水族館から帰ると、室内は暖かな空気で満ちていた。


「ただいまーグソンさん」

「おかえりなさい、丁度今鍋の仕度も済んだところですよ」

「ありがとう、おいしそうな香り!手洗ってくるね」

「はい、そうしたら夕飯にしましょう」


僕達の姿を確認したグソンはミトンをはめ、テーブルの中央に置かれた卓上IHの上に煮立っている鍋を乗せた。


野菜と海の幸がふんだんに使われているようだ。


三人で席に付き、グソンが次は湯気立ち上る食材を小皿に取り分けた。


「ヒロイン、見てごらん、さっき見てきた蟹だね」

「…聖護くん、それ言われると食べるのにちょっと躊躇しちゃう」

「だが生きるとはそういうことだ、いただきますという言葉も食材への感謝を込めることが本来の意味だしね」

「そっかぁ…、うん、納得」

「だから召し上がれ」

「聖護くん、剥いてくれたの!ありがとう」


自身の皿に入っていた蟹の殻を剥き、隣に座るヒロインに差し出した。


生きることについて微かに深く思考を巡らせたらしいヒロインだったが、目の前の食べやすい形になった蟹には瞳を輝かせた。


そんなヒロインに僕の心も穏やかさを感じ、ヒロインと生きるとはこういうことだと思う。


「…ダンナ…もしかして………ヒロインさんと何処へ行ってきたんです?」

「水族館だよ」

「ダンナが水族館…!」


僕が水族館に出向いたことが意外だったらしく、グソンは軽く吹き出した。


「ふふ、グソンさんに笑われてるよ、聖護くん」

「いや…だって、ねぇ?意外だったもんで……、俺の部屋の水槽にも最初色々言ってたじゃないですか」

「嘆かわしいからね」

「グソンさんのお部屋には魚がいるの?」

「ええ、仕事部屋なんですけどね、」

「アロワナがいるんだよ」

「アロワナ!見てみたい」

「じゃあ今度一緒に行きましょうか」

「やはり自然に還す気はないようだね」

「ここで自然に還しても死んじまいますって、あー…それに、ほら、ヒロインさんに見せるまでは殺すわけにもいきませんし」

「ヒロインを出しに使うとはいい度胸だね、チェ・グソン?」


他愛ない会話にヒロインの笑い声が優しく響く中、食事を進めた。


「でも、まぁ…楽しかったですか?水族館は」

「うん!楽しかったよね、聖護くん」

「ああ、そうだね」

「それは良かったです」


そうだね、と答えた通り、水族館と言えどヒロインと過ごす時間は楽しめた。


薄暗く幻想的な演出の空間を並んで歩くことは、いつも以上にいい雰囲気でもあった。


おそらくヒロインもそう感じていたはずだ。


故にだろうが、何か言いたげな表情に真剣な瞳で僕を見つめたシーンがあった。


告白の機会を見計らう為にヒロインは水族館に行きたいと言ったのかも知れないとも感じた。


だがやはり言葉を隔てる要素があったようで、結果未だヒロインの答えを聞くには至っていない。



「ごちそうさまでした」

「美味しかった、ご馳走さま」


寛いで食事を済ませ、ヒロインとグソンが片付けも終わらせた。


時刻は二十一時前。


「あーお腹いっぱい、おいしかったから食べ過ぎちゃった、なんか食べた分動きたいかも」

「なら少し散歩にでも行くかい?」

「そうしようかな、聖護くんも一緒に行ってくれるの?」

「もちろんだよ」

「ありがとう!じゃあグソンさん、またちょっと出掛けてくるね」


僕も立ち上がれば、ヒロインは早速アウターを羽織り、グソンに出掛けることを告げた。


グソンはここで少し作業をしていくつもりなのか、パソコンを開きながら僕達に視線を寄越した。


「元気ですねぇ…日中も存分に動いたでしょうに」

「君がそう感じるんだとしたら、きっと年齢の差だろう」

「……それ地味に傷付くんでやめてもらえませんかね」

「あはは、グソンさんは充分若いよ」

「ヒロインさんだけですよ…そう言ってくださるのは」


そうしてまた楽しそうに笑うヒロインの手を引いて、夜の街へと出た。


部屋で本を読む時はじっと読むし、裏腹に今のように行動が必要な場合は即座に動く。


ヒロインの静と動のメリハリは僕の性に合っていた。



冷えた空気の中、ネオンが煌めく歓楽街を目的もなく歩いた。


途中ヒロインが閉店間際のスイーツショップに目を付け立ち寄った。


腹が膨れたから散歩に来たのではないかと問えば、既にスイーツにも気を取られているヒロインは別腹だと幸せそうに返した。


「――…恋は空腹に生き、満腹で死ぬ、という言葉があるけど、」

「恋?」

「確かにヒロインは満腹にはならなそうだと思ってさ」

「恋も、お腹も?」

「そうだね」

「ふふふ、人を食いしん坊みたいに」

「現に甘いものならいくらでも入るんだろう、何か買って帰るかい」

「うん!聖護くんも一緒に食べよ」


ヒロインは何を買うか暫く悩んでいたが、結局カラフルなマカロンの詰め合わせを選び購入した。


繋いでいない方の手でそれを持ち、今度は帰路に就いた。


帰れば、スイーツの袋を見たグソンにも僕と同じようなことを言われたヒロインだが、やはり別腹だと無邪気に言っていた。


グソンもそんなヒロインに眉を下げ微笑んで、一度席を立った。


おそらく紅茶でも用意してやるのだろう。


グソンの座っていた向かいのソファに座り、マカロンの箱を開ける。


「どれから食べるのかな」

「んー…じゃあね、ピンク」


注文通り淡い桃色のマカロンを摘まみ、ヒロインの口許に近付けた。


「ヒロイン、口を開けて」

「ふふ、聖護くん、あーんしてくれるの?」

「ああ」


言えばヒロインは少しはにかみつつも口を開け、マカロンを半分かじり。


柔らかな唇は満足げに弧を描いた。


「幸せそうだね」

「うん、おいしくてしあわせ」


咀嚼を終え一口目のマカロンを飲み込んだことを確認してから、ヒロインの顎に指を添え。


親指の腹でヒロインの唇をそっとなぞった。


「ほら、ヒロイン?もう一口、」

「ぇ…?」


僕の行動に不思議そうな顔もしたが、もう一口という言葉には素直に従い唇を軽く開いたヒロイン。


その隙に僕は人指し指と中指を第一関節までヒロインの口の中に滑り込ませた。


「んっ…!?」


ヒロインは目を丸くさせ微かにからだを強ばらせた。


だがお構いなしに口内の上部や舌の上をくすぐるように触れもどかしい刺激を与えた。


途端ヒロインの瞳は潤み、頬もみるみると火照っていった。


ヒロインといると自然と芽生える小さな加虐心から忍ばせた指だった。


しかしいやらしい行為を連想させる顔付きで、僕の指に唇を纏わせるヒロインに煽られる。


もっともヒロイン自身は表情など意識もしていないだろうが。


「…んで…!…しょ…ごく…」

「いい顔だね」

「…や…ッ…」


もっと辱しめてやってもいい気がして、更に深く指をくわえさせようかと思った。


故にまず指先を動かしてみれば、ヒロインの唾液が淫らな水音を立て。


必要以上に駆り立てられていることにも気付き、躊躇した。


ここから先へは進むべきではない、と静かな警鐘が聞こえた。


その時だった。



「―――……っ!」


ヒロインの端末が音を鳴らして。


「……残念、」


もちろん無視して続ける選択もあったが。


「今はこれ以上はやめておくべきかな」

「はぁ…っ」


その電子音は引き返すタイミングとしては最良だった為、指先をゆっくりと引き抜いた。


「びっくりした…」

「フフ、ごめんね」

「聖護くん…ずるい…」


あえてにっこりと笑い思ってもいない謝罪を口にすれば、ヒロインは僅かに膨れた。


それから落ち着かないのであろう手で端末を探り、着信元を確認してから部屋を出ていった。


小さな背中を追って、見えなくなると、無意識に溜め息が漏れた。



「――…何をしてるんですか、ダンナ…」


同時に、トレイを持ったグソンが戻ってきて。


呆れたように声を掛けられた。


「うん?餌付けだよ」


ヒロインに向けた笑みと同じものでグソンにも答える。


グソンは「餌付けねぇ…」と独り言のように口にしながら、ティーカップを乗せたソーサーを二つテーブルに置いた。


カップの横には、ヒロインの食べかけのマカロン。


おもむろに手を伸ばし、ヒロインの口内を弄んだ指と親指で挟んだ。


そして自身の口へと運び、堪能する。


「…お味はどうですか?」

「甘いな」

「でしょうね…」


噛み砕いて、呑み込んで。


先程までの行為はなかったかのような振る舞いを取り戻す。


グソンもそれ以上は言及せず、ソファに座りパソコンに向かった。



だが僅かな沈黙の後、再び口を開いたから。


「そういや…ダンナ、近頃ヒロインさん、時々会っている男がいるようなのですが…何か聞いてますか」

「いや、特に何も」

「クレープを奢ってもらってしまったことがきっかけと言ってましたけど…」


カップに口を付けながらグソンの言葉に耳を傾ける。


ヒロインの社交性を思えば、何処であろうと親しい人間ができることは自然だし、相手は老若男女問わず僕が気にすることではなかった。


それにヒロインは興味深い人間や出来事に出会えば、日々の会話の流れの中で僕に報告をしていた。


だが今グソンが言った男の話は聞いていない。


ということは、ヒロインにとってその程度の男だということだろう。


その時点で僕にとってもどうでもいい話のように思えた。


だがグソンはキーボードを打つ手は止めずに、その男についての話を続けた。


「そいつあまりいい評判を聞かないんですよ」

「ふぅん」

「女には困らない男のようでしてね、群がる女を利用しては廃棄区画を転々としいわゆる美人局をし食い繋いでいるようで…」

「低俗な犯罪者だね」


話が進んでいっても、案の定その男自身に興味が湧くことはなかった。


だがグソンが伝えようとしている意図は理解できた。


「さすがにヒロインも、そんな男に利用されるほど馬鹿ではないだろう」

「まぁ俺もそう思いますけど…眼中にもないようですし……、ただ先日一緒にいる所を見掛けた時に感じたのですが、どうも男の方がヒロインさんに特別な感情を抱いてるんじゃないかと…」


…隔たりなく笑みを向け、必要に応じ隙間を埋めるように寄り添えるあの性格だ。


異性を惹き付けることがあっても何ら不思議ではない。


ましてやシステムに縛られない廃棄区画でその確率が増すのは当然だろう。



それでも。


「――…だとしても、尊重すべきはヒロインの意志だよ」


紡いだ言葉は紛れもない本心だった。


その男とどう関わっていくか決めるのはヒロインだ。


僕が口を出す問題ではない。


ヒロインの選択を間近で見ることができればそれでいいという考えも変わってはいない。


だが今の僕の中で前提にあるのは、ヒロインが触れ合いも心も許しているのは僕だけだという揺るぎない事実でもあった。


出逢ってからの期間で僕がヒロインに対し築き上げてきたものだ。


それは簡単に壊れるものではないと自負できた。


「そりゃそうなんですけどね…、ですが面倒に巻き込まれたら困りますし…念の為ヒロインさんの端末の位置情報を常に確認できるようにしておきますか?」


度々顔を合わせるうちに、グソンにとってもヒロインと過ごす時間が価値のある物になっていることは事実だった。


おそらくグソンはヒロインに対し妹を想う感情に似たものを持つようになっている。


だがどれだけ共に過ごしたとしても、ヒロインとグソンに本物の血の繋がりができることは当然なく、根本は他人でしかない。


その辺りの距離が邪魔をして、自分よりもヒロインに近い僕に判断を委ねたんだろう。



グソンが危惧しているのは、ヒロインの意志なく手を出される可能性―――。



「君が心配ならそうすればいいよ」

「…分かりました」


グソンは顔を上げ僕の表情を確認してから、画面を切り替え早速ヒロインの端末の設定を操作しているようだった。


…グソンとの会話の最中、グソンが危惧した事柄を鮮明にイメージした。


それはまるで物語のワンシーンのように脳内で流れたが。


何故だか、無性に腹が立った。



腹立たしいのは、ヒロインの意志を差し置かれたことか。


はたまた、ヒロインに触れられたことか―――。



更に突き詰め思い描けば自身の想いも深く理解できる。


しかしその行動は決して気分の良いものではなかった。


何故か。



「…素直じゃねェんだから…」

「何か言ったかな」

「いいえ」


グソンが呟いた一言に思考は一度断ち切られる。


グソンの言葉は聞こえなかったわけではないが、あえて聞き返した。


だがグソンも再度口にする気はないらしく、首を横に振った。


それからパソコンの液晶を僕に向けた。


画面の中にはこの辺りの地図が表示されていて、このマンションに一つの印があった。


聞くまでもなくヒロインの居場所だ。


「相変わらず君は仕事が早いね」

「お安いご用ですよ」


ヒロインの意志で此処に在る印。


それはやはり尊い物で。


僕の隣で目紛るしく変化し輝くヒロインの表情や行動は守ってやりたい物だった。


「でも、そっか…」

「はい?」

「僕以外の男にも餌付けされてるようじゃ、躾が足りなかったかも知れないね」


言いながら立ち上がり、ドアを開け廊下を覗いた。


少し離れた所で壁に背を付け凭れ通話をしているヒロインが目に入った。


笑って話してはいるが、微妙な表情の違いから若干の困惑が見て取れて。


「ヒロイン、」


通話中だがお構いなしに声を掛ければ、首を回し僕を視界に収めた。


するとヒロインの笑みは小さな寂しさも抱えた。


理由は、知る由もないが。


無性に隣に連れ戻したくなり、手招きをすれば。


ヒロインはふんわりとした笑みになり僕に対して頷いてから、「じゃあ、明日」と言って通話を終えた。


それから嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。


「ヒロイン、紅茶が冷めてしまうよ」

「グソンさんが淹れてくれたの?」

「ああ」

「冷めちゃったらもったいないね」


僕の腕に両腕を絡ませ寄り添ったヒロイン。


ここからソファまでの僅かな距離すら触れ合わなければ惜しいようで。


今の短時間の通話の最中、僕のことが恋しくなる要素でもあったのだろうか。


ヒロインの腕を振り払う気など起きるわけもなく、そのままソファに戻った。


「喜んで尻尾を振って主人の元まで駆け寄った犬がいますね」

「うん?…あ、あはは、私?」

「はい、今そう見えましたよ」


そんな僕達を眺めていたグソンは僕を主人、ヒロインを犬と比喩した。


ヒロインも満更ではない様子でくすくすと笑っているが。


「そんな公安局のような真似はしないよ」


否定をすれば、ヒロインは意味を探るように僕の顔を覗き込んだ。


目が合ったから優しく微笑みそっと頬を撫でた。


「それに従順な犬というより、気儘な猫だと思っているしね」


僕の指の感触に気持ちよさそうに目を細めるヒロインは、本当に猫のようだった。


「僕はそんなヒロインと暮らせればそれでいいんだよ」

「…ふふ、ばかでも?」

「ハ…昼のやり取りをまだ気にしていたのか、ヒロインのそれは愛嬌と呼ばれる物だろう」


言えばヒロインは安堵を示し満足げに紅茶のカップに手を伸ばした。


「やはり飼っていることに代わりなく見えますけどねぇ…」

「全然違うよ」


確かに懐くようには仕向けた。


意志が奪われることのないよう、庇護してやりたい意識の芽生えも自覚した。


だが、そんな風にヒロインを手中に置いておきたかったとしても、自由を握っておきたいわけではない。


この匙加減が絶妙だからこそ、ヒロインは此処を居場所として選べたはずだ。



新たにアイボリー色をしたマカロンを一つ摘まみ、さっきと同様に半分かじったヒロイン。


「それも食べさせてあげたのに」と言うと「聖護くんの指はマカロンじゃないから、だめ」と返された。


「美味しそうにくわえていたけどね」と耳に唇を近付けて囁けば、瞬時に耳まで赤くなり面白かった。


「そういう反応をするから、いけないんじゃないかな」

「ん?」

「僕にもくれるかい」


半分になったマカロンが持たれている方の手首を掴み誘導し、自らの口へ運んで。


ヒロインの指と共に口へ含んだ。


そうして指先に舌を絡めながら、マカロンを口内に移動させた。


マカロンがなければ更に官能的に刺激を与えていたところだが、今は仕方がない。


最後に指先についばむようなキスをし、ヒロインの手を解放した。


ヒロインは呆けに取られたように一連の動作を眺めていた。


耳にまで集中する熱は冷めることを知らぬようだった。


「うん…これも甘いね」

「へ…?……そういえば、さっきの食べかけのピンク…あれも聖護くんが食べたの?」

「そうだよ、一緒に食べようと言ったのはヒロインだろ」

「…!言ったけど…!そういう意味で言ったんじゃ…」

「うん?」


無論ヒロインの言わんとすることは理解している。


だが笑みを崩さず知らぬ顔を貫けば。


「っ…じゃあ…残りは明日食べる」

「もういいのかい?」

「今日はもうだいじょうぶ」


どぎまぎしているヒロインはマカロンの箱に蓋をして、紅茶を飲み干し立ち上がった。


そうしてマカロンとカップを片付け、僕とグソンに「シャワーを浴びてくるね」と告げ、終始どぎまぎしたままもう一度部屋を出ていった。


上気した頬を冷ましにいったように見えた。


たかがあれだけのことでもあのようになってしまうのなら、実際に抱いたらヒロインはどれだけ胸を高鳴らせるのか、と。


頭の片隅で浮かんだが、考える必要のない事柄だった為に本を手にした。


「…今のは、ダンナが餌付けされたんですか」

「フ、まさか…躾の一環だよ」


また半ば呆れたように声を掛けるグソンに返事をしつつ、今朝の続きから本を開いた。


いつもより、少し、内容が頭に入っていくペースが、遅い気がした。


それでも読み進めた。


暫く経った頃に、シャワーを浴びたヒロインがバスルームが空いたことを伝えに来た。


顔を見れば、シャワーを浴びている最中に平静は取り戻したようだった。


ヒロインはそのまま寝室へ行くと言うから、僕もシャワーを浴びたら寝室へ向かおうと、本を閉じヒロインと共にリビングを後にした。


持っていた本は先に寝室へ置いてもらう為ヒロインに手渡し、背を向けバスルームへ向かおうとした。


しかし、その時。


「…聖護くん、」


ヒロインに呼び止められ、振り向けば。


僕の本を胸の前で大切そうに握り締めるヒロインは、意を決したような面持ちで無垢な瞳に僕を映した。


「…あのね、話があるの…、戻ってきたら、聞いてくれる?」

「―――…ああ、もちろん」


雰囲気からして、察した。


漸くか…、と思う。


穏やかに頷けば、ヒロインも頷いて寝室に姿を消した。



―――受け入れる準備は端からできている。


今更急く必要もなく、変わらぬ手順でシャワーを浴び、ヒロインの待つ寝室へ入った。


だがそこで目に入ったのは。


「………気儘な君と暮らしたいと言ったのは、確かに僕だけどさ…」


ベッドで横たわり静かに寝息を立てているヒロインの姿で。


思わず脱力する。


だが、まぁ…眠ってしまったものはどうしようもない。


わざわざ起こす気にもならず、ヒロインの枕元で腰掛けた。


手元では昼間の本が読みかけのまま開かれているし、布団も掛けていないことから、ヒロイン自身も眠るつもりはなかったことが予測できた。


今日は様々な場所へ出向き、いつもよりからだも使った為、疲れから睡魔に負けてしまったのだろう。


「体力の差かな…」


安らかな寝顔を見つめていると、自然と緩やかに上がる口角を感じつつ。


深い眠りに誘われてしまったらしいヒロインの髪をゆっくりと撫でた。



明日こそは答えを聞かせてもらえるのだろうか。


想いを馳せれば、期待が弾む胸中。


ヒロインの頬に口付けをしてから、隣で横になって。


まだ眠る必要もなかったのだが、瞳を閉じ明日を待った。




キティに躾 lesson2


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