「七夕だからといって願いを掛けるなんて、くだらんことのように思えますがねぇ…」


とか言いつつ、休憩がてらに寄った茶屋で。


店主のおじさんと話している間に、ふ、といなくなったと思ったら。


大きくはないけれど、綺麗な笹を二本。


片手で持って戻ってきた薬売りさん。



「薬売りさん!どうしたの?それ」

「いえね…、ヒロインさんは飾りたいのでしょう?」


確かにさっき、おじさんと七夕の話題で盛り上がってて。


ここでも店先に笹を置いて短冊を飾れるようにしたら、子供とか若い女の子は特に喜びますよーなんて言ってた。


そうしたら薬売りさんは冒頭のセリフを口にしたのに。



「…私が喜ぶと思って、取ってきてくれたの?」

「これから向かう宿で飾ったらいいですよ」

「薬売りさーん…!!ほんとだいすき!!」

「はいはい、存じております、…それから店主、もう一本はこちらに飾るといい」

「お、店にもくれるのかい?あんた見かけによらずいい人なんだな」

「いえ、でしたら見かけ通りかと…、誰がただで差し上げると?」

「ははは!しっかり金は取るのか、じゃあこのお嬢ちゃんの抹茶と引き換えでどうだ?」

「承知」


薬売りさんはちゃっかり商売もどきなこともして。


笹を片手に今晩過ごす宿屋さんに入った。


部屋にはちょうどいい大きさの壺が飾られていて。


薬売りさんはその壺を縁側に出し、笹を差し飾ってくれた。


「わーい!ありがとう、薬売りさん」

「何か飾りも付けるのでしょう?」

「うん、願い事書きたいよー」

「ではこれに書いたら良いですよ」


今度は薬売りさんは、薬売り箱の中を漁り始め。


色とりどりな折り紙と、筆を用意してくれた。


相変わらず何でも出てくるなーなんて思いながら。


もう一度薬売りさんの目を見て、お礼を言えば。


薬売りさんは優しい顔をしてくれた。



もしここでモノノ怪が現れたのなら、薬売りさんが上で仁王立ちするには具合の良さそうな座卓に向かい。


筆を手にし、願い事を書いていく。


薬売りさんが怪我をしませんように、とか。


薬売りさんと毎日幸せに過ごせますように、とか。


薬売りさんとずっと一緒にいられますように、とか。


願いは、薬売りさんのことばかりなんだけど。


「――…ふ、」

「うん?なあに、薬売りさん」


薬売りさんは傍であぐらをかき、私の書いたものを眺めていたみたいで。


柔らかくうっすらとした笑い声が聞こえたから、顔を上げれば。


目が合った薬売りさんは小さく口角を吊り上げた。


「願う必要などないものばかりではないか」

「でも、私の大切な願い事なんだよ」

「まぁ…ヒロインさんが楽しめているのなら、それで良いのですが…」

「薬売りさんは本当に書かないの?」

「あなたが離れていく、ともなれば、こんな紙切れにも頼りたくなっちまうかも知れませんが…ね、」


言いながら薬売りさんは目を細め、手を伸ばし私の髪に触れ、毛先を軽く弄んだ。


「させませんよ、だから必要ないでしょう」

「…うん、そうだね、しないよ、何処にも行かない」

「はい、それも、存じておりますので」


もう…、いちいちときめいちゃって大変。


本当に大切な願いを書いていたけれど。


そんなふうに言われてしまえば、願うことに意味なんてない気がしてくる。


そもそもこの短冊に願いを掛けたからといって、純粋に叶うと信じられる少女のような年齢は、疾うに過ぎているし。


目の前にいるこのひとさえ信じていれば、それでいいんだ。



だけど、イベントを薬売りさんと一緒に楽しみたいっていうこの気持ち。


それとこれとはまた別で。


「でもね、薬売りさんと一緒に七夕を楽しみたいっていう気持ちもあるの、だから一枚くらい書けばいいのにーって、」

「おや、楽しんではいますよ」

「ほんとう?」

「はい、ですが…でしたら飾り付けは一緒に致しましょうか」

「うん!したいしたい」


そうしてやっぱり薬売りさんは、私の気持ちもちゃんと汲んでくれた。


ますます願う必要性は薄れていく。


余った折り紙を切り飾りも作り、二人で笹に飾り付けた。


「…ふふ、」

「ヒロインさん?どうしたんで?」

「薬売りさんが短冊を持ってるとお札みたいに見えちゃうね」

「ふ、仮にもあなたの大切な願いを札と同等に扱うとは……、ほら、ヒロインさん、これで完成ですよ」


薬売りさんが最後の一枚を笹に結んでくれて。


「嬉しい!ありがとう、薬売りさん」

「良かったですね」


風流な雰囲気。


見ているだけでも、また幸せになれる。


それからせっかくだから夜も、縁側で笹の傍ら、薬売りさんに晩酌をして。


さらりとした夜風が頬を撫でて行く中、満天の星空も眺める。


「――今日も素敵な一日でした」

「なんです、改まって」

「うん、だって幸せなんだもん」


笹の葉と短冊、薬売りさんの髪が、風の流れで微かに揺れた。


薬売りさんの表情はひどく満足げ。


私はこの眺めを、きっとずっと忘れないと思う。


こんなふうに一緒に思い出を作れたこと。


余すことなく満たされた心のまま、今夜は眠りに就くこともできた。



翌朝目を覚ましても、窓の外に笹が見えて和やかな気持ちになる。


「おはようございます、ヒロインさん」

「あ、おはよー、薬売りさん」


いつも私よりも早く起きている薬売りさん。


寝起きの私が笹を視界に入れたことにも気付いて。


「川へ流すのですよね」

「あ、そっか、そうだよね」


話題は七夕の飾りのこと。


だから上体を起こしつつも、今も自然と笹から目が離せずにいた。


「…うん?あれ?増えてる?」


そうしたら書いた覚えのない短冊が、一枚増えていることに気付いて。


しかも裏を向いていてここからでは何が書いてあるか分からない。


「……増えて、いますね」

「えー?ふふふ、薬売りさんが書いたんじゃなくて?」

「いえいえ、俺では…ありませんぜ」


私じゃなければ、薬売りさんしかいないのに。


顔を見つめてみても薬売りさんは飄々とした表情を崩すことなく、短冊のことは否定をしたから。


頭上にはハテナが浮かんでしまったけど。


自分の目で確認するのが一番早いし、縁側へ出てその短冊を手にした。


するとそれには、癖のある整った字で。



薬売りがヒロインに逃げられんように。

ハイパァ


と、書いてあり。



「あはは、ハイパァ!」

「あやつめ…深夜姿を現したと思ったら…」


私がモノノ怪を斬る時の薬売りさんをハイパーさんと呼ぶのを聞いてから。


薬売りさんもそういう認識を持ってくれてはいたみたいなんだけど。


こんなふうに文字にされると思わず笑ってしまう。


「本当に?ハイパーさんが??」

「はい、俺には必要ないと言ったでしょう?」

「ふ、くすくす、そうだよね」


本当にハイパーさんが書いたのかな?


それとも薬売りさんかな?


どっちでも構わないけど。


だってきっと結局は、“一枚くらい書けばいいのに”って言ったことも、ちゃんと拾ってくれた。


うれしい。



「ふふ、ハイパーさんは心配性なのかな」

「…乙女心を理解してやれなどと、うるさいのですよ、あいつは…」

「あは、そうなんだ」

「誰よりもヒロインを理解しているのは俺だというのに…全く以ていらぬ世話だ」



お互いを想ってさえいれば、容易に叶い続ける願い。


だけど願うことで、愛はまた、深まった気がする。




愛を叶える

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