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彼よりも、気になる人ができてしまった。


何を言っても全部勝手な言い訳に過ぎないけれど。


あの人に、からかわれながら「ヒロインはバカだなぁ」って頭を撫でられ。


その時のおおらかな笑顔が頭から離れなくて。


そんな些細なことから、ときめきが止まらなくなってしまって。


優しい優しい彼がいるのに心奪われてしまった。



だから、今日こそ別れを。


こんな気持ちのまま付き合っていくなんて、いけないって分かるから。


誰よりも優しいサンジくんを裏切り続けるなんてしたくないから。


だからきちんと別れを告げなければと思っているのだけれど。


サンジくんを目の前にすると伝えられずに、既に何度か二人きりの時間を過ごしている。


でも本当に今日こそ終わりにしなければ。



夜も更けた頃、仕事の終わったサンジくんは私の家を訪ねてくる。


時にはスイーツを持って。


時には花束を持って。


いつも私の喜ぶことを最優先に考えてくれる人で。


仕事で疲れていたって嫌な顔一つ、しないんだ。




「ヒロインちゃん、わりぃ、ちょっと遅くなっちまった」

「んーん、お疲れ様、サンジくん」

「ヒロインちゃんの笑顔が見れりゃ疲れなんて吹っ飛んじまうよ」


そう言ってサンジくんはにっと笑うから。


ずきり、胸が痛む。



嫌いになったわけじゃない。


今だって、好きだよ。


だけどどうして。


大切にしてくれるサンジくんと同じくらい大切にしようと思ってたのに。


ずっとずっとこの優しい愛に守られることだけに満足できればよかったのに…。



「ヒロインちゃん、これ食う?」

「…あ、ううん、ふふ、この時間に食べると太っちゃうし」


サンジくんから渡された箱を開けて、中身がモンブランであることを確認して。


それから再び閉じた。


「クク、そっか、じゃあ明日食って」

「ん、…ありがとう、」


明日。


明日、私とサンジくんに何か繋がりは残っているのかな。


あんなに多くの愛の言葉を囁いてからだを重ね合っていたって。


私がたった一言発すれば終わってしまうんだよね…。


恋人なんて、どれだけ脆い関係なんだろう。



ねぇ、サンジくん。


私達の過ごした日々ってそんなに脆いものだったのかな。


永遠さえ、見えた時もあるのに…。


けれど私の中でその永遠が途切れてしまったことは事実だから。


別れを告げなければ進まないのだけれど。


でもやっぱり喉に何かが支えて。


私が泣くのなんて間違ってるのに、言葉にした途端に溢れ出しそうで。


上手な吐き出し方も分からずに、視線さえも途方に暮れた。



どうすることもできないままでいると。


サンジくんのきれいな顔が、私の顔へと近付いてきていることに気付いて。


さ迷わせていた視線を向ければ、そっと顎に手を添えられた。


これは言うまでもなくキスと、それから先のことをする為の行為。



…ここで言わなくちゃ。


今日もこのまま流されてしまう。


「………サ」

「ヒロインちゃん、」

「…ん…?」


名を呼んで、何をどう言うかなんていつまで経っても決まらないけれど。


それでも今このままキスをするのはやめてもらおうとした。


なのに同じタイミングでサンジくんも私を呼び。


それからそのままの距離で静かに口を開いた。


サンジくんの吐息が唇にかかるのを感じる。



「…好きなやつでも、できた…?」

「…!?、どうし、て…」

「ハ…やっぱり……おれが、気付かねぇわけねーだろ」


言いながらサンジくんは顎に添えていた手を下ろし。


近付いていた顔も離れていって、覗き込める距離になったから。


顔を見れば口許だけは笑っているけれど、眉尻は下がり瞳は見たこともない程に寂しげだった。


ぎゅう、と締め付けられる胸に、苦しくなる。


この人をずっとずっと一番に愛せなかった自分がどうしようもなく愚かだと思った。


そんな顔、させてしまうなんて…。


「サンジくん…、」

「…ごめんな、前から気付いてたんだけどな」


サンジくんがこんな時でも笑おうとしてくれているのは、私を気遣ってくれているからで。


その優しさがやっぱり好きで、今は痛い。



「…でも、おれが、」


見つめあっていた視線が逸らされて、サンジくんは俯き目許を片手で覆った。


そしてついに無理して作られていた笑みも消え、サンジくんは弱々しく言葉を紡いだ。


「気付いてたのに、君を手放したくなくて……ごめんなヒロインちゃん…苦しめちまってたよな、ごめん」

「ちが……ンジくんは、悪くない…!」


どうしよう…。


もっとうまく喋りたいのに、伝えたいこといっぱいあるのに…。


詰まっちゃって言葉が出てこなくて。


代わりに出てくるのは堪えていた涙で。


溢れて止まらなくて、言わなきゃいけない言葉達はどんどん遠ざかっていった。



すると私の涙に気が付いたサンジくんがゆっくりと再び顔を上げて。


「ヒロインちゃん、泣かねーで?…抱き締めたくなっちまう、から…」

「ごめん…ごめんなさい、サンジくん…ごめ…」


また口許だけで笑って、わたしの右手の上に左手を軽く乗せた。


この期に及んでも伝うぬくもりに落ち着くなんて狡いよね…。


こんなに優しいぬくもりを私は自ら棄てるのに。



「サンジくん、私バカだよね…酷いよね…、本当にごめんなさい」

「んーん、ヒロインちゃんはバカでもねーし酷くもねーよ」


「どうして…?サンジくん、責めてよ…!」

「できるわけねぇだろ、繋ぎ止めておけなかったのはおれなんだから」


言いながらサンジくんは乗せていた手を元に戻した。


もう繋ぐことのないその手が愛しいよ。


私とサンジくんは明日から、一人と一人。



「ヒロインちゃん、大好きだったよ、ヒロインちゃんと一緒にいれてすげぇ楽しかった」

「サンジくん…わたしも、だよ…」

「フ、…うん、だから、別れよう」



結局サンジくんは最後まで優しくて。


本当は、最後くらい責めて欲しかったのに…。



「じゃあな、ヒロインちゃん、元気でな」


そう言ってサンジくんは私の頭をぽんぽんと撫でて部屋を出ていった。


私の中に残るのは、いつだって辛いほどに優しい優しいサンジくん。





そんなあなたが、大好きでした。




明日、一人で食べるモンブランは。


きっとまだ涙の味。





▼5万打企画リクで書かせていただきました。


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