からん、ころん。


薬売りさんとお揃いの音色が嬉しい。



「鼻緒は痛みませんかね」

「うん!大丈夫、それにもし痛くなったら薬売りさんに薬もらうし」

「そりゃあまあ薬はありますが…、痛まないに越したこともないですから」

「ふふ、それもそうですね」

「はい」


手を繋いで歩き、薬売りさんが私の目を見て。


ゆるやかに密やかな笑みをくれる。


ほんと夢みたいに幸せな夢。


夢だから、きっと私の理想が形になってくれてるんだ。


だからさっきも思いきって手を繋いで欲しいって言ってみた。


それで今こうしてもらえてるから、言ってみて本当に良かった。


けど夢なんだから、あんなに照れくさく感じる必要もなかったかも。


でも薬売りさん相手だと、夢だろうと必要以上にドキドキしちゃって。


今も、ものすごくドキドキしてる。


これ寝起き、絶対変な脱力感があると思う。


…あ、でもやめよう。


まだ起きたくない。


起きた時のことを考えるのは、まだいい。



「…ですが、このような時刻、」

「うん?」

「開いている宿があれば、良いのだが…」

「あ…」


今、私の為に動いてくれている薬売りさん。


それにもし今から泊まれる所が見付かっても、私普通に一文無しだ。


そういった面でも薬売りさんに甘えてしまうことになる。


例え夢だとしても、大好きな薬売りさんに迷惑を掛けるのは、なんだかいやで。


「ごめんね、薬売りさん、私の為に、」

「いや、構いませんぜ」

「でも薬売りさん一人だったらこんなことしなくて済んだでしょ、それに私お金も持ってないし…面倒掛けてごめんなさい」

「面倒…、ふ、あなたが気にすることはない、そもそもヒロインさんを連れてきたのは、俺だ」


だけど私の心配がとってもちっぽけに思えるほどに。


ほんとうに優しい、薬売りさん。


これが、私の理想の薬売りさん。


…なのかな?


私の理想を越える勢いで優しい気もするんだけど。


飄々とした薬売りさんに突き放されるパターンだって、余裕で想像できるのに。



「それに俺が、あなたに少々、興味が…ありましてね」

「え!」

「なので、気にする必要は、ありませんぜ」


しかも、こんな。


ドキドキに拍車が掛かっていく。


こんな素敵なセリフをくれるなんて、無意識に私の妄想力逞しすぎる。


どこまでも都合よく回ってくれている。


だったらもうとことん甘えちゃっても大丈夫な気もしてきて。


「…薬売りさんが素敵すぎるせいで私がきゅん死したら、お薬で救ってくださいね」

「骸に飲ませる薬などありませんがね」

「あはは、そこは冷静な返しなんだ」

「ほら、ヒロインさん、そんなことよりも」

「うん?」


私のくだらない質問をあしらうように、でも顔付きは穏やかに見える薬売りさん。


多分様々な商店が連なっている通りらしいここで、少し先に見える建物を指さした。


夜だしほとんどのお店が閉まってはいるけれど、独特の色使いも手伝い、闇とは違う明るさがある。


きっとここは、昼間は賑わう繁華街なんだろう。


「灯りの点いている宿がありましたよ」

「あ、ほんとだー」

「帳場が閉まっていなければいいのだが」


そしてそんな中、運良く一軒だけ開いている宿屋さんがあったみたいで。


薬売りさんは私の手を引いたまま、中の人に「ごめん、」と声を掛けながら、のれんをくぐった。



「おう、宿泊か?ちょうど帳場も閉めようと思ってたとこなんだが…、ってアンタ薬売りかい、こんな時間に商いだったらやめてくれよ」

「そんなわけあるまい、宿を一晩、お願いしたく、」


!!


耳に馴染んだセリフ……!


座敷童子で言ってたのと同じ。


いつも見ていた画面の中の薬売りさんではなく、隣にいる薬売りさんから聞けたことに一人こっそり感激していた。


そういえばここの雰囲気も、座敷童子に出てきたお宿とちょっと似てる。


決して色の数が大量なわけでもないけど、組み合わせによって派手で鮮やかな彩り。


天井が高く室内なのに竹が伸び、張られる水には蓮が浮かび。


「…このお嬢さんも一緒なのかい」

「ああ、同室で、…構いませんよね、ヒロインさん、…ヒロインさん?」


薬売りさんも素敵だし、ここも素敵だし、見回しつつうっとりと見とれていた。


すると薬売りさんが私に呼びかける声と。


受付をしてくれている番頭さん?のまっすぐな視線が私に刺さっていることに気付いた。


「チッ、たかが薬売りの分際で女連れとは大層なご身分だな」

「…おや、男の嫉妬はみっともないですぜ」

「な…!?」


そうしてなぜか番頭さんは薬売りさんに対して嫌味っぽいことを言いつつも。


私と目が合うと、少し頬を紅くした気がした。


見た目は爽やかそうな青年。


しかもよく見るとこのひと今日私にプロポーズしてくれた男性に似てる…。


そのせいでリンクして。


脳内で鮮明に蘇った現実。


似た人が夢にまで出てくるなんて、潜在意識に深く存在してる証なんだろう。


その瞬間、私の心には靄が掛かったのを感じた。



「…まぁいい…、じゃあ部屋に案内する前に表も閉めてきちまうから、ちょいとそこに座って待ってておくれ」

「ああ、……ヒロインさん、疲れちまいやしたか」

「あ、ううん、大丈夫、薬売りさんとここのお宿に見とれてたの」

「なら、いいのですが」


薬売りさんは今も私の手を離すことなく引いてくれて。


それから傍に置いてあった椅子に腰掛けた。


この椅子もまた…肘掛けや脚の彫りが美しくてディテールまで凝ってる。


椅子に座ったことで、繋いでいた手は離れていってしまったけれど。


この距離で薬売りさんの秀麗な横顔を眺めていられることも幸せ。


だけどなんかまた番頭さんの視線を感じて。


並んで座る私と薬売りさんを睨んでるような…。


あのひとは、彼じゃないけど。


プロポーズされたのに逃避して、こんなふうに薬売りさんに想いを寄せている私の心が睨まれているような心地にもなった。


「ねー…薬売りさん、あのひとちょっとこわい、それに商売人があの態度は…、」

「他に開いている宿もなかったですし…、故に強気なのでしょう」

「それでも薬売りさん、お客さんなのに…、お客様、むしろ私にとったら薬売り様なのに」

「ふ、どっちにしろあの態度じゃ、この宿はすぐに潰れちまう、あいつの代で終わっちまうね」

「ああ?」


すると戸締まりの済んだらしい番頭さんが戻ってきて。


今の私と薬売りさんの会話も聞いてたらしく、やっぱり怖い顔。


でもむしろ薬売りさんは聞こえるように言ってたような…。


「おっと…聞こえちまってたか」

「薬売りさん…、ふふ、わざとらしー」

「っ…、ここが潰れるとか勝手に言ってんじゃねーよ、ただ俺はお前が気にいらねェだけだ」

「ほぉ…私が?まぁ…私もあんたに気に入られたい等とは微塵も思っちゃいねェから、どうでもいい…ですがね、」

「ふ…」


相手の神経を逆撫でするようなことばっか言う薬売りさん。


おかしくて思わずちょっと笑ってしまう。


番頭さんは案の定頭に血が上ってる様子。


だけど、私が笑えばまた少し赤くなって。


咳払いをし、自らを落ち着かせ空気を切り替えようとしているみたいだった。


「あー…、あんた達は夫婦なのかい」

「え!」

「いや…夫婦では、ない」

「そうなのか!」

「んー…、行きずりの関係?です?」

「行きずり…!!」


…なんだか、この番頭さん、百面相。


夫婦じゃないって聞いたときは一瞬瞳が輝いたように見えた。


でも私がふざけて行きずりって言えば、かなりの衝撃を受けてるみたいで。


そしてそんな番頭さんをただ見る薬売りさんの視線はこの上ない程の冷めていた。


「こちらの境遇など、あんたには関係なかろう…、部屋はどちらだ」

「え…あ、ああ、部屋、そうだな、部屋…あ、では先に温泉でも浸かってきてらどうだ、旅の疲れも癒されるだろう」

「へー温泉があるんですか」

「ああ!この宿の売りなんだ!その間に部屋へ布団の方も敷いておくから」


温泉の話題になると番頭さんはイキイキとして。


そして、うん?でも、なぜか。


「へ?」

「しかし男湯は北側、女湯は南側!お嬢さんは俺が案内致しましょう!」

「え、ちょっと待って…」


番頭さんは私の手首をガシッと掴んだ。


薬売りさんの眉間に軽く皺が寄った。


「貴様は一人で参れるな、ここの廊下の突き当たりにある、それから部屋は翁の間だから湯浴みが済んだら向かうといい」


そうして番頭さんは。


薬売りさんも私も温泉へ行くとはまだ言っていないのに。


握っている私の手を少し強く引っ張り、女湯へと向かい始めた模様。


抗えない力に、歩きながらも振り向いて薬売りさんを見れば、薬売りさんは笑うこともなく怒ることもなく。


じっと私を見てる。


何を考えてるのかわからない。


ただただ薬売りさんが遠ざかる。


限られた夢の時間。


ずっと一緒にいたいのに。


もう、私の夢のばか。


こんな流れは望んでいない。


なんで温泉……。


もしかしてうとうとしながら、シャワーしなきゃとか思ってたから?


そんなとこまで反映されなくていいのに。




予想外の展開、遠慮願いたい。





廊下に飾られている鹿威しが、かぽん、と鳴った。




「あの…一人で歩けますから…」

「…」

「?、あの、えっと…」


意気揚々と私を連れ出した番頭さん。


離してほしくて声を掛ければ、首を回し私のことは見た。


なのに、返事はしてくれないし、目が合えば焦ったように逸らして前だけを見てる。


なにこの強引な上に無口な感じ。


江戸っ子男子って、こうなのだろうか…。



「ここが女湯だ」

「あ…ありがとうございました」

「いや、…着替えは貸し出し用の浴衣が中に置いてあるから好きなものを着なさい」


それでも一応連れて来てもらったし、お礼を言えば。


番頭さんは満足げな面持ちで、鼻の下を擦った。


やっぱり頬が若干火照り気味。


なんでそんな表情を。


思い当たる節は一つだけ、なきにしもあらずだけれど…。


それなら薬売りさんへのあの態度も合点がいく。


でも、まさか、まさか。


いくらこのひとがあの彼に似てるからって自惚れるのはやめよう。



「じゃあ温泉、入らせてもらいますね」

「ああ!ゆっくり浸かるといい」


もっとずっと薬売りさんと居たいけど、ここまで来てしまったし仕方がないから入浴をすることにした。


やっと解放された手首。


…やっぱりすごいリアルに感触が残ってる。


それにこの夢は途切れたりしてシーンが飛ぶこともなかった。


辻褄が合わなくなることもないし。


こんなにちゃんと物語になってる夢を見るのは初めての経験。


いつから私にこんな力が。


これも全部、薬売りさんを想い続けた賜物なのだろうか。



引き戸を開ければ、ここも若々しい色の竹に囲まれていた。


他には花や、燕や龍等の動物も、日本画のように描かれていて。


アクセントになる色で装飾されている。


見上げれば瞬く星と、あと数日で満月を迎えるであろう丸みを帯びた月。


「ふふ、すてきだなぁ」


時間が時間だからか、他にお客さんもいなくて。


髪やからだを洗うことも済ませ、せっかくだから世界観も堪能しながら湯船に浸かる。


あ、そうだ、私これでもうすっぴんだ。


彼氏いないけど、お肌のお手入れはがんばっててよかった。


でもメイクしてないただの素顔を、いきなり薬売りさんに晒すかと思うとちょっと抵抗が…。


だけど、うん、夢の中、理想の薬売りさんってことだもんね。


きっと照れる私のことだって、優しく受け止めてくれる。


むしろそういうのほとんど気にしなさそうでもある。


それにどう足掻いても薬売りさんの方が美しいのが事実だし。


ほんとに綺麗だった…薬売りさん。


さっきまで間近で眺めることのできていた薬売りさんを脳内で反芻した。


するともう顔が見たくてどうしようもなくなって。


あの声で名前も呼ばれたい。



だめ、逢いたい。



結局一人になっても薬売りさんへの想いばかり。


すっぴんの抵抗よりも、薬売りさんの傍に行きたい気持ちの方があっという間に勝ってしまい。


堪能しようと決めた温泉だけど、のんびりすることもできずに、湯船から出た。


数種類並べられている浴衣の中から気に入ったものを着てこの場を後にする。


その時。


「えっと…おきなの間…って言ってたっけ、」

「お嬢さん!!!」

「へ!?」


急に声を掛けられ驚きから肩が竦む。


だって、いるなんて思わなかった。


待っていてくれたのであろう番頭さんが、すぐさま声を掛けてきて。


「お部屋に案内しましょう」

「…や、でも、」


再びがっしりと掴まれる手首。


掴まれるっていうか…捕まれてるよね、私。


そして有無を言わさずに、私を引っ張り今度は部屋へと突き進んでいく番頭さん。


「湯加減はどうでした?」

「あ…はい、気持ちよかったです、内装も素敵で、」

「だろう?うちの自慢なんだ」


階段を上った。


階も移動するならば、確かに一人だったら部屋の場所は分からなかったかも知れないけど…。


薬売りさんはちゃんとお部屋の場所分かるのだろうか。


そんな心配が芽生えた時だった。


廊下の向こう側から、鮮やかな風景にも呑み込まれることのない存在感を放つ姿が―――。


「薬売りさん!」

「ヒロインさん、」

「薬売りさーん…!」


やっぱり素敵。


今の薬売りさんは頭巾をしていなくて、いつもの着物でもなくさっぱりと浴衣を着こなしている。


あの格好も、かっこいいし色っぽい。


今すぐに駆け寄って、今度こそ離れたくない。



なのに手首が。


多分無意識に、薬売りさんに困惑した視線を送ってしまった。


そうしたら薬売りさんは呆れたように溜め息を吐いて。


「…あんた、ヒロインを離してやれ」

「!!」

「貴様には関係ないだろう」


私の困惑を受け取ってくれた薬売りさんだけど。


何よりも、今。


薬売りさんが、私を呼び捨てにしてくれた。


しかも私に対してではなく、番頭さんに、今のタイミングで、ってところに、またつぼを突かれて。


胸のときめきが鳴り止まない。



「ヒロインの迷惑そうな顔が見えぬか…」

「ッ…!うるさい、貴様に口を出す権利はないだろう!少し黙っていろ、…なぁ、ヒロインさん!!!」

「えっ…はい!?」


また驚かされる。


せっかく、薬売りさんによってもたらされるきゅんを噛み締めていたというのに。


番頭さんに大きな声で呼ばれて。


しかも今度は手首ではなく、番頭さんの両手で私の両手を包むように握られて。


いきなりの出来事の迫力に肩が小さく跳ねた。


そして向き合って、至極真剣な番頭さんに見つめられる。


「ヒロインさん…!思いきって言わせてもらおう!」

「は、はい…?」


かしこまって何を言われるのかと思えば…。



「嫁に来てくれねェか!?」


よめに…、ヨメニ…、ヨメに…?


嫁に!?



「え!?なんで!?」



これも私は望んでいない。


予想外の展開、本気で遠慮願いたい。




03

<< 4 >>



topcontents
×