もう一度だけ



※寒中見舞い用に書いたものです。



  
 瞼を刺すような太陽の光で朝を悟った。いや、今日に限っては新年といった方が適切なのかもしれない。気がつけば年が明けていた――そんな元旦の朝のことだ。
 緑間は数回瞬きを繰り返して、それからメガネをかけようと枕元に手を伸ばす。するとその隣のケータイがチカチカと点滅を繰り返し未読メールがあることを教えていた。

(十一件……?)

 見たこともないような数字に目を瞬くが、そうか今日は元旦だ。きっと新年の挨拶だろう。メールの内訳は大体予想がついた。六件は帝光中学卒業生のあいつらから、そして残り四件はおそらく、秀徳高校バスケットボール部のスタメンから…… ? いや、それではおかしい。計算が合わない。そう思ってもう一度受信履歴一覧を上下にスクロールさせる。すると一番上のメールでその原因がわかった。

『真ちゃんおはよー! 起きてる? 起きたら一番にポストを確認するのだよ!』

 高尾からの追加メールだった。受信時刻は十五分前。朝イチとは思えないテンションの高さである。ポスト――ということはつまり、年賀状を見ろということか。メールを送ってきたのだからそれで良い筈なのに。おかしな奴だ。

 緑間は仕方なしにベッドから身を起こすと、パジャマの上にコートを羽織りそのまま玄関へと向かった。ドアを開けるとキンキンに冷えた外気が頬を刺し、思わず顔をしかめる。
 シャクシャクと霜を踏んだ先にある黒いポストは、もちろん氷のように冷たくなっていた。その中に、投函されたハガキがいくつか。その一番上に、高尾のそれはあった。他のものは手に取らず、緑間はそれだけをひょいと持ち上げ目を落とす。

『あけましておめでとう真ちゃん。昨年は真ちゃんづくめの一年でした。きっと今年もずっとずっと俺、真ちゃんのことばっか考えて生きていくんだろうなぁ。昨年も、今年も、来年も再来年も、多分ずーっと、俺は真ちゃんのことが好きだよ。だーいすきだよ! 高尾和成』

 文面を目でなぞり、緑間は数回瞬く。それから一番下に小さく書かれた追伸を見つけて。

『今年こそ真ちゃんに好きになってもらえるように頑張るからね!』

 好き――というその二文字が、やけに濃くはっきりと書かれていた。その書き方に込められた感情は、本人に確認を取るまでもなく明らかだ。

(……馬鹿者だな、あいつは)

 口の端を持ち上げて、小さく笑う。するとふわりと白い息が舞い上がって、緑間はそっと目を閉じた。

「――俺だって、お前が……」

 小さく、そんな言葉を呟いた。誰にも聞こえないくらいにぽつりと零れたそれは、霜の降りた地面に音もなく吸い込まれて。言った途端、羞恥に耳が燃え上がる。全部は言っていない。しかしピンと張り詰めた冬の空気で確かに凍えてしまいそうな体が、火で炙られてでもいるかのようにカッと熱くなった。
 だってこんなこと、口にする想像だけで恥ずかしい。けれど事実なのだ。本人に伝えられていないだけで、自分の中では確固たるものとなってしまっている、熱くて激しくてどうにもならない感情だ。

 だから『なってもらえるように』なんて、そんなのとっくで。

「……も、もっかいちゃんと言って…?」

 ポストの反対側。門の向こうの方から聞こえてきたそんな声に、緑間は目を剥いた。
姿を確認しなくともわかる。それほどに聞き慣れた、この――
「な……っ、た、高尾! いつからそこに!」
「え、いや…ポスト見てくれよってメールしたときから」
 高尾からのメール。確か受信してから数分が経っていたはずだ。それから更に時間があいているのだから、その間この早朝の寒空の中、こいつは自分をじっとここで待っていたと言うのか。
 いや――それよりも、今までそこに居たということ、それが問題で。

「――ひ、冷えただろう、馬鹿め。来い」
「…え? なに? どこ行くの真ちゃん」
「うちへ入れ。何か温かいものでも出してやる」
「ま、待って待って! その前に…こ、答えてくれよ!」
 踵を返し顔を背けたところで、ぱし、と左手を取られる。掌に伝わる冷たさに息を詰めて振り返ると、高尾が酷く真剣なまなざしを向けていて。

「……何のことだ」
「とぼけんなよ。……なぁ」

――俺のことどう思ってるの?

 高尾が手に力を込める。瞳の奥を、期待を押し殺して縋りつくような視線でじりじりと焼きに来る。緑間の、大事な左手に力を込めながら。
 喉の奥が、風切り音のようにヒュッ、と鳴った。高尾が触れている部分が熱くて、自分の心臓の音で頭がくらくらした。
 躊躇って、言えなくて、でも高尾の目がじっと緑間を待っていて。
 時間をかけてやっとの思いで絞り出したその三文字は、小さく掠れてしまった。
 ああ、しまった。聞こえなかったら意味がないじゃないか。――なんて、そう思ったのは一瞬で。

 寒さのせい、と言い訳をするには無理があるくらい唐突に真っ赤に染まり上がった高尾の泣きそうな顔が、事を酷く雄弁に語っていた。



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