ものかきさんに100のお題。


▼ 82.レンズ

ヤンキーはなぜ、行事の時だけ、はりきって学校に顔を出すのか。

文化祭にもうきうきと出てくるし、いつも遅刻してくるくせに、修学旅行の早朝の集合時間にはきっちり間に合わせる。数ヶ月に一度、定期的に行われる、グループマッチという謎の球技大会。ヤンキーの、本領発揮だ。もっとも、合唱コンクールは、嫌がっているようだが。

そして何より、体育祭。

テントを設営させれば手際がいいし、意外と要領もよければ、記憶力もある。体育教師の指示を一発でおぼえるし、群れのボスがまじめにしていればそれに従うし、群れのボスが大声をだせば、同じように大声をだす。この炎天下のなか、へばることなく石をひろいつづけているし、おとなしい女子が面倒ごとをおしつけられていればさりげなく手伝ってあげているし、日頃自分たちが、どこかのけものにされているからだろうか、行事が嫌いな文化系人間たちにも、意外にも優しい。少なくとも「みんながんばってるんだから、あんたたちもサボるのやめなよ」という同調圧力を感情的に発動させることは、ない。

涼しいテントの下で、あすかは、体育祭当日。早朝から始まっている、この準備風景を眺めながら、ぼんやりとそんなこと思う。

行事直前のこの、どことなく非日常の喧噪にみちた、高揚。そんなものに浮かされているのだろう、日頃あすかのなかに存在さえしないはずの、「不良少年たちへのあたたかいまなざし」そんな概念が、あすかの頭のなかに、思い浮かぶ。

不良はニガテだ。
小学校中学年のとき、隣の席の、すでにヤンキーの風格を漂わせていた男子のお道具かごをあやまって床に落としてしまったとき、めちゃくちゃに頭を殴られてから。
小学校高学年のとき、教科書の空きページに絵を描いていたら、近くの席の不良少年に眼をつけられ、ページをやぶられ衆人環視の元でからかわれてから。
ふたりとも、別の中学に進学したが、風のうわさではたいそうタチの悪いヤンキーになっているようだ。
あれから、不良はニガテだ。
不良少女も、不良少年もニガテだ。

ニガテなはずだ。

今、同じテントの下で、ベンチにころがって、額には濡れタオル。鼻っぱしらに氷嚢をあてて、ぐったりとやすんでいる、茶髪の男の子。

この子だって、ニガテなはずだ。

ニガテなはずだったのに。

新聞部員、写真撮影担当のあすかは、今、この少年のお守りも押しつけられている。

「鮎川くん、大丈夫?」
「ぜーんぜんデージョブじゃない・・・・・・」

すでにぬるくなってしまった氷嚢をポイと投げすてた鮎川真里は、心底うんざりした声で、あすかの問いに返事した。

テントの設営のとき、ふざけていて、ポールが鼻に激突したらしい。おまけに軽い熱中症まで発症していて。

「あ、頭高くしとかなきゃいけないって保健の先生、言ってたじゃん・・・・・・」
勝手にどけたらだめだよ。

タオルをまるめて重ね合わせてつくった即席のまくらを、この少年、鮎川真里は、ほうりだしてしまっている。あすかは、ざっくばらんな手つきで、真里のさらさらの茶髪、小さな頭をもちあげ、むりやりタオルの山をつっこんだ。

あすかは、持参しているリュックのなかから、冷えピタをとりだし、そのくりっとしたかわいらしいおでこに、ぞんざいにはりつけた。

そして、真ん中を殴るとその中で何かが割れ、アイスノンと変化する、ペンギンのかたちをした保冷材。

体育祭本番で使おうと思っていたのに。
若干惜しい気持ちもあれど、そばにいるこの男の子をなんとかしてあげたい思い。
下心もあるそれが、あすかに自然とそんな行動を起こさせた。

「鼻血って、寝ない方がいいんだってね。いすにすわって下向いたほうがいいんだって」
「マジぃ?てか俺、いつも、寝ねーし、下もむかねーけど」
「いつも鼻血でるの?」
「まーねー」

棄てられていた氷嚢を手近ないすのうえに置いたあと、あすかは真里に、ペンギンのかたちのアイスノンをわたした。

「何これ!こんなのあんの?」
「かわいいでしょ、鼻冷やせるよ」
「超かわいい!」

喜色満面で、歓声をあげる真里。あすかが不良をニガテに思う理由は、不良特有のひねくれが原因のひとつであるが、こうして、かわいいものを素直にかわいいという真里。この、根っこの素直さは、この少年のチャームポイントであり、愛されるゆえんだ。そこは偏見なく、あすかは認めているのだ。

「額にも、貼っておいてあげるよ」
「あすかちゃん、ありがとねーー」
「いいよ」

それにしても。みるみるうちに設営されていく、体育祭の下準備。そのなかで活躍しているひとりが、真里といつも行動をともにしている、同じクラスの真嶋秋生だ。同じクラスであるが、言葉はほとんどかわしたことがない。そもそも、女子と会話をかわしているようすを、見たことがない。半村晶という美少女。彼女とだけしゃべっている。

「真嶋くん、仕事ができる男だね」
すっごい勢いで仕事しまつしてる・・・・・・。

真嶋へのほめことばを、真里はにっこりとほほ笑み、ありがたくうけとったようだ。

真嶋秋生の指示で、各グループが総力を決して作った絵看板をつるすための鉄骨が、みるみるうちに設営されていく。へたな新人教師、どなるだけの生徒指導教師、脳みそ筋肉の体育教師よりよっぽど指示力も統率力もある。

「あ、こういうところも撮らなきゃ」

ファインダーをのぞき、レンズごしに、風景をとらえ、シャッターを切る。
どんな風景が現像されるか。
レンズをとおして、砂埃舞う、ややガラのよくない中学校の、騒がしくて、そしてどこか切ない風景が切り取られてゆく。

「カメラ!いーなー、貸してよ」
「ダメだよ、私のじゃないの。学校の機材だし、壊れたら怒られる」
「ちぇっ」

少し体を起こすと、まだまだふらついている真里が、こどもっぽく拗ねた顔で、ぺたりとねそべった。
そういえば、あすかの、学校指定のナップサックのなかに、凍らせてタオルでまいて持ってきたスポーツドリンクがあったはずだ。

カメラをあいているイスに置き、ナップサックのなかをさぐる。真里は、あすかがあたえたペンギンの保冷剤を鼻にあてたまま、うとうとと眼をとじている。

ナイロン袋のなかに水滴をいっぱいにためて、スポーツドリンクのつめたさはちょうどいい案配だ。

「鮎川くん、これ飲む?頭ふらふらしてるでしょ」

歓声をあげてそれをうけとる真里が、遠慮なくキャップをひねり、ねころんだまま勢い欲飲み干してゆく。

それはそれはかわいい笑顔で。
ねそべったまま飲み物をあおれば、あたりまえのように、そのかわいい口角から、液体がとろとろこぼれてゆく。そんなもの意にも介さずに、真里は、あかるいメゾソプラノであすかに礼をのべながら、きもちよさそうにぐびぐびとスポーツドリンクをあおっている。

あすかは、運動は嫌いでも好きでもない。しかし、運動部で活躍できるほどの運動神経はない。水泳は習っていたし柔軟性や持久力も人並み以上にあるから、体育の成績で4はとれる程度の運動能力はある。生来の要領のよさで、新聞部、なおかつ写真係という絶好の役職を手にしたおかげで、あすかは、競技に出場することもなく、テントの下で、カメラをかまえていられる。

「あーおいしかった!ありがとあすかちゃん!」
「いいよ、べつに」

それにしてもよ、なんでわたしのことを名前で呼んでんだよ。

あすかは内心そう毒づいた。照れくささからくる感情であることは、じゅうぶん自覚している。
名字はともにあ行。新学期の席順。体育のフォークダンスのペア。遠足のバスの席。理科と家庭科の班。グループ決めのとき泣いてしまった女の子がいたから強制的に出席番号でのふりわけとなった修学旅行のグループ。この美少年とは、何かとそばにいることが多かった。
不良はニガテだ。ニガテなはずだ。
でも、真里の素直さは、あすかに、いつも、どことない安心感を与えた。
真里と隣り合わせになること、強制的であれおなじ時間を過ごすことを、友達からうらやましがられることは、多々あった。
気まぐれな彼はすぐに、そうしたグループからあっさりときはなたれて、今グラウンドのなかで活躍しているあのリーゼントのおとなびた男子や、鉄骨の下で涼んでいる、あの超美少女のそばにいってしまうけれど。

結局当日までわりこんだ準備作業は、不良少年たちの活躍により、午前中でありながら強さをましている日差しのもと、無事に終わった。父兄が入場しはじめて、グラウンドのなかには隊列がくまれつつある。

取材班のあすかは、このすずしテントから出る必要はない。
のみものをのみほしたあと、うとうとと眠りこけている真里も、いまだここにいる。
テントの下には、ねんざした生徒や体調を崩した生徒が数人ほど集っているが、真里をこわがってか、皆、すみのほうにちんまりと体育座りですわりこんでいる。

顔見知りの保健の先生が、ひとりひとりの様子をみてまわる。
ぐったりとねころがった真里。単に眠いだけではないかと思うのだが、保健の先生は、その様を心配そうにのぞきこみ、参加はむりねと一言つぶやき、立ち去った。

「あーーーー」

うめき声をあげて、真里が寝返りをうつ。

「真里くん、そろそろ始まる」

聞きなれた行進曲。あすかはカメラをかまえ、淡々とシャッターをきりつづけていく。体育祭の様子を、レンズにおさめてゆく。学生たちの、どこかわくわくとした表情。さんざん練習させられた校歌、今日はみなきちんと歌えるだろうか。ださい校内体操にも、こうして仕事をしていれば、参加しなくてすむ。

「まだ気持ち悪い?」
「血はとまってっけどね・・・・・・」

あすかがあげたペンギンの保冷剤は、まだ真里のかたちのいい鼻のうえにある。さぞなまぬるくなっているだろう。

「昨日明け方まで暴走っててー、ちょーどいーやってそのまま来ちまったら、フラフラしてさー」
「はしる?へー・・・・・・」

体育祭の自主練でもしていたのだろうか。あすかは首をかしげる。
あすかのクラスの隊列は、この中央あたり。
真嶋秋生や、あの美少女は、どこにいるやらわからないが、さぞ心配しているだろう。

校長のかったるい話、だるそうにこなす体操もおわり、競技に突入すると、さっきまで大活躍していた真嶋や、体操服すらかわいく着こなす超美少女の半村晶がテントの下にやってきて、真里をかまいはじめた。
ふたりとも、少し年のはなれた兄姉みたいだ。真里がかわいくてしかたがないのだろう。

次から次へととりおこなわれていく競技のようすを、黙々とレンズできりとり、カメラのなかにおさめながら、あすかは、どこかうらやましくなる気持ちをおさえながら、仕事に没頭する。

こうして、一般生徒がテントの下にいると、すぐに生徒指導の教師がとんできて、元気なヤツは元にもどれ!!と怒鳴りちらしてゆく。
真嶋秋生も、超美少女・晶も負けてはいなかったが、結局、すごすごと定位置へ戻っていった。

「鮎川くん、お昼はどうするの?」
「ウチの親、今日体育祭ってことも知らないと思う」
「そうなんだ・・・・・・、うちも仕事忙しいからこないんだけどね。友達と一緒に食べる」
「おれも、晶んちが、弁当つくってきてくれんの!」

「山手のマンションの高いところ」が、この少年の自宅であること。それはあすかも知っている。学校を欠席した彼にプリントを届けたがる友達に付き添ったことがあるからだ。あすかの親は、ただ忙しいだけにすぎないけれど、この子の家は、またこの子なりの事情があるのだろう。真嶋秋生やあの美少女は、そんな事情もすべて共有したうえで、真里とつきあっているのだろう。

これ以上踏み込めないまま、このテントの下にいる資格を得ているあすかは、職務を全うするため、ひたすらファインダーをのぞきつづけた。レンズが砂埃にまみれている。

目の前を、あの美少女がかけぬけてゆく。後輩からも同級生からも、異性からも同性からも人気のあの子は、運動神経も抜群だ。体育でも、ダンス、球技、水泳、徒競走、何をやらせてもすごいのだ。スタイル抜群の彼女。走るフォームも美しい。後方をずいぶん引きはなし、だんとつでゴール。イェーイ!晶!と歓声をあげた真里を、保健医が静かにしなさいといさめた。

そして、真嶋秋生。わりとがっしりとした体格は、他の生徒と格が違う。グラウンドをとびかうのは、二年生や一年生のヤンキー男子どもの、野太い大歓声。そのしっかりとした体格は、歓声を一身にあび、トラックを俊敏に走り抜け、華麗にハードルをとびこえ、彼もまた他の追随をゆるさず、単独トップでゴールをきめた。寝ころがったまま、アッちゃーん!と叫ぶ真里に、もはや保健医も閉口している。

晶を美しく撮影できた自信はないけれど、真嶋秋生はかっこよくとれただろう。レンズできりとられたかたすみに、色とりどりの髪の色の後輩ヤンキーたちも入れてみたのは、港洛中新聞部なりのお遊びだ。

そろそろ、午前中最後の種目にさしかかる。クラス対抗の男女混合リレーだ。徒競走やほかの種目は、真里には補欠が出たようだけど、そういえば、この種目はどうするのだろうか。

「鮎川くん、どーする・・・・・・の、」

そばで横になっていたはずの真里が、いつのまにか立ち上がっている。軽い準備運動をとりながら、そのまなざしは真剣そのものだ。

「えっ!!これで、出ちゃうの?」
「出るよ」
「みててよ、あすかちゃん」

悔しいほど、真里のその引き締まった表情は、かっこいい。

「あすかちゃん、これ、ありがと!家にかざっとく!」
「捨ててよ!」

保健医のとめる声も意に介さず、真里は、クラスの連中が座り込んでいる場所に、はねるように走りながら帰ってゆく。


だからなんで名前なんだよ。

わたしをそう呼ぶのなら、わたしも、きみのことを、マー坊って呼びたかったのに。


仲間たちに歓迎され、待機場所にしゃがみこみ、うきうきと競技開始を待つ真里のすがたをねらって、あすかは何度もシャッターを切る。

日頃嫌いあっているものも、日頃いがみあっているものも、教師を嫌う不良も、不良を苦々しく扱う教師も、たぐいまれな身体能力と速さ、それらが結集した奇跡の瞬間のまえでは、みんな平等だ。

男女混合リレーは、あの三人による黄金リレー。スムーズに受け渡されてゆくバトンに、一般生徒も不良たちも、大寒性をあげている。

「鮎川くん!」

気づけば、ファインダーをのぞくこともわすれていた。自分の持つこのカメラのレンズは、真里の、もっとも輝いた瞬間をのこすことはできなかった。
その輝きは、この学校の生徒と、今日、この日差しに襲われることのない快適な空間で、わずかにすごしたあすかとの時間。そこにのこっているだけ。

この体育祭でもっとも盛り上がったであろう時間をレンズのおくに残すことができなかったことは、行事参加を免除された新聞部員の仕事としては、けして及第点ではないだろう。

真里が放り捨てて去っていったタオルやペットボトル。
すっかり回復した彼は、今日、もう二度とここに戻ってくることはないだろう。

あの子たちのもとへいくのだろう。そして、本当にこころゆるせる場所で、自分ではみることのできない笑顔で、美味しそうにごはんをたべるのだろう。
いつもだれかがそばにいる真里。今日の早朝から真昼まで。あすかと真里、ふたりだけで過ごした時間を、真里はずっと、いや、しばらくのあいだでいいから、覚えていてくれるだろうか。
これが終わると、あすかのそばから真里はいなくなる。信じられる人、愛してくれる人たちと一緒に、気分のままに学校に顔をだし、真里にとって、あすかは、ただの他人となる。

あのペンギンは、すてないでいてほしい。
そんなセンチメンタルなことをおもいながら、すずしいテントの下、あすかは、自分だけにあたえられたこの職務を、黙々とまっとうした。


わたし以外だれも扱えないカメラ。わたしだけが扱えるレンズ。真里はそんなこと知らないだろうけれど。



男女混合リレーでは優勝したものの、わずかな差で、あすかのクラスは一位を逃した。真里が通常通り予定種目に参加していればと悔やむ声が、わずかにあがったあと、二位の証の楯が教室にとどくと、そういった雑音もきえた。
あのペンギンは本当に捨てずにとっておいてくれるのだろうか。

現像された数々の写真のうち、撮影できていなかったと思っていたあの男女混合リレー。
その瞬間を切り取った写真が、一枚だけあった。
あすかはまよわず教室の壁に掲示した。

真嶋から鮎川にバトンがわたる瞬間の、ふたりの手をきりとったこの写真。
撮影者には、あすかのなまえ。
真里も真嶋も半村晶も、普通の生徒も不良少年不良少女たちも、きらきらとした瞳でそれを見ている。その瞳は、あの日のあの砂埃のもと、皆で共有した、同じ瞳だ。これをかざっておけば、いつでもみんながあの日にかえることができる。それはあすかがなによりもほしいものであったのかもしれない。

レンズごしの、この黄金の写真は、しばらくのあいだ、学年中の話題をさらったのであった。

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