知ってもらいたい。


もっと知りたい。



「だがヒロインさん…そのように夢ばかり見ていると、いつしか嫁の貰い手がなくなっちまいますぜ」

「あはは、そうかもね」

「ほぉ…それで、良いのですか」

「うん、いい…、いいの」


薬売りさんが部屋の灯りを落として。


月明かりだけが残る空間。


薬売りさんとの会話は、考えたりしなくても途切れることなく浮かんできた。


その上何を話しても楽しかった。


だから薬売りさんにだったら、私のことをもっともっと聞いて欲しくなって。


最初は、薬売りさんに男の人の話をするのは、なんとなく避けたいとも思ったのにね。


それに大好きな薬売りさんと同じ布団の中なんて、緊張し過ぎて落ち着かなくなるとも思ったのに。


今の私、妙に寛げていて、ただただ幸せで楽しい。


薬売りさんが纏う空気感のおかげなんだろうね。



でも多分、それは。


薬売りさんが、私に手を出す気が微塵もないことを感じられるからっていう理由もあるんだと思う。


でもそれでもいい。


抱かれたいとか、冗談でだったらいくらでも言えるけど。


薬売りさんだってそういうことを言ったとしても、本心なんて少しも含んでいないんだろうし。


本気で女として見てもらいたいなんて贅沢、言う気にもならないよ。


―――番頭さんに困惑してた私を助けてくれた。


今も隣でこうして話を聞いてもらえる。


薬売りさんと居られることは、それだけで本当に幸せ。



「あのね、薬売りさん」

「はい」

「私ね悩んでたの、結婚に憧れがないって言ったら嘘になるから、」

「ヒロインさんの生きる世界で、求婚をした男への、返答を…?」

「そう…、薬売りさんを想うみたいにはできなくても、付き合っていくうちに私もそういう気持ちになったり、幸せになれるのかな、って」


暗い中でも目が慣れる。


傍にある端整な顔に、心情を読み取らせることのない表情で見つめられて。


距離とか、好きとか、切ないのと甘いのが混ざって、胸の奥ではときめきが隠せない。


「…だけどやっぱり私が欲しいものは、全部薬売りさんしか持ってないみたい」

「買い被り過ぎ…ですよ、俺はあなたの思うような人間ではないかも知れぬではないか」

「ううん、理想だよ、昔から、今こうして一緒にいられる薬売りさんも、」


この感情。


これがないとやっぱり駄目だよ。


例え夢の中だとしても、薬売りさんと過ごして。


足りないのはこれだって、はっきりと自覚できた。


「それに、やっぱ全然違うんだもん、薬売りさんのことはもっといっぱい知りたいし、私のことも聞いてほしい、でも…」

「他の男だと、それが億劫だ…と?」

「ん…、ふふ、なんでだろうね、」

「そんなことを言っていると、本当に行き遅れる」


薬売りさんが軽く口角を上げる。


また一つ、ときめきが輝いた。



私本当にあなたが好きなの。


憧れて、焦がれて。



それでいい。




嗚呼、これが恋だ。





幸せを、知る。


「薬売りさん…、なんか…」

「ヒロインさん、もう眠りなさい」

「でも…」


だから眠るのは、とてつもなく怖かった。


だって次に目覚めた時はきっと当たり前のように現実でしょう?


もっとずっと薬売りさんといたいのに。


そもそも夢なら、眠らなくたって平気なはずなのに。


薬売りさんに話を聞いてもらって明確な答えが出たら、ほっとしたのかな。


なぜか普通に、だんだんと睡魔が襲ってきて。


「薬売りさん…、私眠りたくない」

「ふ、また…駄々を」


夢の中で、夢と夢が混沌とする。


「だって、夢から覚めたくないの」

「……大丈夫、きっと夢なんて、もう…必要ないでしょうから」


薬売りさんが優しい顔をしてくれた気がした。


その顔とセリフに、眠りたくない気持ちとは裏腹に、なんだかすごく安堵もできて。


自然と瞼は落ちてしまった。


すると涙が伝う感覚。


こんなことで泣くなんて、自分のことなのに正直驚きもしたけれど。


それほどまでに薬売りさんといることの居心地がよかったということで。


本当に幸せな夢だった。


そして今、きっと今夜の幸せの締め括り。


繊細な指先が私の涙を拭ってくれた感触が残る。


薬売りさん…。


私、あなたが教えてくれた想い、これからも大切にするよ。



そうして眠りに堕ちたけど、今度は夢を見ることもなく。


ただ深く眠った気がする。


やってきた朝。


いつものアラームに起こされることはなく、自然と目が覚めた。


「薬売りさん……」


無意識に出た第一声。


夢の延長。


だけど当然返事はなく。


「…ふ、だよね」


自嘲気味に呟いて、現実を生きるために、しっかりと目を開け上体を起こした。


目に入るのは、慣れた現実。


…の、はずだったんだけど。


現実???



「ん…??」


目に入るのは、夕べのまま。


薬売りさんと眠った部屋。


どういうこと?まだ夢の中?


でも…私、超しっかり眠れた感覚があるよ。


それに夕べみたいに薬売りさんはいないし。



待って待って、冷静になろう。


そもそも私、部屋でDVD見ながらうたた寝をしたんだよね。


あー…だけどそういえばそのうたた寝で眠った感覚はからだになかった。


むしろちゃんと眠ったっていうんならさっきまで。


それだったら私は寝てたって言い切れる。


じゃあ私が眠って夢の中だと思ってたのは、夢じゃないなんてことがありえるの…?


確かに全部がリアル過ぎたけど。


てことは…え?あの薬売りさんは、なに?


ここどこ?


え!?ほんと、なに、これ!?



「ヒロインさん!!失礼するよ!!!」

「!!」


独りで、静寂の中、この状況について考えを振り絞っていた。


でも目に見えることが真実だとすれば、考えれば考えるほど分からなくなって。


頭の中が混乱していた時だった。


大きな声が響き渡って、驚きから心臓が跳ねる思い。


そして声の持ち主は私の返事を待つより先に、襖を開け部屋に入ってきたみたいで。


「おはよう!俺の未来の嫁さん!よく眠れたかい?」

「……、えっと、あの…」


姿を現したのははつらつとした番頭さん。


未来の嫁さんとか…、つっこみ所満載だけれど。


言葉を忘れてしまったみたいに、何も言えなかった。



だって今日も私の現実に、番頭さんが、いる…?



「は…!!?」


そんな番頭さん、私には今日も若干頬を赤らめて話し掛けてきていたけれど。


今私が眠っていない方の布団が目に入ると、一気に青ざめて。


「な、な、な…何故に!!一組しか布団が使われていないのだ!」

「あ……」

「ヒロインさん!!あの薬売りは何処へ行った!」


がっしりと両肩を掴まれ、番頭さんの真剣な顔が近くに来た。


肩がちょっと痛い、とか、顔が無駄に近い、とか。


気になることは色々あるんだけど、それどころじゃない。


だって…、あの薬売りって。


やっぱり薬売りさんのことだよね。



ねぇ、薬売りさん。


本当に、いるの?



「――…やれやれ、」

「あ…!」

「貴様!!」

「朝っぱらから人の部屋で騒ぐ阿呆がいるようだ…」


すると、疑いようもない。


何度も画面の中に映した、夕べは一緒に過ごした。


形、声。


大好きな薬売りさん以外の何者でもない人が立っていて。


本当にいる。


「お前、夕べは布団を使わなかったのか!?」

「ハ…随分と都合の良いように考えるのだな」

「都合の良いように…!?」

「一から説明せねば分からぬか、昨晩俺とヒロインは一つの布団で、」

「ッ!!皆まで言うなぁぁぁ!!!」

「ふふふ」


もう着替えも済ませ、どうやら何処かへ行ってきたらしい薬売りさんは、薬箱を下ろしながらあしらうように番頭さんの相手をしている。


薬売りさん、嘘は言ってないけど。


多分いやらしく捉えて、大袈裟にショックを受けている番頭さん。


それをまた冷めた目で見る薬売りさん。


混乱してることに変わりはないけど、二人のやり取りに笑ってしまえば。


ゆっくりと私を視界に収めた薬売りさんと目が合う。


途端に鼓動は速くなる。


「ヒロインさん、眠りから覚めましたか」

「薬売りさん…!」

「…いや、夢から覚めた、そう言った方が、正しいですかな」


そう言って薬売りさんは、少し目を細め私を見つめた。


今日も此処に居て。


目を見て、名前を呼んでもらえる。


嬉しくてたまらない。



状況のこと、何にも分からないけど、これだけは分かる。


今日も私はこのひとに、恋してる。




05

<< 6 >>



topcontents