奉公先の主人に文を託され、相手方に届ける為の旅の道中。


前方に見知った面があるような。


「ほら、ヒロインさん」

「うん?なあに、薬売りさん」


薬売り。


やはりあいつはあの化猫騒動の時の薬売りだ。


だがあの時は一人であったが、今は何故か女を連れていて。


女は呼ばれると、優しく微笑み薬売りを見た。


そんな女を薬売りも満足げに眺め。


仲睦まじく歩いているように見えなくもない。


しかし薬売りとは女を連れて歩くような男であったであろうか。


そのような心象はなかった故に、若干呆けてその場で二人の姿を眺めてしまった。



薬売りは道端に生えている猫じゃらしを一本摘み。


隣を歩く女の顔の前で軽く揺らした。


「え?ふふ、猫じゃらし?」

「ヒロインさん、お好きかと…思いまして」

「…薬売りさんにじゃらされるのが?」

「はい」

「あは、好きー、だいすき」

「でしょう」


…。


………。


よく分からぬやり取りがなされている。


その上女はこれでもかと幸福そうな笑みで、先程よりも更に薬売りに寄り添った。


雑草でからかわれることの、何がそんなに喜ばしいというのだ…。



あのようなやり取りは理解できぬが故に、関わるとなにやら面倒そうな予感もするが。


気付かぬ振りをするわけにもいかんだろうな…人として…。


「…おや、」

「は…!」

「小田島様、ではないか」

「え!小田島さん!?」


若干悶々と悩み、歩みを止めていた。


すると先に薬売りの視界に入ってしまったらしく。


声を掛けられてしまえば、本格的に素通りするわけにもいくまい。


そして何故か女は私の名を聞き、目を輝かせたように見えた。


「あ…ああ、なんと奇遇な、お前はあの時の薬売りではないか、行商か?」

「まぁ…そんなところ、ですかね」

「わー、薬売りさん!本当に小田島さんなんだね!すごい」


私を知っているかのように見えなくもない女の態度。


「おい、薬売り、この娘さんは何者なんだ、私を知っているのか?」

「ヒロインさんは、俺の記憶の一部を持っているんですよ」

「小田島さん!ヒロインです、初めまして」

「ああ…拙者は小田島と申す」


ヒロインという名らしい女は、にこやかに口角を上げ、私を見つめ会釈をした。


つられて挨拶をし返してしまったが。


薬売りの返答も理解できるものではなく、結局ヒロインが何者なのか分からぬまま。


「まぁ良い…では二人は共に旅をしておるのか」

「ええ、ヒロインさんは俺がいないと生きていけませんから」

「そうなんです、私薬売りさんがいないとダメなんです」

「……そうか…」


そうしてヒロインは「ねー薬売りさん」と、また嬉しそうに薬売りを見た。


薬売りも誇らしげな表情をしている。


同じ場に居るというのに、二人を包む空気と、私が触れる空気が別たれている気がして。


なんとなくげんなりとしそうになる。


何はともあれ薬売りに想い人ができたということであろう…。



「小田島様は、どちらまで行かれるのですか」

「あと一里程先の城まで文を届けに参るのだが」


それでも懐かしむ気持ちがないわけでもなく。


少しばかりは言葉を交わしながら進んでいこうと思った。


薬売りらとて、きっと目的地があるのだろうし。


「ほぉ…そいつは丁度いい、ではお供しましょう」

「お供!?いらん、いらん!」

「まま、そう言わずに、お殿様に薬を買っていただけるよう小田島様から口利きをお願いしたい」

「む…」

「小田島さん、薬売りさんに頼りにされてるんですね」


またヒロインの瞳が輝きつつ私を見た。


頼られたら無下にすることもできんのが、性質であって。


意に反して、今しばらく共に過ごすことになりそうだ。


「…私の用のついでてあるぞ」

「さすが小田島様、話が早い、何かと入り用、でして…ね」

「入り用…」


女と過ごすことで金でも掛かるのであろうか…。


確かにヒロインは煌びやかな振り袖を着ている。


髪に飾られているものも細工が細かく安物ではなさそうだ。


そしてヒロイン自身も、それを優に着こなす目見好い女であることに違いはないのであろう。


今ヒロインの背後で大きく咲く、芙蓉の花をも取り巻いてしまいそうな程に。


女特有の華やかさと柔らかさを持ち併せ。


入り用になる程に薬売りを惑わす女か…。


澄んだ顔して、なかなかやりおるのだな。


思わずじっと見ていた。


「小田島さん?私の顔に何か付いてますか?」

「いや…!なんでもない!」


すると不思議そうに小首を傾げたヒロインと目が合ってしまい。


「うん?でも嬉しいな、まだ小田島さんと一緒に居られるなんて」

「!?」


おまけにこのような台詞を言われ。


驚きからであろう、心臓は跳ねた。


きっとヒロインは薬売りのこともこのように惑わせ、貢がせているに違いない!


この女、魔性である…!


「あれー?ふふ、小田島さんが赤くなった」

「小田島様…、ヒロインさん相手に下心を抱いても無駄ですぜ」

「な…!?そそそのようなことは、断じてない!!」

「…何を本当に動揺しているのだ、ヒロイン相手にやましいことを考えようものなら小田島様であろうと容赦しませんよ」

「違うと言っているであろう!ただ美しい振り袖を着ておると思ってだな、」

「くすくす、なんだ、私じゃなくて着物か」

「おや、小田島様にもこの価値がお分かりになるか」

「薬売り…やはり私のことを馬鹿にしてるな」

「あはは、」


結局、二人の空気に引き込まれそうになりつつ。


会話が途切れることもなく目的の城に着いた。



そうしてこの城の殿様の居る間に通される。


薬売りとヒロイン、二人を引き連れ。


「おお!小田島か!聞いておるぞ、よくぞ参った」

「文を預かって参りました、お返事をいただいてくるよう仰せつかっております」

「ほほ、生真面目そうな男じゃの、何処かの誰かのように…、まーまず堅苦しい話は置いておいて、食事でも共にどうじゃ?」

「ですが殿、先方にも都合があるでしょうし…、それより小田島殿、そちらの二人は何者である」


殿様の隣には、常に傍で仕えておるのだろう男が一人。


陽気そうな殿は気に止める様子もなかったが、やはり家臣は気になったのであろう。


すぐに薬売りに目線を流した。


薬売りは正座をしたまま頭を垂らし、口を開いた。


「薬売りをしております、小田島様とは顔見知りでして…、無理を言い案内をしていただきました」

「一介の薬売りが殿に何の用である、そもそも薬は間に合っているぞ」

「目を通していてだくだけでも…」

「それにいくら小田島殿の顔見知りだからといえ、素性も知れぬ薬売りから買う薬など殿に飲ませる訳にもいくまい」

「ほほほ、よいよい、どれ、薬売り、見せてみろ」

「殿!!」


お気楽な殿様に、家臣は額に手を置き小さく溜め息を吐いた。


許しが出た薬売りは一歩前に出て殿様に近付き、早速薬箱の中を披露する。


ヒロインは私の隣で、ただ薬売りを見つめている。


それはそれは穏やかな表情で――。


まぁ…そんなことはどうでも良いのだが、私の預かった文は未だ受け取ってもらえずに。


殿様は文よりも薬売りに興味を示してしまった。


ということは、まだこの二人と時間を共にせねばならんのだな…。



「じゃが、薬売り」

「はい」

「わし、具合の悪い所はないんじゃよ」

「殿……、だったら最初から興味など持たねば良いでしょう」

「でしたら薬ではないものの方が良いですかな」

「薬以外も売っているのか?」

「売っております」


言いながら薬売りは下から二段目の引き出しを開け。


あれは…、忘れることもできぬ。


モノノ怪との距離を測ると言っていた、天秤を出して見せた。


ふわっと浮きすとんと降りる不可思議な動きのそれを見て、殿様は一層興味を示したようだ。


きっと薬売り(入り用)も、殿様の気を引く為に出したに違いない。


「ほう、物珍しい」

「ま、これは、ただの子供の玩具…なのですがね…、では次に、」

「おほ!これは…!」

「お殿様には特別に…上物、ですよ」


天秤を幾つか散蒔いた後、今度は…春本のしまわれている引き出しを見せたようで。


…殿様に何てものを売り付けようとしているのだ。


家臣も呆れ顔をしているが、もう口を挟むことは止め、暫し見守ることに徹しているらしい。


「小田島さん……、」

「どうかしたのであるか、ヒロインさん」


するとその時、ヒロインが小さな声で話し掛けてきて。


見れば、眉を下げ真面目に少し困ったような面で。


深刻な用件かも知れんから、私も真面目に聞き返した。


「あの、小田島さん…」

「どうした、困ったことがあるなら言ってみろ」

「うん、あのね、お仕事する薬売りさんの凛とした背中が素敵できゅん、抱き付きたい…!」

「……」



言葉を失うとはこのことである。


この手の話に何をどのように返せば良いのか分からぬが…。


「…そもそもあれが仕事と呼べるのか…」

「はい、働く薬売りさんも素敵です、でもあのお殿様優しそうだけど、本当にくっつきに行ったら失礼ですよね?」

「当たり前であろう…」

「ふふ、ですよね」


一応分別は弁え、我慢をするということはできるらしい。


が、今度は薬売りが。


今のヒロインの言葉が耳に届いていたようで。


「…ふ、ヒロインさん、ならばこちらにおいでなさい」

「いいんですか?」

「おいで、ヒロイン」


振り向きヒロインを手招いた。


我慢できぬは薬売りの方ということか?


さすればヒロインの表情は一瞬にして先程までとは違う鮮やかさを持ち。


いそいそと薬売りの隣に座り直し殿様に向かって頭を下げた。


「お殿様、ヒロインと申します」

「おおそうじゃ薬売り、この娘はなんなのだ?」

「この女は、売り物では…ございません、」

「ほほほ、そんなことは分かっておるよ」

「私の物でございますので」

「なるほど…お前さんの物とな」


あやつらめ…今度は殿様の前で不可解なやり取りをするつもりか。


「それはそうとお殿様、これなどいかがですか」


言いながら薬売りはヒロインの髪の飾りを見るように殿様に勧めた。


「同じ物がもう一つございます、奥方様に贈られたらお喜びになるかと」

「おおそいつは良い、ではヒロインと申したか、近う寄れ」

「あ、はい、失礼します」


ヒロインは更に殿様の近くに座った。


殿様はヒロインの髪飾りを間近で眺めている。


「うむ…良い品であるな」

「ふふ、薬売りさんが用意してくれるものはいつもかわいいんです」

「確かに髪の飾りだけでなく、その振り袖も相当上等な物であろう」


やはり…だから薬売りは入り用なのだ。


ヒロインとは、魔性なのだ。



「私はもっと簡素なものでもいいって言うんですけど…、でも薬売りさんはいつも色々かわいいの用意してくれるから、気持ちも嬉しくて、大切に着させてもらっています」

「では其方は、薬売りの玩具というところか」

「え?」

「着せ替えられ、遊ばれておるのじゃろ
う?」

「あは、そうかも」

「まぁ…間違いではないですね、ヒロインさんを着飾り、満足しているのは私ですから」

「可笑しな二人じゃ」


殿様は実に愉快そうに笑った。


だが、しかし…!


ヒロインが貢がせているものだとばかり思っていたが、今の口振りを聞いていると真逆である。


ヒロインが薬売りの好きなようにされているだけであると。


薬売りがヒロインを弄んでいるというのか。


やはり薬売りとは一筋縄ではいかぬ男だ。


玩具扱いをされ喜んでいるヒロインもどうかと思うが。


それでもあらぬ疑いを掛けて、すまん…ヒロインさん。


何にせよ私には解せぬ。


ちら、と家臣へと目をやれば、あの男もきっと私と同じことを感じておるのだろう。


難しい顔をしていた。


ああ…あの男とならば旨い酒が呑めそうだ。



「しかし、お殿様、」

「なんじゃ?」

「そろそろヒロインを返してはいただけませんかね」

「ほほ…!別にお主から奪おうなどと考えてはおらんよ」

「当然です、奪わせるつもりも毛頭ない、ですが…、私がヒロインを隣に置いておきたいので」

「薬売りさん…!!」


仮にも殿様に対し、薬売りの言動と来たら酷いもんだ。


しかしそんな薬売りに、ヒロインはあっという間にときめきが抑えきれぬ表情になり。


薬売りの隣へ戻り、ついに薬売りの片腕に両腕を回し抱き付き寄り添った。


人の良い殿様はまた笑っているが…。


「薬売りさん、私ちゃんと我慢してたのに…」

「おやおや、ヒロインさん…人が見ていますぜ」

「だって薬売りさんが、もっときゅんとするようなこと言うから」

「ふ、では、そうですね…我慢していたお利口なヒロインさんには後程……こしょこしょこしょ」

「…ふふ、薬売りさんったら、もー」


挙げ句の果てに薬売りはヒロインの耳許へ口を近付け、内緒の話を始め。


既に完全に二人の世界が作られているようだ。


「ッ…!!貴様らは一体なんなのだ!!」


目の前で戯られること。


いくら殿様が許そうと、とうとう我慢ならず口を出した。


「少しくらい良いではないか、…小田島様にはこの気持ちが分からぬか?」

「分かってたまるか!」

「なんと…分からぬか」

「くすくす、でも私も薬売りさんと逢うまでこんな気持ち知らなかったもん、だから小田島さんが分からなくても仕方ないよ」

「確かに…、その通りかも知れませんね」


多分ヒロインはわざとふざけている部分もあるのだろうが、慰めるような生暖かい視線を私に向けた。


だが薬売りは本気で、私を憐れんでいるような顔付きで。


「小田島様とて恋を知れる日が来るはずだ…、そう気を落とさずに」

「別に気を落としてなどおらんわ!!」


無性に腹立たしく。


何もかも解せぬ。




「ではお返事もいただけましたので、私はこれで…」

「しかし小田島様、今外へ出ると、危ない…ですよ」

「何!?」

「え!薬売りさん、このお城にもモノノ怪がいるの!?」

「でなければ、わざわざ来ませんよ」

「そうだったんだ…、小田島さん!帰れなくなっちゃったね」

「だが薬売り、今までそんな素振りは一度も見せなかったではないか!ホラを吹いても無駄だぞ!」

「ホラなんて吹く方が無駄である、俺は今日もヒロインさんを愛でていただけで……、それに今も天秤で距離は測っているではないか」

「必要があってやっていたのか!では入り用と言ったのは!?」

「ハ…ああ、それこそホラですよ」

「おのれ…!たった今!ホラを無駄だと申したのはどの口だ!」

「そんなことよりも…きっと殿は無害であろう、…が、あんた、一体何をしたんだい」

「何を…!?あの家臣の男が何かをしてモノノ怪が生まれたというのか!?」

「ああ、おそらくな」

「なんということだ…!!旨い酒が呑めそう等と考えた私は阿呆か!」

「どうした、小田島様、気でも触れたか」


自身の他人を見る目がこんなにも疑わしくなったことは未だかつて、ない。


まだまだ学ぶことは溢れる世のようである。




小田島の苦悩

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