(11話後)



君達には僕が無害に見えるだろう。


虫一匹殺せない、シビュラシステムの善良な構成員に。



僕のやり方に気付いた時には、もう遅い―――。




狡噛慎也と泉宮寺豊久の戦いを見届けた。


僕の想像を越える楽しい鬩ぎ合いだった。


その末に泉宮寺豊久の命は終焉を迎えた。


狡噛慎也も相当の痛手を負ったようだ。



その後僕自身は、一人の女を殺めた。


船原ゆきの命もまた、剃刀を引く、行為としては単純なその動作で、帰らぬものとなった。



人が人を殺す。


結局は全て、それだけのことだ。



見上げた空からは花弁が舞うように雪が降ってきている。


今夜はクリスマスイブ。


このまま降り続けば、ヒロインの望むホワイトクリスマスになるだろう。


伝えれば、さぞ喜ぶはずだ。


先刻までは人と人が命のやり取りをする様を楽しんでいた脳で、ヒロインを想う。


別物ではない。


総じて僕という人間から産まれる感情。


犯罪への想いも、ヒロインへの想いも同じ場所に存在している。



だが、ヒロインもきっと。


僕が人を殺めて帰ってきたなんて思いもしないだろう。



歌舞伎町へ帰り、部屋へ入る。


「今帰ったよ、……ヒロインは、眠ってしまったのか」

「少し前まで待っていたんですけどね」


ヒロインはソファに凭れ、おそらくグソンが掛けてやったんだろうブランケットに包まれ、すやすやと寝息を立てていた。


ソファの背後には立派なツリー。


一ヶ月程前に置いたものだ。


今年は本物のツリーを調達した。


それを見たヒロインは、はしゃぎ喜んだ。


共に用意したオーナメントを、ソファで本を読む僕の傍らで、鼻歌混じりにツリーに飾っていた。


ヒロインが届かないと言う部分には僕が飾ってやった。


完成するとヒロインは本当に満ち足りた表情で、僕に「幸せ」だと告げた。


幸せな人間はああいった表情になるのだろうと、疑念すら意味なく思わせる微笑みだった。



オーナメントが煌めくツリーを背景に安らかに眠る姿を眺めつつ、無意識にあの日のヒロインの微笑みを思い返していた。


「…待ちくたびれてしまったのかな」

「俺からすれば、思ったより早かったですけどね」

「ああ、あの女には僕が手を下してきたから」

「そうでしたか」


僕には僕の都合がある。


ヒロインはそれを縛ったり干渉したりするような女ではなかった。


だが僕はヒロインの意思を尊重したくて。


奔放で柔軟なヒロインの輝きが途絶えぬよう。


僕とヒロイン、二人の別々の想いはたおやかに調和されいた。


「ヒロイン」

「…ぅん……」


ソファの前にしゃがみ、指でヒロインの頬を撫でる。


ヒロインは小さな反応を見せた後、うっすらと瞳を開けた。


「ぁ…しょーごくん…、」

「ただいま、ヒロイン」

「ん…おかえりなさい、しょうごくん」


睡魔と戦いながらも、僕を瞳に映したヒロインは優しく口角を上げた。


そうして、触れたい、と。


軽く腕を広げたから。


「今年も遅くなってしまってすまなかったね」

「でもグソンさんと楽しく過ごしてたよ、ね、グソンさん」

「はい、そうですね」

「それなら良かった」


ヒロインのからだに腕を回せば、ヒロインも僕の首へと腕を回した。


ふふ、と小さく幸せそうな笑い声が耳許で聞こえた。


「そうだ、ヒロイン、雪が降ってきたよ」

「ほんとう?」

「見に行こうか」

「うん、行く!」


ヒロインの返事を聞き、僕はそのままヒロインを横向きに抱き上げた。


たどたどしかったヒロインだが、このやり取りで眠気も消え去ったようだった。


「グソンさん、ちょっといってきます」

「いってらっしゃい」


ヒロインはグソンに手を振って、グソンは慣れたものを見る顔付きで僕達を見送った。


外へ出れば、地面にはうっすらと雪が積もり始めていた。


「雪…本当だね、聖護くん」

「ヒロイン、去年君が見たと言っていた場所には、今年もツリーは飾ってあったかな」

「うん、あったよー」

「じゃあ明日見に行こう、ツリーにも雪が積もるだろうから」

「うん、行きたい!きっと綺麗だもんね、はぁ…本当にホワイトクリスマスだね、聖護くん…」


ヒロインは僕の腕の中でうっとりと空を見上げた。


吐く息は白く、冷気が皮膚に刺さる。


僕は平気だがヒロインは寒いだろう。


しんしんと雪が降る様子も確認したことだし、部屋に戻ろうかと思った。


「聖護くん、」

「なにかな」

「ちょっと下りたい」


しかしここでヒロインから予想外の申し出を受け。


「寒くないのかな?しかも君は今裸足だろう」

「うん?ふふ、寒いよ、でもいーの、ちょっとだけ、素足で触れてみたい」

「そう」


どんな小さなことでもヒロインの思うままにさせてやりたいから、腕の中からヒロインを解放した。


雪に覆われ始めた地に足が触れた瞬間、ヒロインは「つめたい…!」と声を漏らした。


「当たり前だろう」と少し笑えば、ヒロインは幼気に目を細めた。


そうして歩いて、白い雪の上、足跡を残して。


僕から遠ざかっていく。


ブランケットをストール代わりに肩に掛け、朗らかに雪の上を舞うヒロイン。


僕はその姿をただただ眺めた。



「聖護くん、冷たい!」

「楽しそうだね」

「うん、楽しい」


振り向き、再度冷たいと僕に伝えるヒロインの顔は実にいきいきとしたものだった。


それから愛しそうな視線が向けられる。


その眼差しは、僕が数時間前に人を殺めてきたと知ったら、何か変化を見せるのだろうか。


その変化に興味があることは確かだった。



「聖護くん、ありがとう」

「何がかな」

「今、外に連れてきてくれて」

「礼を言われるようなことではないよ」

「うん、でも、ありがとう、一緒に見れてうれしい」


そもそもヒロインを欺くつもりはなかった。


ヒロインと出逢ったあの時、僕という人間の全てを知らせる必要は皆無だった。


状況としては今も変わらない。



あの部屋に帰れば、そこにいて。


時間の許す限り、生活を共にする。


向き合って、時には並んで、食事を取り。


用はなくとも同じ空間で過ごし。


それぞれ口出しせず送る時間もあれば、語り明かす時もある。


時折出掛けては、同じものを見て、感情を分け合い。


触れたくなったらキスをして。


互いの理に適ったセックスをする。



それ以外に何が要るというのだ。


円滑な暮らしの中でヒロインを切り捨てる気も未だ起きず。


僕が犯罪者という事実をヒロインに告げる必要性はまるで感じられなかった。


ヒロインを欺くことに対し罪悪感があるわけでもない。



「―――…カレンはもう助からないらしい奥様を見た、そして赤い靴を眺めた、眺めたところで別段悪いことはあるまいと考えた…」

「ん?なぁに、聖護くん」

「今度は赤い靴を履いた、それもまぁ悪いことではなかった」


それでもヒロインは、堕ちていくように僕という人間に夢中になって。


僕に溺れた。


シビュラ世界と僕を並行し眺めた上で、ヒロインにとって何よりも重きを成すものは僕になった。


そのうちに感覚は麻痺し、血に濡れた僕の手中で踊り続けて―――。



「それを履くとカレンは舞踏会に行った、そして踊り出した――…ハンス・クリスチャン・アンデルセン、赤い靴、昔は広く読まれていた童話だよ」

「童話、」

「雪と遊ぶヒロインを見ていたら、ふと浮かんだんだ」


ヒロインに近付きながら引用を口にし。


「それって…私が子供っぽいってこと?」

「君の場合はそこも魅力だろう」


言えば、ヒロインはくすくすと笑った。


「赤い靴を履いて踊るお話?」

「そんなに陽気なものではないよ」

「そうなんだ、またあとで詳しく……って聖護くん!」


ヒロインの左手を取り、雪の上、跪いた。


触れた手は冷えきっている。


僕の行動を見たヒロインは目を丸くさせた。


「どうしたの?聖護くん、汚れちゃうよ」

「…今更だな……」

「え?」

「…いや、裸足の君だって既に汚れてしまっているだろう、帰って一緒に風呂に入るからいいんだ」

「ふふ、それはもう決定事項なの?」

「ああ、それにきっとなかなか戻らない僕達の為にチェ・グソンが風呂を溜めておいてくれているはずだ」

「あはは、さすがグソンさん」


見上げたヒロインは今も柔らかな表情を僕に向けている。


…もしも、ヒロインがまだ見ぬ僕の一面を知り、それが元で僕から離れて行こうとするのなら。


それはそれで仕方のないことだ。


どんなに離れがたかったとしても、そうなればその日僕はヒロインを殺すこととなるだろう。


どちらにしろ失う。


これもやはり仕方のないことだ。


人が人を殺す、簡単な話で、楽しみのうちの一つを失うだけ。


しかしそう思いはするが、ヒロインを失った後の心をイメージしてみれば、喪失感が残ることも明確だ。


それがどれ程の大きさなのかは想像もつかないが。


代わりを探す気は起こらない。



「…お前は多分私がなんであるか知らないのだろう、私は斧で悪い人間の首を切り落とす役人だ、ごらん、私の斧はあんなに鳴っているではないか―――これは踊り狂う少女の足首を切断した男の台詞、」

「踊り狂う?てことはその子は靴のせいで踊っていたの?」

「表面的にはそうだね、四六時中踊ることとなった、だからこの首切り役人に足首ごと切り落とすことを頼んだんだ」

「じゃあその役人さんがその子を救ってあげたんだね」

「救う、か……捉えようだな…」


ああ…だったらいっそ、ヒロインも足首を切断し。


何処にも行けないよう傍に置き、僕にしか縋れないような環境を造る。


実際そうすることは容易い。


この物語には僕とヒロインしか存在し得ない。


僕だったらそれでもヒロインに満足な生活を用意することもできる。


「ヒロイン、」

「うん?」


だがそれでは意味がない。


僕が欲しいものはそんなものではない。


ヒロインには、ヒロインの意思で、何が起ころうと、僕の傍を選んでいて欲しくて。


「ぁ…聖護くん、これ…」

「君に似合うと思ってさ」


パーカーのポケットからラッピングも省いたブレスレットを出し、ヒロインの手首に巻いた。


華奢な手首に見合うことを想定して贈ったそれを、ヒロインの腕は案の定すんなりと受け入れた。



これを買った時、グソンには「いっそ指輪を贈った方がすっきりするんじゃないですか」と茶化すように言われたが。


「しないよ」と答えた通り、これで良かったと感じる。



「…ありがとう、聖護くん、本当に嬉しい」


ヒロインは去年よりも更に感動をした面持ちで僕に礼を告げた。


立ち上がりいつもの目線でにっこりと笑えば、ヒロインも今日も幸せそうに微笑んだ。


その笑みを、縛りたいわけじゃない。


だが、どれだけ時が経とうと、手放したくもならない。


しばらく考えたが、この矛盾は払拭できないものだと思い知った。


ヒロインの手首には僕の矛盾の表れ。


僕の矛盾は君が持って、君の中で清らかなものになればいい。



「じゃあそろそろ戻ろうか、冷えただろう」

「うん、聖護くん…」

「なんだい」

「冷えすぎて足の感覚が分からなくなってきた」

「ハ…馬鹿だな」

「ふふふ、」


麻痺してる。


だからこそヒロインは僕が犯罪者だと知っても、変わらない可能性もある。


いつだって僕の傍を望む女だから―――。


矛盾と対立して、興味があるのはそこだ。


「馬鹿と言われても尚、随分と幸せそうだね、君にとっては誉め言葉かな」

「だって幸せだもん、聖護くんなら何でも、」


幸せ、そう言ってヒロインは背伸びをし、また僕の首に腕を回したから。


僕もまたヒロインを抱き上げ、腕の中に収めた。


「…馬鹿だな」

「うん、ふふ、」


変わらぬままの美徳を語るにはまだ早い。


そろそろ新たな変化を迎え入れる時期なのかも知れない。



「早く暖めよう」

「お風呂に入って、そしたらケーキも一緒に食べようね、聖護くん」

「ああ、そうだね」



ヒロインを抱きかかえ、快適なコンディションの部屋へ戻る。


白雪の上に刻まれる僕の足跡を顧みることはせずに。




白い聖夜とワルツ


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