ヒロインが俺に想いを寄せているからとて。


それが理で、俺の元へ現れたと決め付けることはできん。


この宿に着き、俺とヒロイン、一対一ではなくなった。


俺の傍に居るのならば、受け入れてみるつもりではあった。


しかしヒロイン自身も知る由もないのだろうが、もしもヒロインの目的が俺ではなくあの男だったなら。


俺ではない可能性がある限り、余計な口出しはするまい。


そこまで俺がヒロインに執着する意味もなく。


成り行きを見守ることにした。



だが。


「ちょ…ちょっと、待ってください、意味がわからない…!」

「あんたに一目で惚れちまったんだ!そろそろこの宿を共に守り立ててくれる連れも欲しかったところだ」

「でもだからってなんで私なの…!そんな大切なことはもっと慎重に選んだ方がいいですよ」

「いや、俺には分かるんだ、ヒロインさんとなら明るい未来が築ける」

「なんで…!!!ていうかほんと離して」


ヒロインのあの本気で困惑している面を見ちまえば、放っておく訳にもいくまい。


ヒロインもとんだ男に目を付けられちまったもんだ。


やれやれ…、馬鹿馬鹿しい。



「離してやれ、と言ったのが、聞こえぬか」

「薬売りさん…!」


剣を手にし男の顔の前に突き出した。


俺が近寄ったことによりヒロインは安堵の表情を向けた。


男は俺を睨み付けた。


「剣…?野蛮な……、ますます貴様のような男と一夜限りの関係など過ごさせたくない」

「あの…ごめんなさい、行きずりって言ったのは冗談で…、」

「だとしてもだ!あんた達の関係は今はまだ清いもののようだ、が!ヒロインさんを前にしてこの薬売りが我慢できるかも分からんだろう」

「ハ…、あーそうだな」

「えっ!?」


我慢できるか分からん、ねぇ…。


分からぬことなどないが。


肯定をしてみれば、ヒロインは驚き頬を紅く染めた。


瞳にはもう俺しか映らぬ。


思った通りのヒロインの反応に、小さく口角が吊り上がったことを感じる。


「その言葉、そっくりあんたに返しますぜ」

「あ!?」

「だったら尚更、あんたの傍に置いておくわけにはいきませんね」


言えば男は、図星なのか。


ぼっと赤くなり。


その隙にヒロインの手を掴む力が緩んだから、今度は俺がヒロインの手首を掴み引き離した。


共に動く剣の鈴が、誇らしげにりんと音を立てた。



「ヒロインさん!俺はまだあんたと話がしたいんだ」

「いい加減休ませてやれ、…あんたには気遣いもできぬか」

「だったらヒロインさん!もう一部屋用意するから、せめてそちらで休むことはできぬか!?」

「いつ、あんたが夜這いに来るか、分かったもんじゃない」

「ッ!?そんなことするわけなかろう!」


実に面倒くさい男だ。


ヒロインからきっぱり否定されねば引き下がらんかも知れんな。


「…と、あの男は言っているが、ヒロインさんは別室の方が良いか」


ヒロインに視線を流し、意思を確認してみれば。


ヒロインは眉を下げ、力一杯首を横に振った。


「…見たか、こんなにも否定している」

「ヒロインさん…!なぜだ!!」

「どちらにしろヒロインは、俺の傍に居ることが安全であろう」

「あの…えっと、おやすみなさい、番頭さん」

「あああ待ってくれ!ヒロインさん!!」


男の言葉を遮るように、ヒロインの手を引き部屋へと入り襖を閉めた。



「薬売りさん、」

「はい」

「…ありがとう」

「いえ」


うっとり、と。


それ以外では表しようのない面持ちで俺を見るヒロイン。


やはり、この表情を見ている限りでは、俺への想いが偽りだとは思えんな…。


「あ!」

「おや、これは…」


俺に見惚れていたヒロインだが、室内に視線を向けるや否や、目を丸くした。


俺もヒロインの視線を辿れば、まず意識を奪われたものは、布団。


そこそこの広さのあるこの部屋で。


「あー…あはは、番頭さんの仕業かな」

「でしょうな」


二組の布団だが、一組ずつこれでもかと離され、部屋の端と端に敷かれていた。


「…馬鹿馬鹿しい」


先刻は胸の内に留めておくことができた言葉だが、思わず口を衝いて出ちまった。


あの男の為すこと、全てがくだらなく思えるが故に。


「くすくす、じゃあ薬売りさんどっちで寝ますか?…あ、そっちにしますか?」

「いや、ヒロインさん、」

「うん?」


部屋の奥の方で敷かれている布団へと足を向けた。


ヒロインはどちらで眠るか問うているが。


俺にその選択は、ない。



「おいでなさい」

「え…?え!!?」

「あんな男の言いなりになるのも、癪ですし、ね」


餓鬼のように抗っちまっているのだろうか。


だがあの男の意を汲んでやる義理もなく。


「あぁ、我慢は…できますから、心配には及びませんよ」

「…ふふ、それはどっちでもいいんだけどね、」

「そうでしたね」

「本当にいいの?」

「ええ」


ヒロインはほんの数秒悩んでからゆっくりと近付いてきて、布団の端にちょんと座った。


照れくさそうに、だがそれでいて嬉しそうに、まだ立っている俺を見上げた。


「薬売りさん、ほんとにすき」

「もう何度も伺いましたよ」

「だって何度でも言いたくなっちゃうんだもん、…迷惑ですか?」

「…いえ、そのようなことは、」


俺の返事を聞き、ヒロインは幸せそうに一層ふんわりと笑った。


慕われ、このような笑みを向けられることに、不思議と悪い気はしないのだ。


そもそも、この奇っ怪な出来事に興味があったとは言え。


訳の分からん女を連れ歩き、ただ面倒なだけかも知れぬのに。


今更ながら、己の行動を思い返し、若干自嘲気味に笑っちまう。


「……馬鹿馬鹿しいのは、同じようなものか…」

「ん?なぁに、薬売りさん」

「いや、こちらの話、」


枕元に薬箱を置いてから俺も腰を下ろし正座をした。


同じ高さで再び目が合えば。


「ぁ…!そういえば…」


何かを思い出したように、顔を隠すような仕草を見せたヒロイン。


「どうかしたんで?」

「えっと、私今すっぴんなの忘れてた、薬売りさんに見せるのちょっと恥ずかしかったのに…番頭さんの衝撃が大きすぎて…」

「すっぴん…」


ヒロインのセリフを拾い、自分の口からも出たその言葉は、驚く程に馴染みのないものだった。


女がそのようなことを気にするほど、女と密な時間を過ごしたことがないのだろう。


それこそ行きずりで十分であった。



「気にする必要など、ないでしょう」

「でも、だって、顔が違ったりして、薬売りさんにびっくりされちゃっても困るし…、それにやっぱり薬売りさんには少しでも良く思ってもらえたら嬉しいし…」

「ほぉ…どれ、」


乙女心というところか…。


少し俯くヒロイン。


悪戯心から、わざと顔を近付け覗き込み、まじまじと見てみれば。


ヒロインは隠すことも忘れ、硬直しちまっている。


が、やはり気にする必要など、何処にも無いではないか。


「ふっ…」

「笑われた…!薬売りさん、…やっぱりびっくりしちゃったの?」

「いや…、まぁ多少幼さを伴ったような気もしますが…、器量の好いことに変わりはないではないか」

「え!器量のいい!?嘘!ほんとう!?」

「でなければ、あの男にも一目で惚れられることも…なかったでしょうし」


顔なんて表に見えている部分に過ぎず。


実際、女の顔等どうでもいいが。


しかしそれでも、ヒロインが並み以上に端整な顔を持っていることは分かる。


それを告げればヒロインは驚き、かつ喜びもした。


だが、あの男へと話題が移ると、少々表情を曇らせて。


「うーん…そうなのかな…、でもあの番頭さんは、きっと私の潜在意識が…」

「うん…?」

「それより…、ねぇ、薬売りさん!」


触れられたくないのだろうか。


話を逸らすように、俺の脚の上に置かれている剣を指差した。


そして少しだけ恐る恐る、問うた。


「このお宿も、モノノ怪が、出るんですか…?」

「…いや、居ませんぜ」

「そうなんだ!剣持ってたから出るのかと思った」

「あぁ…先程は必要のない場面でしたがね、」


モノノ怪。


俺がモノノ怪を成仏させることは既に言っていたヒロインだが。


それをこいつで斬ることも、知っているのだな。


しかし今ヒロインにも伝えた通り、この宿に怪しいものの存在は感じず。


今宵は剣を抜く必要はないだろうから、手にしたままになっていたこいつを箱に収めた。


「ヒロインさんはこいつのことも、ご存知なんですね」

「うん!退魔さん!トキハナツー」

「……ふっ、」


するとヒロインはおかしな声を出して。


「あ、薬売りさんが笑ってくれた!ふふ、今のおもしろかった?」

「はい…驚きました」

「ありったけのしゃがれ声なの、トキハナツー」

「似て、いませんね」

「あはは、やっぱりか」


一応ではあるが、退魔の剣の声色を真似ようとしていることは伝わってきた。


もちろん今日、ヒロインと出逢ってから剣は抜いていない。


それでもヒロインは知っている。


「…ヒロインさんは、モノノ怪を見たことはおありで?」

「見たことっていうか…、DVDで薬売りさんが戦ってるのは何度も見てる、化猫、座敷童子、海坊主、のっぺらぼう、鵺、」

「…ふむ……」


確かにどれも斬ってきたモノノ怪ではある。


もちろん全てではないのだろうが、やはりヒロインの住む世界には、俺の行いを見る為の媒体があるのかも知れん。


いや、未だ、まったくもって信じ難いが。


それ以外に考えられる妥当な説も見当たらず。


それに信じ難い、と言うならば。


まずこの女の存在が、何よりも信じ難いではないか。


だが、今隣で微笑むこの女の存在を否定することは、どうにもできそうになく。


さすればヒロインが俺にこのように想いを寄せる理由も分からなくもない。



「では…ヒロインさんは、モノノ怪の存在を、信じて…いるのですね」

「うん?信じる?」

「大概の人間は、言葉だけではまずモノノ怪の存在なんて認めやしない、体感しても尚恐怖や後ろめたさからか気付かぬふりをする者も多い」

「んー…そっか、知らなかったり信じてなかったらそうかもね、でも、ふふ、私知ってるよ」

「そのようですね」

「確かに本物は見たことないけど…、」


あのように素顔を見られるのを恥じていた、ヒロインの癖に。


今は、真っ直ぐに俺の目を見て。


「…それにモノノ怪の存在を否定したら、薬売りさんの存在まで否定してるみたいで、いや」


真面目な顔をして告げた。



…信じられぬような事柄ばかりだが。


それでも、ヒロインがモノノ怪の存在を認めるように。


まずはこの女の想いだけでも、 信じてやっても良いのかも知れん。


きっとそれは、たかが数時間で積み重なるような想いでは、ない。




真偽の有様。





窓の外。


浮かび上がる月が見える。


視線を流せば、ヒロインもつられたように顔を向け。


「ふぅ…」


少しぼんやりと眺めたかと思えば、小さく溜め息を吐いた。


「ヒロインさん、やはり疲れちまいやしたか」

「あ、ううん、そうじゃないよ、それに薬売りさんといるのに疲れるなんてもったいないし!」

「ふ…だが、そろそろ休みましょうか」


言いながら、片肘をついて横になった。


するとヒロインは振り向き、また頬を染めた。


だが次に、僅かに何かを考えて。


若干難しい顔。


「…薬売りさん、私寝たくない」

「おや……小童のような駄々を申される…」

「あは、そうじゃないんだけどさ、」


揶揄すれば再び柔らかい面持ちに戻り。


くすくすと笑いながら、控え目に床に就いた。


「薬売りさんは、寝ますか?」

「寝ますよ、あなたが眠るのを見届けましたら…ね」

「え、やばい、じゃあ今夜は二人でオールかもしれない」


明るく満ち足りた声を弾ませるヒロインに布団を掛けてやる。


ヒロインは、はにかみありがとうと言った。


…おかしなものだ。


素性も知れぬ女と、肌を重ねるでもなく。


ただ話し。


このように過ごすなど。


だがやはり俺自身、この女と居ることに違和感はなく。


ヒロインが俺を知っているからこその空気なのだろうか。


自然と隣に居る、不思議な女。



「ねぇ、薬売りさん…」

「はい」


ヒロインは胸元まで布団を引っ張り、腕を出し。


またぼんやりと、今度は天井を見つめたまま。


「嫁に…よめに、ってなんだろう…、余米煮?おいしいのかな?」

「逃避するのは…おやめなさい」


どうやらあの男のことを考えているらしく。


先程は自ら話を逸らそうとしていたが。


心変わりをしたのだろうか、今度は聞いて欲しそうに俺を見た。


「…あんな求婚、真に受けることは、ない、戯れ言であろう」

「ざれごと…」

「それともヒロインさん、そのように真剣に考えるからには、あの男も少しは脈がおありか」

「ううん、それは…ない、…ただ真剣に言ってくれてるのなら、やっぱり真剣に答えなきゃ、って思うから…」


心根が真面目なのであろう。


俺からすりゃあ馬鹿馬鹿しい出来事に、ヒロインはきちんと向き合おうとしていた。


「薬売りさん…、実はね私、今この夢を見る前に、現実でもプロポーズ…求婚されたの、しかも見た目があの番頭さんによく似てるひとで…」

「夢を、見る、前に……」


なるほど。


それで先程も潜在意識がどうのと言っていたわけか。


それから今、ヒロインの口からはっきりと、夢、という単語が出て。


仮説が確信に変わる。


やはりヒロインは此処を夢の中だと思っているようだ。


実態として此処に居るのは疑いようのない事実だというのに。


「一日に二度も求婚されるとは…、なかなか珍しい」

「ふふ…でしょ?びっくりだよ、もう」

「ですが…ヒロインさんは、どちらの男の気持ちにも答えられない、と…?」


ヒロインは静かに首を縦に振った。


「だって私はやっぱり、薬売りさんが、好きなの」

「…はい」

「本当に現実にも薬売りさんがいてくれたら、こうやって傍にいられるだけでも、充分過ぎる恋なのになぁ…」

「ふ…俺は、ここに、いるじゃありませんか」


夢の中ではなく、此処に。


だが明日には消えちまうかも知れぬ、この女。


此処も現実だと教えてやることはせずに。



それでも此処に居ると告げれば。


ヒロインはゆったりと唇で弧を描き。


それでいて切なさも帯びた瞳を細め、いとおしそうに俺を見つめた。



「うん、薬売りさん、だいすきだよ」



その笑みを見て。


なに故にか、分からぬ、が。


胸は、締め付けられる感覚を覚えた。




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