解り易く解り難い女。


それでも日々をこなすうちに、ふわりと舞う笑みのままのヒロインを捕らえた感触はあった。


僕はヒロインが知らないヒロインの心を知っていた。


その上で急かすつもりはないと言いつつ、急かすようなことを言い。


ヒロインの反応を見て楽しんだ。


僕がヒロイン以外の女に触れるとイメージさせた時のヒロインから零れる悲痛。


それは確実に僕の加虐心をくすぐった。


だが同時に慈しみの感情を捉えることもできた。



「槙島君、待っていたよ」

「獲物を前にお待たせしてしまいすみません泉宮寺さん、…出がけに数ヵ月前に拾った子猫が少々駄々をこねましてね」


ヒロインに見送られ、車を走らせ泉宮寺邸へ到着した。


部屋へ通されれば、この家の主は一人掛けのソファに座り僕の到着を待ち侘びていたようだった。


装いは既に狩猟を楽しむもので。


僕を視界に入れると首元のスカーフを整え直しながら言葉を続けた。


「ほう…だが君に子猫を飼うような趣味があったとはな」

「手は掛かりますが、今や違った視点で僕を楽しませてくれる尊い存在になっています」


緩やかに笑みを作り、子猫と比喩した。


泉宮寺もその比喩に対し探るような目線を寄越したが、先程の僕の台詞のニュアンスから気付いたのだろう。


片眉を上げ、驚きを示すようにサイボーグ化されている眼球の露出面積を僅かに広げた。


それから独り、納得したように軽く頷いた。


「留守番もできるのだから立派な子じゃないか、おとなしく君の帰りを待っているのだろう?」

「そうですね…好奇心を持ち併せていますから予想の範疇に収まりきらないこともありますが、それでも僕を待つことに関しては従順でしょう……それに特に今夜は…」

「うん?」


泉宮寺の興味は、地下にいる獲物だけでなく、ヒロインへも分散したらしく。


その証拠に泉宮寺はまだ腰を上げる様子はない。


だから僕も一度ソファに座り、獲物は放置しヒロインについて述べる。


「僕が投げた問いが要因なのですが…僕の行動について不安が生じたようです」

「槙島君が自分以外の子猫を拾ってくるとでも思ったのかね?」

「まぁ…似たようなものですね…、なのでこれから会う人物としてあなたの名を告げてきました」

「ふむ…偽りでもないそれに問題があるようには思えんが」

「ですがあなたの世間的な地位を目の当たりにすればきっと話は変わってくるでしょう、今頃疑心暗鬼になっている可能性もあります」


深いキスをした後のヒロインは、ふんわり微笑んだとしても、どこか上の空だった。


故に別れ際、初めて泉宮寺の役職や名をフルネームで口にしたが目立った反応はなかった。


しかし落ち着きを取り戻せば泉宮寺の肩書きの大きさを実感するだろう。


だが表面上、僕と泉宮寺の間には何の共通点も見当たらない。


それだけでもおそらくヒロインの心には再び小さな不安が芽生える。


「独りでもどかしい想いをしているかも知れませんね…」


そんなヒロインを脳内で描けば、いじらしく。


口角は独りでに吊り上がった。



「…だったら、早く帰り安心させてやりたいかね」

「何故、そう思われます?」

「その子のことを口にする槙島くんの口調は愛おしさを含んでいるよ―――随分と大切にしているようだ」


泉宮寺からすれば、ヒロインのことを話す僕が物珍しかったようだが。


僕としては泉宮寺からこのような台詞が出たことが意外であった。


生身の人間を狩ることを生き甲斐にしている男と、男女の関わりの上に生じる感情は結び付きにくい。


だが知らなければ浮かぶことのない発想のように思えた。


「経験がおありだからこそ、そのような思考に繋がるのですかな」

「そうかも知れんな…槙島くん、私とてね、若かりし頃は恋の一つや二つこなしてきたものだよ」

「意外ですね、あなたもそういったことには関心がないのかと思っていましたので」

「無駄ではなければ、何事も経験を積んでいるに越したことはないだろう」

「ごもっともです」


ならば泉宮寺はヒロインの探す本物の恋とやらを知っているのだろうか。


今の泉宮寺からそういった波紋は見られないが。


何かを得た口振りは感じられた。


「泉宮寺さん、あなたのその経験は今も継続中…もしくは何かしらの形を遂げ終えた、」

「そうだな………形にはなった…が、終わっているかと聞かれたらそうだとも言い切れない」

「どういうことでしょう」


刹那、泉宮寺は記憶を辿り、瞳には追想の色を宿した。


それから僕の目を一路に見て告げた。


「―――彼女は、私の尊いコレクションになったよ」

「なるほど……、その際の泉宮寺さんはさぞ楽しんでいたことでしょうね、立ち会ってみたかったものです」


泉宮寺ならば想像に難くない行為。


終着点を迎えた恋を手にした泉宮寺は、最終的に相手を殺した。


そして今も何らかの形で身体の一部を持っているのだろう。


納得をしてみせれば、泉宮寺は伏し目がちに満足げな表情を浮かべた。


本物として幕を閉じることができたからこその表情のように見て取れた。



「しかし…ヒロインが、僕への殺意を抱く日は想像に及ばないな…」


ヒロインの僕への想いが本物だと思えるものになったとして。


果たしてヒロインは僕を殺す計画を企てるのだろうか。


…少なくとも僕の中にある感情は泉宮寺のそれとは違った。


現時点での話に過ぎないが。


それでも今後失望以外の理由でヒロインを殺めることはないだろう。


今の僕にある選択はヒロインを傍で生かしておくのみ―――。



「様々な形があるものだよ、槙島君」

「どちらにせよ、あなたのように満足のいく形で幕引きをさせてやりたいものです」

「だが槙島君こそ、こういった感情には無関心かと思っていたがね」

「…恋、ですか、でしたら今も関心はありませんよ」


散々話しておいて今更何を言い出すのだとでも言いたげな泉宮寺の視線。


だが虚言でもなく、事実を伝えたまでだ。


僕が興味があるのは、恋心ではなく。


ヒロイン。


それだけのことだった。



泉宮寺からこの件についての収穫はこれ以上望めそうもなかったから、話は切り上げるつもりだった。


「ではそろそろ参りますか」

「いや、まだ先程の問いに対する槙島君の答えを聞いていない」


だが泉宮寺のヒロインへの興味は冷めやらず。


いやに食い付くな……、そう思えば溜め息混じりに唇で弧を描くしかなかった。


とは言え今此処でヒロインの実体を晒すわけではない。


泉宮寺が捉えるのは、僕が紡ぐ言葉によってイメージされるヒロインの虚像だ。


従って興味深く僕を見る泉宮寺の問いにも応じた。


「早く帰り安心させてやりたいか、というものですか?」

「ああ、どうなんだね、槙島君」

「そうですね……僕の場合、そうではないようです」

「では他の感情も存在するというわけか」

「…はい、一晩中不安にさせておくのも、悪くないのではないか、と…」


言えば、泉宮寺はハハ…と笑い、「分からなくもないが…本当に様々な形があるものだ」と付け加えた。


次に僕と顔を合わせるまで、ヒロインの思考はいつも以上に僕で埋め尽くされる。


想像をすると実に愉快だった。


故の返答。


しかし次にヒロインと顔を合わせた時、ヒロインが実際に不安を露にしたとしたら。


僕はまたヒロインの反応を楽しみつつも、全てを甘い態度で受け止めてしまうのではないかとも感じていた。


だがこれはわざわざ口にする必要もなく、胸の裡に秘めた。



「――…ヒロインさん、と言ったかね」

「はい」

「今度連れて来たまえ」

「ですが…ヒロインは狩りの趣味があるわけでもなければ、犯罪を好むわけでもありませんよ」

「何もこのゲームへの参加を求めているわけではあるまい、君が傍に置く女性に興味があるだけだよ、会食くらいは構わんだろう、槙島君?」

「そうですね…検討しておきます」


―――例えば泉宮寺がヒロインを気に入り、獲物として見るようになったとしたら。


それだけでもヒロインが汚される気がして、僕の心は歪みを覚えた。


だがもしそれが現実となるのなら、僕は泉宮寺を殺すだろう。


それはそれで面白いゲームが予測できることも確かだったから、検討を伝えた。



泉宮寺のヒロインへの興味は、今夜は満たされたのだろう。


やっと地下室へも向かう気になったようだった。


「地下で待つ女性は、恐怖におののいているだろうね」

「でしょうね」

「それでも君の言い付けは守り、君が到着するまで無駄な動きは控えているようだが」

「言い付けまで破るほど愚かな女ではなかったようですね」


泉宮寺は鼻で笑いながらハンチング帽をかぶって、立ち上がり。


狩猟用の銃を手にした。


それを見届け僕も腰を上げ部屋を後にした。


「ああ…それから彼女はしきりに君の名を呼んでいたようだよ、助けを求めるかのように――」

「…フ、意味のないことです」

「君に惚れていたんだろうね」


心底どうでもいい実態だったから、返事の代わりに冷めた視線を流せば。


泉宮寺はただ呆れたように笑った。



「…参考までに彼女は何を犯し君を失望させたのか聞いてもいいかね」

「僕の役に立ちたいと言っていました、僕の為なら何でもすると、ね」

「それで?」

「なので試しにシビュラシステムの正体を知りたいと言ったんです、その結果厚生省上層部や代議士の男性を中心に近付いたようですが…逆に公安にも目を付けられ、終いに僕に助けを求めてきた」


使える女だったなら、グソンと組ませる手もあった。


しかしグソンに存在を仄めかす段階にも至らなかった。


報告を受ける度に割く時間さえも無駄にした。


「何の役にも立たなかった上に、君に助けを求めるとは…」

「彼女は自らの取り柄を美貌だと信じ…それでどうにでもなると思っていたのでしょう、実際今までそれを武器に生きてきたようですし」

「だが皮を剥いだら中身は空虚だったわけか」

「はい、…ああ、ですがあと一つ、逃げ足にも自信があるようでしたから、それに関しては狩猟場で発揮されるのではないかと」

「だったら何処まで逃げ切れるか見ものだな」


ええ、と軽く言葉を返しながら、端末を操作し女へと電話を掛けた。


するとすぐさま女の声が聞こえた。


飛び付くような勢いで、僕からの連絡を心待ちにしていたことが窺える。


「聖護!!……気味が悪くて震えが止まらないわ……ここは何処なの…?」

「僕も今向かっているよ」

「早く来てちょうだい、あなたの顔を見て安心したいのよ…」

「ああ、もうすぐ着く」

「良かった……ねぇ、聖護、本当に愛しているわ」

「そう…、だったら最期に少しくらいは楽しませてくれるのかな」

「さいご…?聖護?どういうこと!?いやよ、最後なんて!!」

「期待しているよ」


喚く女を遮り、通話を終わらせた。


この女と言葉を交わす日は二度と来ない。



泉宮寺の陽気な鼻唄がたゆたう中。


状況とは無関係に、昨夜まではこの時間帯に眺めていた寝顔がふと浮かんで。


薄く纏っていた笑みは、瞬間的に単なる微笑みになる。


声には出さず、毎夜告げていたようにおやすみと唱え、安らかな寝顔は消し去った。


そして地下へと続く冷えた通路を進んだ。




初恋ラプソディ


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