親子連れ、老夫婦に、部活帰りの学生。鵠沼に暮す人たちが一同に集い、この公園の人ごみは尋常ではない。 屋台越しには他人事だったけれど、こうして、雑踏の中に彼女を連れて混ざってしまうと。
「名前」
少し背の低い名前をふりかえって、名前を呼んでみたところ、返事がない。
「名前!?」 「ま、まってジュンジくん!」
浴衣姿の女たちのすきまをぬって、名前が、人ごみから這い出して、ジュンジの背中にたどりついた。 ジュンジのTシャツのすそをつかみ、その鍛えられた背中にぴったりとくっついて、名前がたまらず漏らす。
「暑いね!」 「……」 「人ごみやっばいね、はやく抜けちゃおうか」 「手」 「ん?」 「かせよ」
ジュンジの手は、ずいぶん汗ばんでしまった。 名前のほっそりとした手も、同じく汗ばんでいて。 ふたりしてそうなら、お互いさまだ。
ぎこちなくうなずいた名前が、ジュンジに、ほっそりとした手をあずけた。
ジュンジが、やわらかくそして汗に濡れた名前の手を、そっとつかみとる。
指をからめることなんて、できなくて。 名前が預けてきた手を、ぎゅっとつかむことしかできない。
「手、つないだのぁよ、」 「はじめてだね!」 辻堂行ったとき、手つながなかったじゃん。
ジュンジに手をつつまれていること。 ただそれだけで、人ごみの不安から一気に解放された名前は、ごきげんにジュンジにくっついている。 安心してジュンジにすべてをあずけてくる名前。 当のジュンジは、そのやわらかな感触、ぎゅっとにぎしりめるとあっという間に壊れてしまいそうな、名前の繊細な指を、このままどうしていいかわからず、ただ、名前をはなさないために、つかんでいることしかできない。
金魚すくいの屋台は、こどもが占拠していてとうてい近づけたものではない。絵だか工作だかの体験コーナーもにぎわっていて。聞いたことのない屋台もある。外から見ている分には物騒にも思えたけれど、実際祭りの人ごみにその一部として混ざってみると、ファミリー臭さがつよくて、物騒な連中も、もういなくなってしまったようだ。安堵して名前を引っ張っていると、背中のうしろで、名前が、ぽつりとこぼした。
「わたし、浴衣似合わないの」
そもそも、人が和服を着ている姿を見慣れていないジュンジにとって、浴衣なんてどれもこれも、あるのは新鮮さだけ。似合う似合わないという基準自体がジュンジのなかに、存在しない。
「そっか?似合ってんと思うけどよ」 「肩がまっすぐでしょー、いかってんの」 「肩ぁ?」 「なで肩のほうが似合うの」 ほら、あのコとか。
きれいな金髪をゆいあげた、浴衣姿のスレンダーな女をゆびさす。確かに、なだらかな肩が浴衣を包む姿は自然といえるが。
「名前もよ、にあってんよ?」 「・・・・・・」 「だ、だまっかよ、フツー」 「あ、ありがとう、ジュンジくんも、ゆかたにあうよね」 「ばっ、オトコの浴衣なんざつまんねーよ」
真夏の熱は、まとわりつくように二人を撫でる。質のいい浴衣を着た名前は、布の間からするりと風がしのびこみ、また逃げてゆくようで、負担がかかる暑気は感じない。ジュンジはどうか。尋ねられないまま、名前は、ジュンジに手をひかれつづける。
人ごみを器用によけるジュンジが、手をつないだままの名前のことも、器用にみちびく。ジュンジの背中さえ見ていれば、名前は誰とぶつかることもないし、傷つくこともない。 Tシャツすがたのジュンジの熱っぽい背中にくっついていると、ジュンジが、小さく声をあげた。
「あれ、いもーとだろ?帰ったんじゃなかったんか?」
ジュンジが指さしたさきには、浴衣であることを厭わずに、小児といえる子供たちにまぎれて、バルーンハウスのような簡易テントでとびはねている妹がいた。
「あっ……な、なにやってんのあの子……」 「……あれよー……、コドモがあそぶやつだべ……?」 「ほんとだよ、なにやってんだろ」 「ははっ、笑えんなー。のびのびしてんな?」 「昔の自分みてるみたいなんだけど、中身があたしと全然違うの」
さみしそうに笑う名前。 ジュンジがその顔をのぞきこむと、ごまかすように笑って、手をふった。
ジュンジも、売り物のたこ焼きを、休憩時間にたらふくほおばっていて。 名前も、焼きそばがおなかの中にたまって消化されようとしない。
それでも、かき氷くらいなら食べられるだろう。
「こ、これくれーよ、払わせろよ……」
ささやかな意地をはったジュンジが、かき氷をふたつ買い求めた。
公園のかたすみ。 歩き疲れた二人は、タイヤを埋め込んだような、謎の遊具の上に、どちらともなく座り込んだ。 名前はブルーハワイジュンジはみぞれ。
「それベロあおくなんぞ」 「そこがいいんだよ!」
先端がスプーンのようになっているストローで氷を口に運ぶと、ソーダを人工的にまとめたような味が名前の咥内をコーティングする。
「バイト、えらいね!」 「まだゆってんかよ、たいしたことねーぞ」 中免のカネも貯めなきゃいけねーしよ!
単車の話を始めると元気になるジュンジは、名前の前では精一杯大人ぶっているようで。ジュンジにそうさせてしまっていることに、名前は罪悪感がある。そんなことを悟らせないように、童心にかえり、おおきな瞳が輝きはじめたジュンジの話を、名前はにこにこと聞いている。すると、かき氷を噴き出したジュンジが、唖然とした呆れ声をあげた。
「い、いもーと、まだ遊んでんぞ・・・・・・」 「・・・・・・こどもたち、従えてるね……」 「帰り、いもーともおくってやっからよ、ひろって帰ぇんべ」 「ありがとうー」
ストローをくわえた名前が、先端にガシガシと噛みつきながら、まるであきらめたような声で、ぽつりとささやく。
「妹とわたし、性格がぜんぜんちがうの」 「そっか?名前、あんなんだったぜ」 「え!!わたしあそこまでハツラツとしてた!?」 「あー、それぁよ・・・・・・」 「妹って、ふしぎとそのまんまでかわいいんだよね。そのまんまで、男子にも女子にもモテるの」 あのころのわたしとは、やっぱりちがうよ。
「わたしも、ああなりたかったな」
ださくて、足が太くて、毛深くて、言いたいことばかり言ってしまって、そのくせ自分に自信がなくて、アンバランスな性格で。 ややあか抜けて、友達が増えて、ジュンジの彼女になれた今でも、あのころの自分は、いつまでも名前のなかにいる。自分はなにも変わっていない気がして。
氷を一気にかきこみ、とけて、みぞれジュースのようになった残りをおもいきり飲み干したジュンジが、氷とペンギンの絵が描かれた空きカップをごみばこになげすてた。
そして、タイヤの上からおもむろにたちあがる。名前のそばに立ったジュンジが、低い声で命じた。
「寄れよ」
少しだけ強引なジュンジの口調に、どきどきと胸を動揺させながら。 名前は、静かにうなずいて、タイヤのかたすみに寄った。 おなじタイヤに二人で腰掛けると、あまりにぎゅうぎゅうづめ。
「まーだ食ってねーんかぁ?」
名前のかき氷の底には、とけた氷と青い水。名前のちいさな手からそれを奪い取ったジュンジが、ビールをあおるように一気飲みした。
「あー!楽しみにしてたのに!」 「もうじゅうぶん食っただろ」
名前のカップも思い切り投げ捨てると、まるでシンカーのように変化して、見事にごみばこにおさまった。
「すごーい!」 「名前さ」
名前のまえで大人ぶってみたり、名前の前でこどものように純粋になってみたり。 そして、ジュンジは、ときどき、名前の前で、こうして真剣になる。
「う、うん」 「おれぁ、名前がどんなんでも、名前が好きだったよ」 「本当?あたしが足太くて毛深くても?」 「む、むしかえすなよ、わりーとおもってんよ」 「そーだよね、ごめんね」
おかーさんのエステにくっついてって脱毛してもらったと語りながら、浴衣の裾をひらりとひるがえし、真っ白の足をジュンジにみせた名前の邪気のなさに、ジュンジはすわっているタイヤから崩れ落ちそうになってしまう。
「ゆ、浴衣だゾ……?くずれんじゃねーんかよ」 「あ、そうだね、ごめん」
裾をそそくさと整える名前の白い脚をじっと凝視したあと、腿の上に肘をつき、汗ばんだ手のひらに頬をのせて、ジュンジは、ぶっきらぼうに語る。
「おれはよ、あのころからよ、あしのふといおまえもよ、」
名前から、ひどい!!とでも茶々が入ると思ったら。 ブルーのアイシャドウがのった瞳で。ブルーハワイでふちどられたくちびるで。 名前は、ジュンジのことを、じっとみつめている。
「ブキヨーなおまえもよ、メガネかけてたおまえもよ、全部、すきだよ」
名前から、何か真っすぐな言葉がかえってくるまえに。 名前に、倍になって愛情を返される前に。 それらはぜんぶ、照れくさいから。
そのまま、名前の浴衣の質のいい生地をひっぱってジュンジの胸元へよせ、結い上げた髪の毛が乱れることも厭わずに、名前のあおいくちびるにくちづけた。 ふたりのはながみっともなくつぶれてしまって、なんて絵にならないキスなのか。 それでも、ジュンジは、こんなにいとしく、あたたかく、あまいものを、ほかにしらない。
「うわあ、ブルーハワイとみぞれがまざった!」 「うわあってなんだよ」
そのまま、名前の肩を抱いて。きっちりと着つけられた浴衣がくずれてしまうことが不安だけれど、こうして半ば強引に抱いてしまったからには、もう後に引き返せない。
「その浴衣よ、似合ってんじゃねーの?」 「ジュンジくんも来年は着ようね」 「おめーよ、不良少年はよ甚平ってきまってんだよ」 「あはは!甚平!笑える!」 「んなおかしいかよ」
バルーンハウスから這い出してきた妹を、名前が手招きする。妹は、ちょこちょこと近寄ってきたけれど、ぴたりと立ち止まり。友達、いた!!と叫んで、そのまま人ごみにまぎれこんだ。
ジュンジが、タイヤから立ち上がる。
「手」 「あ、はい」
相変わらず、ふたりして、ぺっとりと汗ばんでいるけれど。 もうそんなことは、些細なことにすぎない。 以前から考えていたことを、名前が、ジュンジに切り出した。
「夏休みおわったら、わたし、横浜いきたいな」 「おー、いいんじゃねえ?案内してやんぞ?」 「横浜でデートしよ?」 「どこがいーかよ・・・・・・オレのダチ、モテねーぶっさいくばっかでよ!アテになんねーべよ」 「どこでもいいよ、ジュンジくんといっしょなら」 「じゃあよ、新学期はじまったらよ、会いにこいよ」
明日から8月。 まだ夏は、1か月残っている。 夏のはじめ、名前がそばにいるだなんて、思いもしなかった。 ジュンジがこうして寄り添ってくれているなんて、考えもしなかった。 残りの夏、この大好きな湘南で、これから幾度、思いもしなかったことが起こるだろう。 何が起きようとも、何が起こらなくとも、そのとき、必ず、そばに、名前がいることを願って。 ジュンジは、名前のほっそりした手を、ぎゅっと握りしめた。
------------------------------------- キャラクター ジュンジ / 「夏祭りに行く、人混みではぐれそうになり手を繋ぎ初々しい二人」
でした。みー様、リクエストをありがとうございました! ジュンジは甚平が似合いそうです。 そして、リクエスト以外の要素もつめこみすぎてしまいました……。
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