或る日の午後。久々知がドアを開けると、良く見知った顔がふたつ並んでいた。不破と鉢屋だった。
  不破の格好に目を遣れば、キャメルのレザージャケットのファーがふわふわ揺れていて、同色のトレッキングブーツは少し汚れていた。悩むとキャメルを選んじゃうんだよね、と言っていた不破の懊悩を思い出す。
  一方、鉢屋は背丈ほどあるストールやタイトなジャケット、細いパンツ、すべてが見事に黒色だった。その中で蜂蜜を垂らしたような髪色だけが闇に浮かび上がるごとく、奇妙に溶け込んでいた。
  おじゃまします。
  ふたつの声がぴったり重なる。よく似た顔で笑う二人に、久々知は辟易にも似た愉悦を感じた。そんな調子で鉢屋と不破が久々知のアパートを訪問したのが、約二時間前。

  彼らは大学からの帰り道に久々知の家があるため、しばしば缶ビールやツマミを提げて久々知を訪れる。アポ無しで来ることの方が大半だった。
  勝手に食べて飲んでふらっと帰って行く。それが自由奔放な彼らのスタイルだった。

「ベランダ借りまーす」
「寒いから早く開けて早く閉めろよ」

  彼らは久々知の部屋へ来るとベランダで喫煙した。この部屋には灰皿がなく、彼らはベランダ用にと購入した灰皿を持参していた。(久々知は頑なに喫煙をしようとしなかった。)(肺がナントカカントカ。)
  ガラガラと建て付けの悪い戸を開けると、凍るような冷気に縮こまる。目前には住宅地と厚い雲が広がった。二階に位置するベランダの景色は相変わらず低かった。
  煙草を取り出し、寿命の近いライターで火をつける。ん、と不破が吸い口を咥えた顔を突き出せば、鉢屋がカチと着火する。妙にうやうやしく。それから唇を離し、息を思い切り吸う。ニコチンと都会のガスに染まった空気がふたつの肺を満たす。喧騒から少し離れた静かさのなかに煙が浮かんだ。

「冬の海が見たいな」

  煙を口から吐き出して不破が言った。それは泡沫のように消える。このベランダからはどんなに眼を凝らしても海が見えない。見えるものは植物と住宅地ととびきり澱んだ煙だけ。

「波が見たい」
「うん。冬のうちに、みんなで海に行こう」

  車をハチに運転させて。にやりと鉢屋の唇が弧を描く。
  その隣で不破は、はたして久々知は車酔いするだろうかと慮る。振り返ると結露している窓硝子越しに、ちびちび発泡酒に口を付ける久々知の姿が見えた。紺のセーターがぼやけて見えた。線の細い眼鏡が落ちる度、中指で直している。

「髪色、」
「え?」
「髪色、変えようかなあ」

  そう言ってトントンと皿に灰を落とす。そして残滓となった吸殻の火を消した。
  鉢屋と不破は髪の毛の色が違う。鉢屋はアッシュでもツートンでも何でもありだった。彼は不破とピアスやら香水やらをお揃いにしたがるくせに、過去にふたりが同じ髪色だったのは三週間しかない。

「どうして。よく似合っているよ」

  何度目なのかよく覚えていない廉価な台詞は、呆気なくに溶ける。じゃあ、いいや。霞む空を見て呟く。不破が髪色を変える気など更々ないことを、鉢屋は知ってる。
  不破は冷たくなった左手をサルエルパンツのポケットに突っ込んだ。鉢屋と不破のポケットの中に入っている煙草の銘柄は、相変わらず同じであった。




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