紙の本をめくる。


数ヵ月前までは知らなかった感触。


だけど今では触れていると落ち着くようになった。



「ヒロイン?」

「あ、聖護くん!おかえりなさい」

「ただいま、この時間に帰っているなんて珍しいね」

「うん、急になんだけどね、上の人との調整とかもあって半休になったの…って聖護くん!そんなことより、」


リビングで、本を読み進めることに夢中になっていたみたいで。


聖護くんが帰ってきたことにも気付けなかった。


けど、声を掛けられ顔を上げると今日の聖護くんは。


「わー…聖護くん、今日は学校に行ってたんですか?」


ちゃんと先生らしい格好で。


「そうだけど……ヒロイン、なぜ今不自然な話し方をしたのかな」

「なんか先生だと思ったら、つい、スーツ姿初めて見るし」


ベージュのスーツに紫色のネクタイを緩く締めて、白いコートを羽織っている聖護くん。


初めて見る姿にはしゃいでしまう。


この姿の聖護くんもとてもかっこいい。


「あぁ…すぐに着替えてしまうことの方が多いからね、今も着替えに戻ってきたんだ」

「そうだったんだ、…でも聖護くんってほんとに先生だったんだね」

「ハ…未だに信じていなかったのかい?」

「あはは、そんなことないけど、でもやっとちゃんと実感できたっていうか、槙島先生…ふふ、槙島先生?」

「何かな、ヒロイン」


意味もなく呼んでみれば。


着替えると言った聖護くんだけど、コートだけ脱いでそのまま私の隣に座ってくれた。


間近でも先生姿の聖護くんを堪能する。


「この色も聖護くんらしくて素敵でかわいいね、ベストもかわいい」

「僕らしくて可愛いというのは難解な表現だけど…、まぁヒロインだから仕方がないか…」

「え?聖護くんのその言葉の方がよっぽど難解だけど…」

「君のような生徒がいたら僕は苦悩していただろうね」

「えぇ?なんで、」


なんとなく噛み合わない会話に小首を傾げる。


すると聖護くんは少し眉を下げ微笑みながら頭をぽんぽんと撫でてくれた。


それだけで全部収まった気になってしまうのは、私が単純だからかな。


「…槙島せんせー、こんなに扱いやすい生徒ってなかなかいないと思うんですけど」

「いいや、そこが僕にとっては難解なんだ」

「?」


やっぱり理解できなくて見つめていると、今度は聖護くんは私の頬を撫でた。


私はまた丸め込まれて、くすくすと笑った。



「そういえばヒロイン、今は何を夢中で読んでいたんだい?そろそろ1984年も読み終わった頃かな?」

「そうそう、やっと今日読み終わったから聖護くんに報告しようと思ってたの、それでね今は、」

「ああ、藤子不二雄か」

「聖護くんの本棚に漫画があるなんて思わなかったからびっくりしちゃった」


本棚にある本は自由に読んでいいと言われていた。


でも最初にプレゼントしてもらった本を、理解しながら読むことにすごく時間がかかってしまっていた。


だけど今日予定外に時間ができたこともあって読み終えることができたから。


初めて他の本にじっくりと目を向けることもできた。


そして見付けた漫画本。


「面白いだろう」

「うん、おもしろい、なんだか夢に溢れてるし」

「夢に溢れている、か…、確かにそうかも知れないな、ヒロインが今読んでいるものは140年以上前の作品で、21世紀からやってきたロボットという設定で描かれたものだからね」

「21世紀って100年前だよね?」

「ああ、しかし21世紀に入ってもその本のような時代は来なかったが故に途中からは22世紀の設定になったようだよ」

「今だね、んー…道具としては似たようなものもあるのかも知れないけど……でも今の時代とも違うよね」

「だが140年以上前の作品でこんなふうに未来を描いていたことに、ヒロインの言う通り夢があるし、意味があると思うよ」


聖護くんは私が読んでいた本を手に取り、読むわけではないけれどゆっくりとページをめくりながら言葉を続けた。


聖護くんの手には、どんな本であろうと、すごく綺麗に収まる。


「今この世界に生きている人間は手に入るものだけで満足してしまう傾向にあるしね、シビュラに決められた道を歩むだけで、未来や可能性を自ら考え描くことすらしない」


私は自然と真剣に聖護くんの言葉に耳を傾けていた。


聖護くんの言葉には人を惹き付ける力がある上に説得力も兼ね備えられている。


おまけに今日は聖護くんの服装も相俟って、聖護くんの授業を受けているような気分にもなれた。


「シビュラが認めたものしか一般的には流通しないのだから無理もないと言ってしまえばそれまでだが…、そんな世界は退屈なだけだ」


静かに本を閉じ、テーブルの上に置いた聖護くん。


それから私に向き直って。


今度は私の思いを聞く体勢に入ったみたい。


私の言葉は稚拙だと思うけれど、聖護くんはいつだって真っ直ぐに目を向けて聞いてくれるから。


安心して考えを口にすることができた。


「1984年に対しては何か感じたかな」

「ん…なんか…想像もつかない世界だった、ていうか想像をしたことすらなかったから全てが新鮮で…、斬新って言った方が正しいかも、衝撃の連続だったよ」

「だろうね、だがこの本を読んだ今のヒロインは、第三者の視点だとしても、こんな世界や感情を想像することもできるようになったはずだ」

「そうだね、できる」

「うん、それがまず大切なことなんじゃないかな」

「そっか……、聖護くん、こういう社会をディストピアって言うんだよね?」

「ほう…きちんと学んでもいるようだね、偉いよ、ヒロイン」

「ふふ、やった、槙島先生に褒められた」


1984年、ディストピアを描いたあの本は、―――少し、この社会とそれに対する聖護くんの考え方に似ている気がした。


だから今にして思うのは、それを示唆する為に聖護くんは、最初にこの本を私に贈ってくれたんじゃないかということ。


「だがヒロイン、次は暫く漫画を読むつもりでいるのかな?」

「面白いから漫画も読みたいけど、でも活字も読もうと思ってるよ」

「そう、だったらどんな本を読むつもりかな」

「あ、それでね聖護くん、一つお願いがあるんだけど」

「うん?」

「昔の恋愛小説とかも読んでみたくて、私も今度本屋さんにも行ってみたいの」

「確かに僕の本棚には恋愛をメインとした小説はないからね、分かった、行こうか」


もちろん聖護くんの本棚にある本もこれからも読ませてもらいたいとは思ってる。


でも聖護くんの影響で、知らなかった世界ももっともっと知りたいと思うようになって。


聖護くんの行っている本屋さんにも興味があった。


だから伝えてみれば、聖護くんは快く頷いてくれてから立ち上がった。


「もしかして聖護くん、今から行ってくれるの?」

「ヒロインの都合が良ければ、だけどね」

「私は大丈夫だけど…でも聖護くんこそ何か用があったんじゃないの?さっき着替えに戻ってきたって言ってたでしょ」

「僕の用は僕次第でどうにでもなるから平気だよ」

「…本当?」

「それに優先順位は決めてあるんだ」

「ん…いつもありがとう、聖護くん」


聖護くんは脱いだばかりのコートをもう一度着込んで。


ハンガーラックに掛けておいた私のコートも手渡してくれた。


そして私がコートを着てバッグを持ったことも見届けると、手を差し出してくれた。


「さあ、行こうヒロイン、今日も少し車にも乗るよ」

「はーい」

「ついでに夕飯も外で済ますとしようか」

「うん!楽しみ」


結局私は今日も、聖護くんの大きな手のひらに甘えさせてもらっている。


聖護くんのこの行動力は、聖護くんを彩る大きな魅力の一つだった。



いつものように助手席の特権も味わって、それから聖護くんに連れられて歩き昔の本を売っている書店に着いた。


中に入れば、紙の本特有の匂いに濃く包まれた。


この香りも落ち着くし好きだった。


「ヒロイン、恋愛小説は向こうにあるみたいだよ」

「わかった、聖護くんも何か見てくるよね?」

「ああ、僕も少し探し物をしてくるから、ゆっくり選ぶといいよ」


聖護くんの部屋にもたくさんの本があるけれど、やっぱり商売をしているここは更に凄くて。


どこを見ても紙の本がある店内に圧倒されながらも、聖護くんに教えてもらった通路へと進んだ。


他にもちらほらとお客さんがいて、それぞれに本を眺めていた。



これだけの数があって、しかもこの時代の本ではないものをどう選べば良いのか見当もつかなかったけど。


この先も紙の本という存在がなくなることはないだろうし、ここに来れるのは今日だけではない。


私が読みたいと思う限り何冊だって読むことができる。


だから手探り状態の今日はタイトルの語感と表紙で決めて買っていくことにした。


そのうち気に入った本に巡り会えたらいい。


もちろん今日手にした本が好みにあえば尚良いけれど。


それにどちらにせよ今日初めて選ぶ紙の本は、思い入れのあるものになるはずだから。



「ヒロイン、良さそうな本はあったかな」


色々と見比べて、やっと一冊手にできたときに聖護くんもやって来た。


「うん、聖護くん、こんなにあるからすごく悩んじゃったけど」

「しかしだからこそたくさんの本を知る楽しみも待っているよ」


聖護くんの言葉に笑顔で首を縦に振れば、聖護くんも穏やかに微笑んでくれた。


「聖護くんは探し物見付かった?」

「ああ」

「…?これは、小説?」

「いや、」


それから聖護くんの手に収まる本に目をやると、小説とは少し違うような気がした。


表紙で切り取られている風景は、真っ青な空が広がっていて、そしてそれよりも澄んで透き通るような青が印象的な―――。


「海だよ、これは海の写真集」

「これ本物の海!?ホロじゃなくてもこんなにキレイなの?」

「そうだよ、ヒロインと見ようと思ってさ」

「うん、見たい見たい!」

「じゃあ今夜は朗読の前に一緒にこれを見ようか」


聖護くんに教えてもらって泳げる海があることを知った。


それでもその時にイメージした海もここまで美しくはなくて。


また一つ、今夜の楽しみが増える。



聖護くんは会計も一緒にしてくれると言ったけれど、初めて自分で決めた紙の本は自分で買いたいと言うと納得をしてくれた。


別々に会計を済ませ、車を停めてある所までの道のりを歩いた。


「ヒロイン、今日買った本は何を基準に選んだのかな」

「とりあえず今日はタイトルの語感と雰囲気だよー」

「そう、確か表紙の写真は、」

「そうだ聖護くん、あれパンダのぬいぐるみかな?」

「フ、ヒロイン?僕にはテディベアに見えたけど?」

「あ…やっぱりくまなんだ、耳とか黒っぽかったからどっちかなって、」


買った本の表紙にはかわいらしいぬいぐるみが逆さまに写っていた。


ぱっと見は私もテディベアだと思ったけれど、じっと見ているとパンダにも見えてきたから聖護くんに聞いてみた。


すると笑った聖護くんだけど、すぐに真面目な面持ちになって。


「…ヒロインはパンダを見たことがないのかな」

「あはは、あるよ、あるけど、」

「だが…やはり今から動物図鑑も買いに戻ろうか、心配だから特別授業をしてあげるよ」


からかうように言った。


揶揄されてもひたすら楽しかった。


「槙島先生は生物も教えることができるの?」

「まぁヒロインにだったら何の授業でもしてあげられると思うけどね」

「それは嬉しい、それに私もいつも思ってたんだけどね、」

「うん?」

「聖護くんは国語や英語の先生でもいいのにって……美術は他の科目も適性が出てた中で選んだの?」


当然動物図鑑を買いに戻ることはせずに。


会話は仕事の話題へと移っていった。


「いや、違うよ、美術教師はシビュラが選んだ職ではない」

「え…!そうなの!そうやって仕事を決めることもできるんだ…」

「色々と事情もあるんだけどね」


一緒に過ごすうちに聖護くんの持つ思想への理解も深まっている自覚はあった。


でも聖護くんについても知らないことは、きっともっとたくさんあるんだろう。


こんなにも私の好奇心を刺激してくれるひとは他にいないって、改めて実感した。


「だがヒロインも割と色々な職に適性が出ていたんじゃないかな」

「そうかも、決めるとき悩んだし」

「この国にとって重要な企業や人間と関わる仕事は多く挙げられていたことだろう、それから…あとはセラピスト、」

「ぁ…、うん」


聖護くんの言っていることは正解だった。


それは聖護くんが、全てを見通しているシビュラと同じように私を理解してくれていることを意味していた。


ただ、私にセラピストの適性が出たことには怯んだ記憶が鮮明に残っていて。


「やはり…、だが僕はヒロインにセラピストは向かない気がするけどね」

「ぇ…どうして?」

「君は優しすぎるから、一人一人の想いを職務として割り切ることができずに背負いすぎてしまう可能性もあっただろう、親しくなればなるほどね」

「聖護くん…」


そして聖護くんは、私がセラピストに怯んだ理由も、核心を的確に言い当てた。


この瞬間、私の中で革命が起きたと言っても過言ではなかった。


だってこの気持ちを分かってくれるひとがいるなんて。


「そうなの聖護くん…、私に受け止めきれるのか分からなくて…こわかった」


胸がいっぱいになって、少し立ち止まってしまった。


聖護くんを見上げて気持ちを口にすると、聖護くんも私を見て。


優しい視線を向けてくれた。


だから魔法にかかったみたいに、更に素直になれた。


「でもそれで悩んだ私は冷たい人間なんじゃないかって思ったりもして………結局選べなかったことも、今も時々考える…」


このことは誰にも相談できなかった。


友人にも、両親にも、誰にも。


言えなかったし、この先誰かに言うつもりもなかった。


だって口にする自体、シビュラを疑っているみたいで―――。



「おそらくシステムはこの社会全体を円滑に動かすことも考慮し適性を出しているんだろう、完璧な管理社会での適材適所―――故に確かに君ならその職もそつ無く全うできたはずだし、君がその職に就くことで救われる人間は多くいたはずだ」

「ん…」


なのに聖護くんは、私から話題を出したわけではないにも関わらず、私の心を読み解いて。


歩みを再開させながらも落ち着いた口調で考えを聞かせてくれた。


「たが適性が出たからと言って必ずしも全てがうまくいくわけではないよ、事実適性が出た職に就いたとしても色相が濁っていくケースも一定数存在するわけで」


聖護くんの言葉の一つ一つが胸に響き、交ざり合う想いを調和してくれたような心地。


「だから僕はヒロインを冷酷だなんて思わない、むしろ君の想いは本来の人間らしい葛藤のように思えるけどね」


その上で私の人間性までより深く認めてもらえたみたいで。


「そもそもシビュラに従うだけの人間にはその葛藤すら訪れない」

「そっか…そうだね…」


セラピストを選べなかったことは、ずっと胸の奥でつかえてた。


でもこれは仕方なのないことだし、誰にも言えずに消えないものとして覚悟していた。


だけど今、確実に軽くなった。


「ヒロインがきちんと悩んで職を決めたことを僕は評価するよ、結果的に君がこの社会にもたらしている影響も変わらないだろうしね」


聖護くんは社会なんて関係なく、私という個人だけの為に答えをくれた。


システムではなく、誰かに、ちゃんと見てもらえていることは、こんなにも嬉しいんだ…。


「聖護くん…ありがとう」


あまりにも嬉しくて聖護くんの左腕にしがみつくようにぎゅうって両腕を回せば。


「僕に話したことでヒロインの心に良い変化が起きたのなら何よりだよ」

「うん…、本当にありがとう」

「それにこれからは独りで抱え込む必要もないよ、」


僕がいる、そう言って聖護くんは今日も私を受け入れてくれた。


軽くなった心は一層聖護くんの近くに引き寄せられたような気がした。



「それから、もう一つ、」

「ん?」

「ヒロインには絶対に向かない職も僕には分かるよ」

「向かない職?なんだろう?」

「ああ、それはね、公安局刑事課」

「公安局?確かに特別な興味を向けたこともないけど…でもどうして?」

「おそらくヒロインには刑事の勘というものが皆無だろうから」

「ふふふ、そうなの?」


腕は組んだまま歩いて、弾む会話に笑って。


車に乗れば、聖護くんはまた行ったことのないレストランに連れていってくれた。


舌の上に乗る美味に今夜も満たされた。


そうして同じ場所に帰り、順番にシャワーを浴びて今ベッドの中。


俯せに寝転んで、聖護くんが買ってくれた写真集を開くと。


太陽の光を浴び輝く透き通る海。


静かな波と、白い砂浜に移るヤシの木の影。


「わぁ…!やっぱりキレイ!」

「そうだね」

「砂浜も…本当に存在するんだね、ここを歩けるんでしょ?」

「もちろん」

「あ、聖護くん、こっちは海中?魚と…」

「珊瑚だよ」

「珊瑚かー…すごいね、キレイな海の中はこんな風景が広がってるんだね」


ページを進めていくと、遠目から見たものばかりではなく、海の中から写したものもたくさんあった。


美しく切り取られた風景の数々。


時間帯によっても見え方が違って、海の青に様々な色があることも楽しかった。


「ねぇ、聖護くん」

「なんだい、ヒロイン」

「本当に本当に世界にはこんな海に面した国があるの?」

「この写真集はこの時代のものではないけどね、それでも今もこの色の海があることは間違いないよ」


全てのページに魅せられて。


一枚の写真を意味もなく指でなぞった。


「この海は冷たい?」

「どうかな、その場所の気候や時間帯にも寄るだろうけど」

「あー…そうだよね、室内のプールの感覚とは違うんだもんね」


こんな海を体感できたらどれだけ満たされるだろう。


想像をすると何故だか胸が高鳴って。


「聖護くん…私、」

「ああ」

「聖護くんとこんな海に行ってみたい」


自然と芽生えた感情だった。


それはこの国から出ることを意味していて。


非現実的で望むべきではないことだとは思う。


でも口にせずにはいられなかった。


口にするだけなら自由だった。



俯せだったからだを少し横向きに傾け聖護くんの顔を見つめながら言った。


すると聖護くんはふっと小さく息を吐きながら緩やかに口角を上げて。


「いいね、ヒロイン、じゃあ現実的に考えてみようか、まず考えられる道は密入国」

「ぇ…密入国?」

「船で行くんだ、一番の難関はこの国の保安体制の突破だが…チェ・グソンの力も借りればどうにでもなるだろう」


端整な笑みとは結び付かないような攻撃的な台詞を提示した。


私はそれを胸の高鳴りが収まらないままに聞いていた。


「だが準備や実行に相当な手間が掛かる、それに危険が伴うことも事実だろうね、だからもう一つ、もっとスマートな方法もあるよ」


聖護くんは私の目を真っ直ぐに捕らえたまま。


「ねぇ、ヒロイン、シビュラシステムを壊してしまおうか」


心底楽しそうに。


それでいて穏やかに言葉を紡いだ。


想像したことのない世界。


でも今は想像できる世界―――。


聖護くんの言葉の意味を理解するのに数秒掛かった。


そして理解できた時には、心臓は一層大きく音を立てた。



綺麗な瞳から目が離せなくて。


金色に吸い込まれそうになる。


その瞳の奥にあるものは、願うだけの夢物語?


それとも、包み隠すことのない反逆…?


どっちにしたって、とてつもなく大それた会話。


だけど不思議と怖くなかった。


不自然なんて何処にもなかった。


だって聖護くんはこんなにも正しくて綺麗。


だから私も濁らない。



「たからさ、ヒロイン」

「…うん」

「いつか僕がシステムを破壊することができたら―――そうしたら、一緒に行こう」


信憑性を感じられるわけではないけれど、冗談と捉えることもできなくて。


ただ、私の中にある答えは一つだけだった。


「しょうごくん……」

「フ…、」

「…ん」


でも返事をするよりも先に、聖護くんの優しいキスが落ちてきたから。


聖護くんも私の返事なんてお見通しだったみたい。



「――…道を選ぶということは必ずしも歩きやすい安全な道を選ぶってことじゃない――」

「…それは誰の言葉?」

「21世紀からやってきたロボット」

「ふふ、過去から、」

「ああ、過去から学ぶことも、取り戻すべきものも山程あるよ」

「そっか……そうかもね」

「じゃあヒロイン続きも見るとしようか」

「うん!」



聖護くんの隣で、知らない世界を吸収し、夢を見る日々。


楽しくて仕方がなくて。


生きていく世界は変わらなくたって、見え方は確実に変わっている。


できることならこれから先も、ずっと。


聖護くんの隣で輝かしい未来を描いていきたい。




イデオロギー心中


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