シャワーを済ませ、寝室のベッドで横になって。


本を読みながら聖護くんの帰宅を待っていた。


でもいつの間にか訪れた睡魔に取り込まれ、聖護くんにおかえりなさいを言う前に、追っていた文字の記憶は途切れた。


どれくらい眠っていたのか、はっきりとは分からない。


だけどまだまだ眠り足りない意識の中で見付けたのは、触れられている感覚。


聖護くんが私の髪や頬を撫でてから、手を握っているらしくて。


夢の世界で沈んで浮遊しきれない思考でも、目一杯の幸せが私を満たしていった。


この幸せに包まれながら、もう一度深い眠りに堕ちたい。


瞳は閉じたままそんな思いに浸っていた。


「ヒロイン、」


けれど、手の甲に唇が触れたかと思えば、私の名を呼ぶ甘い声がして。


しかも今の響きは独り言ではなく、はっきりと私に向けられているみたいで。


そんなふうにされたら、このまま眠り直すなんてできない恋心が先走る。


「…ん……しょ…ごくん…?どしたの…?」


眠気と戦いながらもうっすらと瞼を上げる。


それに気付くと、隣で片肘を付き私を眺めていたらしい聖護くんは、慈しむように瞳を細めた。


そしてすぐさまからだに腕が回ってきて、横向きで眠っていた体勢のまま抱き締められる。


このまま一緒に眠ってくれるのかと思い、穏やかな心持ちでもう一度目を閉じた。


でも。


「抱きたいんだ」


耳許で囁かれた言葉は、私の平穏とは対極に在った。


唐突に紡がれた音に驚き、聞き取れなかった訳でもないのに、思わず聞き返していた。


「…え……?」

「ヒロインを抱きたい」


聞き返したところで、更に明確に告げられるだけの事実。


「それで起こしたの…?」

「ああ」


聖護くんの吐息が耳にかかる。


色を孕んだ声に、ぞくっとしたものが体内を巡る。


どうやら聖護くんは本気みたい。


けれどまだまだ勝る眠気もあって。


「でも待って…しょうごくん……私まだねてたい…」

「すまないね、だが三時間は眠っていたはずだよ」

「…ふ……三時間って…聖護くんの睡眠時間でしょ、わたしにはそれじゃたりないの…」


少しだけ抗ってみる。


聖護くんは眉尻を下げ笑いながら、宥めるように私の髪を梳いた。


「それに明日もしごとだし……ねむいよ……」

「本当に眠そうだね」

「ねぼうしちゃうかも…」

「それについては心配することはないよ、僕がきちんと起こしてあげるから」

「ん…でも……」

「だからヒロイン、済んだら僕の腕枕で安心して眠ったらいい」

「なにそのあまい誘惑…」


それから頬に軽くキスをされて。


こんなふうに求められて、嬉しくないわけない。


でもこんなことは初めてだから。


今度はなぜ今ここまで求められているのか気にもなって、すぐに同意はしなかった。


どうしたって眠気の抜けきらない頭で、ゆっくりと言葉を口にする。


「聖護くん…もしかしてエロ本でも読んでたの…?」

「ヒロインは僕がそんなものに興味を持つと思うのかな」

「あは…だって、ごめん……じゃあ官能小説?」

「そうだな…官能小説とて一概には馬鹿にできないからね、時として文学的にも哲学的にも素晴らしい場合もあるよ」

「じゃあ…例えば?」

「……ヒロイン、もしかして僕の気を逸らそうとしているんじゃないだろうね」

「うん…?…ふふふ、」


私の浅はかな遠回りなんてすぐに気付いた聖護くんは、ちょっとだけむくれた。


でも私がくすくすと笑えば、聖護くんもすぐに頬を綻ばせ言葉を続けた。


「帰り道でね、ジャック・ルソーの言葉を思い返していたんだ」

「…ルソーさんは聖護くんが何か欲情するようなことを言ったの?」

「理由は簡単なことなんだけどさ」

「?」

「説明してもいいけど、今はその時間すら惜しい気がするよ」

「ん…」


そうしてワンテンポ置いた後、抱き締められる腕に僅かに力が入ったかと思えば。


極上に甘やかな声色で。


――ヒロイン、眠っていてもいいから、抱いてもいいかい。


なんて、もうだめ。


とろけそうな響きが脳を占拠する。


求められることにときめきが収まらない。


睡眠時間なんてどうでもよくなってしまう。


「じゃあ…聖護くんが満足したら、そのときに腕枕で聞かせて?」

「もちろんだよ、ヒロイン」


結果私の負け。


聖護くんに勝てる日なんて来ない気がする。



私の観念を察した聖護くん。


抱きしめられたまま。


端麗な顔を間近に瞳を閉じ直せば、唇に唇がそっと重なった。


ああ聖護くんのキスだなあなんて思って、今更ながらおかえりなさいが頭を過ぎる。


でも優しく舌を絡め取られ、言葉にすることは許されない。


聖護くんは甘いキスを途切れさせることはなく、パジャマのボタンを上から一つずつ外していった。


生地がさらさらしてて、この季節は特に着心地抜群のパジャマ。


最初にこれを着たときには聖護くんも「いつにも増して抱き心地がいいね」って言ってくれたから、より一層お気に入りになった。


そういえば。


少し前に見た、淡い色したキャンディみたいなボタンが付いたパジャマもかわいかった。


次に見かけたらあのパジャマも買おうかな。


なんて、パジャマのことなんか、今は全然関係ないのに。


無意識に浮かんでくる事柄まで追求してしまうのはきっと、目を閉じているうちにまた半分は夢の中に堕ちてしまった証拠。


このキスがいつにも増して夢見心地だから、うっとりしてしまうせいもあるんだろうけど。


「ん……はぁ……」


首の下から包むように回されている聖護くんの手は、ずっと頭を撫でてくれている。


ボタンを外し終えたもう片方の手は、さらけ出された胸を揉み始めた。


慈しむような手付きに反応をし、すぐに存在を主張してしまう先端を愛撫されれば、いやらしい吐息が漏れる。


触れられているところすべて、気持ちがよくてふわふわする。


さらさらにふわふわ。


夢うつつでも結局幸せしか存在しなくて。


嬉しくて小さく笑い声が漏れた。


「……ふふ……、」

「何かおかしな夢でも見たのかな」

「ん……パジャマのゆめ…」

「フ……そう、」


でも今私が笑ってしまったことで、聖護くんの唇は優しく息を吐きつつ離れていった。


おまけに抱きしめてくれていた腕も解かれ、仰向けにされ舌は首筋をなぞりながら下る。


胸で止まった聖護くんの唇は、今度は胸の頂きを舌で転がしたり、甘噛みをしたり。


いつもだったら聖護くんの作る流れに身を任せる。


だけど今は聖護くんの腕の中で、混沌としながらも唇を重ね続けることが気持ちよすぎたから。


ものすごく口寂しくて、どうしようもなくなる。


「…ッ…やだ、聖護くん、キスしてて…」

「ああ、また後でするよ」


左手と舌で私の両胸を弄びながらも、聖護くんの右手は更に下って。


ショーパンの中へと忍び込み、ショーツの上から蕾に触れ、割れ目をなぞるように指の先でそっと撫でた。


「ぁ…!」

「もう濡れ始めてる」


からだはもちろん忠実に反応してしまうし、丁寧に扱われていることだって分かる。


でもだからこそ、ねだったキスにも早く応じてほしいのに。


「ん……っ、けど、いま…キス、……やぁ…!」

「眠り姫はいつも以上に甘えたがるんだね」

「…聖護くんのキス、きもちいいんだもん……だからキスしてて、聖護くん…」


眠気の中にいるからか、聖護くんの言う通り普段よりわがままに甘えてしまっているのかも知れない。


でも私の言葉をきっかけに、揶揄するように「キスだけか…」と呟いた聖護くんは、ショーパンとショーツを奪い去った。


それから聖護くんの唇は私の気持ちとは裏腹にもっと遠ざかってしまい。


私の膝にひとつ口付けを落とした。


予想外の場所へふいに生まれた唇の感触に、さっきまでのキスがますます未練に呑まれる。


もどかしさと不満を織り交ぜ見つめれば、聖護くんは口角を上げ、私の膝を押さえ脚を開かせた。


泉へと顔を近付け、指でしっかりと広げてから、溢れる蜜を確認する聖護くん。


「……こっちもきちんと気持ちよさそうだけどね」

「っ……、でも……!……あぁ! 」


今度は蕾にキス。


吸い付きながら強弱をつけ舌で転がされる。


これだって気持ちよくないわけない。


睡魔に捕らわれている分だけ、恥じらいは何処かへ追いやられてしまうみたいで。


伸びてきた指に胸の頂きを摘まれたことに追い打ちを掛けられれば、はしたなく小刻みに腰が揺れてしまった。


「やらしいね、ヒロイン」

「だって…!」

「これでも気持ちよくはないかい」

「ッ……きもちいい……聖護くん」

「それは良かった」


口寂しいのは変わらないのに、今度はより大きな快楽が欲しくなり急かす。


早く一番近くで聖護くんを感じたい。


「ん……ンっ……聖護くん、もぅ挿れて…!」

「ハ……キスをねだったかと思えば、今度はそれか」

「ぁ……!だ、め…!」


でもやっぱり聖護くんはまた聞いてくれなくて。


泉の中に侵入してきた、聖護くんの細くて長い二本の指。


掻き回されれば淫らな水音が漏れた。


胸と蕾への刺激も緩むことはなく、まるで予定調和のようにひとり絶頂へと導かれる。


「だめ……駄目、しょうごくん…!」

「ヒロイン、可愛いよ」

「でもやだ…」


キスも挿入もお預けを喰らい、ただわがままに首を横に振った。


考えることすら億劫になってしまう程の悦楽に埋め尽くされる。


ああもう頭が真っ白になりそう、そう思った瞬間。


当然私のタイミングなんて思うがままの聖護くんの動きが全て止まった。


「…はぁ……っ………聖護くん……?」


満ち足りないからだに残るのは自身の荒い呼吸だけ。


ちゃんと目を開けて聖護くんを見れば、聖護くんはその場で座り私を見下ろしていた。


目が合えば意地悪な微笑み。


「ヒロインがあまりにも嫌がるからさ、」

「……聖護くんのばか」


不敵な態度にまた焦らされていることを知る。


救われない渇望が繰り返される事実にばかと告げてみても、聖護くんの表情が崩れることはなかった。


それどころか楽しそうにも見えて、やっぱり適わないと思う。


それに結局、この飢えを満たせるのは聖護くんだけ、なんてことは言うも愚かだから。


為す術なく、ぼんやりと聖護くんを見つめていた。


すると聖護くんは自身のシャツのボタンを外して、ばさりと脱いだ。


綺麗に筋肉の付く鍛え上げられたからだは、何度見たって私の心を奪う。


「……眼福…」

「フフ、この期に及んで出る台詞がそれかい」

「……だって、聖護くん、すてき…すき」

「ああ、」


本当に我慢の限界。


右腕を伸ばし縋れば、聖護くんは手のひらを重ね握ってくれた。


それから蕾に舌よりも熱いものが宛てがわれて。


それはまるで、悪い病に侵された際の熱のようで、今の私にとっては凶暴。


「…!!……ふ…」

「……微睡む君にも随分と惑わされた」


自身の欲をゆっくりと下らせる聖護くん。


滑らかな動きはどれだけ私が潤っているかを物語っていた。


やがて泉のいりぐちに擦り付けられる。


触れ合っている癖に、何よりもじれったい距離が憎らしく、息苦しかった。


「聖護くん……おねがい、はやく…」

「本能だけに素直なヒロインも可愛いよ」


惑わされてるのなんて私の方が大きい、と思いながらも、反論する余地なんかとっくになくて。


ひたすらに欲した。


聖護くんはそんな私をただただ愛おしそうに視界に収めてくれている。


それから左手も指を絡め繋いでくれて。


キスの気配を察し、やっと欲しかったキスをもらえるであろうことに安堵した。


けれどそれも束の間。


聖護くんがくれたのはキスだけじゃなくて。


「今夜はそんなヒロインを抱けて良かったと心底思ってる」

「…ッ!!……アァ…!」


激しい口付けと共に、一息で最奥まで突かれ重量感で支配される下腹部。


望んでいた快楽はあまりにも大きすぎて、受け止めきれず駆け巡り、早々に達してしまった。


「……フ、挿れただけで…、」

「ん……聖護く……!イッちゃったから……!」

「知ってるよ」

「じゃあ、なん、で…!あッ……また…!」


目の前は霞むし、呼吸もままならない。


だから今度は無意識に逃げたくなる。


でも聖護くんは私を捕らえたまま、離してはくれずに。


腰の動きは容赦なく速められた。


狂ってしまいそうな快感をからだ中に与えられ、もはや何処への刺激で気持ちいいのかもわからない。


最高級の陶酔が全身で混ざり合い染み渡る。


だけど、繋いだままの手も、いつまでも甘いキスも。


この上なく大切に扱われていることが分かるから、ひときわ毒。


「…ヒロイン、」

「あ、あっ…!…う、ん…?」

「気持ちいいね」

「ンっ…!聖護くん、私もきもちいー…」

「幸せだね」

「うん…!」


一度達したからだは制御が効かず、有無を言わせず小さな波が押し寄せてくる。


聖護くんもちゃんと、私のからだで気持ちよくなってくれていることが嬉しい。


惜しみなく言葉にして伝えてくれる聖護くんは愛しくて仕方がない。


こんなに気持ちよくて至福な時間こそ本当に夢みたい。


「はぁ……ぁ、イクのとまんな……」

「…僕もイキそうだ」

「聖護く……一緒に、」

「ああ、ヒロイン、……ッ」

「ン!やぁ……!!」


最後まで現実との境は曖昧なまま。


意識を手放す寸前で、同時に果てた。


聖護くんも自身を支える力が少しだけ弛緩したようで、からだに掛かる重みが微かに増した。


「ハァ……ヒロイン……」

「…っ…ふぅ……、ん?」

「可愛いね」


けれど絶頂を迎えても尚キスだけは止まずに。


子宮に吐き出された白濁を感じつつ余韻に浸った。


逞しい腕の中。


聖護くんはまた横向きで抱き合えるように体勢を変えてくれて、振り出しに戻る。


一つだけ違うのは今は互いに衣服を纏ってはいないこと。


でもどっちにしたって、さらさらにふわふわで。


しあわせ。



「ヒロイン、よくあのまま眠ってしまわなかったね」


ひとしきり唇を貪った後、おもむろに口を開いた聖護くん。


「だって、約束したでしょ…」

「…ここに至った理由かい?」

「ん……そう」


瞳を細めれば、聖護くんもあたたかい眼差しで見つめてくれる。


相変わらずふわふわと飛んでいきそうな思考を掻き集め、必要な言葉を紡ぐ。


ゆったりと髪を撫でてくれる大きな手は、今もどうしたって心地いい。


「それで…聖護くん…ジャン・キルシュタインは…」

「…うん、ヒロイン、ジャしか合っていないね」

「あれ…?ちがった、これは…」

「ルソーの話をする前にまずはヒロインの話を聞くべきかな、この小さな頭で一体どこの男の名前を覚えたのか…思わず口を衝いて出てしまうほどに」

「…ふふ、きのうね、聖護くん帰ってくるまで暇してたの、そしたらグソンさんが仕事場に連れてってくれて…あろわな……」


うつらうつら。


そのせいで混濁を見せる記憶。


瞼を閉じれば、昨日連れていってもらった部屋が浮かんだ。


「ああ、そうだったのか」

「それでね、グソンさんがお仕事中に、昔の漫画をネットで検索して読ませてくれたの」

「登場人物ということか」

「そう…」

「それを読んでヒロインはどう感じたのか聞きたいのは山々だが…」


聖護くんの落ち着いていて穏やかな声。


鼓膜に置いてから意味を追う。


「ヒロイン、今日はもう眠るといいよ」

「でも……聖護くんの思い返した言葉だけでも…」


意識は秒を刻むごとに夢の中へ近づいて行っていたけれど。


発端を知りたい気持ちが薄れることもなく。


既に寝惚け眼になってしまっているであろう目を擦りながら、もう一度だけ瞼を持ち上げる。


目が合う前からきっと聖護くんの表情は変わらない。


こんなにも柔い世界に置いてくれるひとを、私は他に知らない。


「……ルソーの名言だよ」

「そうだ…ルソーさん」

「―――生きるとは呼吸することではない行動することだ、僕はこの言葉が好きでね、」

「うん…素敵な言葉…」

「ヒロインの穏やかな寝顔を見ていたら抱きたくなってしまった、だから行動に移した」

「ん…」

「ヒロインと共に生きていることを最も近くで実感したかった、それだけのことだよ」


本当に。


聖護くんにしては珍しく単純明快な答えだった。


しかもその答えはやっぱり幸せ以外の何物でもなくて。


そしてこれだけのことも説明する時間が惜しいと言っていた。


そのすべてが恋しくて。


「しょうごくん…すきよ」

「ああ」


更に寄り添えば、満足げな返事。


額には優しいキスも降り注いで。


これ以上とない程に満ち足りる。


「ありがとう、ヒロイン、ゆっくり眠るといいよ」

「おやすみなさい…しょうごくん」

「おやすみ、ヒロイン」


そうしてもう一度瞼を落とし、聖護くんの腕の中で完璧な眠りに堕ちた。


明日の朝もきっとまた、私の名を呼ぶ聖護くんの声で目覚める。


そうすれば幸福な一日のはじまり。




「けっきょく聖護くんにはかなわない…」

「うん?…フ、なんだ、寝言か」

「わたしのまけ…」

「負け……、…さぁそれはどうだろう、そもそもこれに勝ち負けがあるとして、ヒロインが負けならば、僕は君を抱きたいなんて思わないんじゃないかな…」




インキュバスの免罪符


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