おそらく痴情のもつれというやつだろう。


最小限の荷物を手に、マンションのエントランスから飛び出してきた女。


そして女を追って走ってきた男。


男は女の手首を掴み引き止めた。


「待って、ヒロイン!」

「やめてよ…、ほんとに無理」

「でも…やっぱり俺にはお前だけだって…」

「勝手なことばかり言わないで!ていうかもう話すことなんてないんだから追ってこないで」


ヒロイン、そう呼ばれている女は男を睨み付けた。


男の余裕は更になくなっていった。


「だけど俺は納得できないんだよ…!…っ!コミッサ…!?」


そんな時、公安局のコミッサに扮したドローンが男に近付いていき。


ヒロインとの間に割って入り、二人の繋がりは切れた。


男は、笑みを張り付けるドローンにストレスケアでも勧められているのだろう。


別れ話すらまともにできないなんて、とんだお笑い種だ。


「…さようなら、」

「そんなこと言ったって…ヒロイン、お前何処に行くんだよ!お前の家は此処だろう!」

「私の居場所は、もうそこにはないの」


そう言ってヒロインは悲しげな笑みを浮かべた。


が、すぐに真剣な表情に切り替わり。


「何処にでも行けるよ」


捨て台詞を残しヒロインは男に背を向け、足早に立ち去った。


男はすぐさま追おうとしたようだったが、未だ纏わりつくドローンに阻止され。


その上今の台詞にも躊躇したのか、拳を握り締めヒロインの背中をただ見つめている。



―――何処にでも行ける、か。


ヒロインの放ったその一言に興味が湧いた。


だから僕はヒロインの後を付けた。


勢いよく歩いていたヒロインだったが、その勢いはすぐに弱まり。


とぼとぼと擬音が聞こえてきそうなほどになった。


それからヒロインは公園に立ち寄りベンチに力なく座り。


ホログラムで作られた噴水をぼんやりと眺めた。


聞き取ることはできなかったが、唇が、何かをぽつりと呟いたような動きを見せてから。


俯き思い詰めている様子。



僕は静かに近付き、ヒロインの前に立った。


「――…ねぇ、ヒロイン」

「えっ…!?……だれ、ですか…?」

「僕は、槙島聖護」


話し掛ければヒロインは驚いた様子で顔を上げた。


刹那、瞳からは一筋の涙が零れた。


「…君がこうして涙を流すことに、意味はあるのかな」


その涙を手のひらで拭ってやってから、隣に腰掛ければ。


戸惑いを隠しきれず、座る位置も少し移動させ僅かな差だが僕から距離を取ったヒロイン。


「えっと…まき、しまさん?なんで……私に何か用ですか…?」

「ヒロインは別れ話すら満足にできないこの世界を滑稽だとは思わないかい」


視線を絡ませたまま言葉を交わす。


「まぁ…あの場合はヒロインにとっては好都合だったのかも知れないが」

「見て…たの…?」


肯定の代わりに、ヒロインをじっと見つめ微笑んだ。


すると再びヒロインの瞳からは涙がぽろぽろと溢れだし。


男女間の愛や恋という感情に、何故ここまで夢中になれるのだろうか。


僕からすればただの錯覚に過ぎない。


「…でも、もう終わったことだし…、」

「だからね、ヒロイン、僕は君がこうして涙を流すことに何か意味はあるのか聞いたんだよ」


もう一度涙を拭う為に触れようとした。


けれどヒロインは拒否するように鞄の中からハンカチを出し、溢れ出る涙を押さえ付けた。


そうして僕の問いには答えることなく、ただ怪訝な表情を見せた。


「人は愛している限り許す―――という言葉があるけど、」

「…?」

「ヒロインにもまだその感情があるのなら、あの男の元へ帰ったらいい」


僕には、終わったことと言いつつ涙を流すヒロインの思考が理解できない。


心が追い付かない状況ということは分かるが。


それでも理解はできない。


故にヒロインの気持ちを試した。


そうしたらヒロインは僕の目を真っ直ぐに見つめたまま小さく首を横に振り。


「…絶対に戻らない」

「そう」


涙とは裏腹にこの女の意思は固いということか。


もっとももしここで躊躇いの表情など見せられたら、一瞬にして興醒めしていたに違いない。


様々な思惟が混ざり合い口角は自然と吊り上がった。



ベンチから立ち上がる。


背に受けるはヒロインの視線。


「僕はね、ヒロイン、君に興味があるんだ」

「興味…?」

「君が望むならば、僕が君の居場所になっても構わないと思っているよ」


それはそれで面白そうであると思い、提案をした。


ただの錯覚の為に泣く理由をじっくりと聞くのも悪くない。


失望したら消せばいいたけの話だ。


「ヒロイン、僕に教えてくれないか、君がこれから何処へ向かうのか」


振り向き再びヒロインを見る。


ヒロインは僕から目を離さない。


ヒロインは僕を視界に入れてから、一度も目を逸らしてはいない。



「っ…まきしまさん、」

「なんだい、ヒロイン」


さあ、ヒロイン。


君はもう僕のテリトリーだ。


涙の理由を聞く時間を君の為に用意しようじゃないか。


「私を…連れて行って…!」

「フ……仰せの通りに」



そうして僕はヒロインに手を差し伸べ、連れ去った。




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